21「投票」
寒さは、いつのまにかやわらいでいた。窓から差し込む陽射しには、もう春の陽気が混じっている。
ここ最近のチャンネルは絶好調だった。雪玉が坂道を転がるみたいに、登録者も、同時接続も、再生数も増えていく。気がつけば、ひと月前とは比べものにならない場所まで来ていた。
その伸びの引き金を引いたのは、間違いなくセレネだ。
謝罪のあとに提案された、あのコラボ。配信に残ったセレネのリスナー。切り抜きで広がった『ルミセレ』。新しく来た人が、また誰かを連れてくる。そんな連鎖が止まらなかった。
結果として、セレネは自分の手で、自分のライバルを大きくしてしまった。
……たぶん、本人はそれを望んでいたのだろうけど。
まったく。フェアすぎて眩しい姫様だ。
さて、一番星の投票も、いよいよ大詰めだった。
秋に始まったこのイベントも、もうすぐ投票終了が近い。半年近く、こつこつ積み上げてきた票。炎上でもうだめかもしれないと思った時期もあった。それでもルミナは止まらなかった。配信を続けて、少しずつ前に進んできた。
その結果が、もうすぐ出る。
その日、私たちは二人で画面の前に座っていた。
発表されるのは、最終選考に進む五人。
得票数は、公平性のためか、最後の1か月だけ非公開になっていた。順位の変動もぼかされていて、今どこにいるのか正確には誰にも分からない。
だから今日の発表を見るまで、ルミナが残っているかどうかは分からなかった。
非公開になる前の時点では、ルミナは上位に食い込めそうな、そんな伸び方をしていたから、きっと大丈夫。そう思いつつも、いつの間にか私は拳をギュッと握りしめていた。
ルミナもクッションを抱えて、口を真一文字に結んでいる。膝が、小刻みに揺れていた。
「……だいじょうぶ。落ち着いて」
「うん。……うん」
返事をしながらも、ルミナは画面から目を離さない。
やがて画面に、名前が順に灯っていく。呼ばれる順番は順位とは関係ない、と説明が入った。
一人目、――天城ノエル。
おっとりした雰囲気と圧倒的な歌唱力で人気を集める歌姫だ。
二人目、――宝生院ティアラ。
上品なお嬢さまキャラで知られるが、配信では驚くほどよく転ぶ。ドジっ子属性。
三人目、――蒼ヶ崎リオル。
爽やかな笑顔でファンを魅了する王子様系ステラ。女性人気は特に高い。
まだ呼ばれない。
四人目に、白銀の姫の名前。——セレネ。
まあ、当然だ。
「あと一人しかないよーー! 心臓が持たない!」
ルミナが目をぎゅっと閉じる。
「ほら、ちゃんと見なさい」
私はルミナの瞼を指で押し上げた。
「ぎゃー! 暴力反対!」
そんなことをしている間に、五人目の発表がされていた。
画面には、『朱野ルミナ』の名前が大きく表示されている。
数秒、ルミナは固まっていた。
私も、ルミナの瞼を押し上げたまま動けなかった。
やがてルミナが、ゆっくりと画面を指さす。
「……私?」
「うん。ルミナだよ」
ようやくルミナから手を離す。
「私、トップ5……?」
「うん」
ルミナの目が、みるみる潤んでいく。でも泣かなかった。代わりに、くしゃっと顔じゅうで笑った。
「やった……! やったよ、そら! 私、トップ5に入った!」
「すごいよ。ほんとに」
そう言いながら、私の心臓もひどくうるさかった。
去年の今頃、私はルミナを星の世界へ連れ出した。あの頃から、随分遠くまで来た気がする。
けれど、願いはまだ叶っていない。一番星は、もうすぐそこにある。
あと少し。
手を伸ばせば、届くところに。
最終選考の通知には、もうひとつ、知らせが添えられていた。
トップ5だけが招かれる特別ステージ。
プラネタリアが主催する生配信イベントで、最終選考に残った五人が同じ舞台に立つ。そこでそれぞれがパフォーマンスを披露し、それが終わった後に最終投票が行われる。
いわば、決勝の檜舞台だ。
「うわ……」
通知を読んだルミナが、固まる。
「私、こんな大きいステージに立つの……?」
緊張と興奮が半分ずつ混ざった声だった。
「立つんだよ。ここまで来たんだから」
私が言うと、ルミナは何度も頷いた。
「そっか、そっか……」
そう呟いてから、ふと顔を上げる。
「……セレちゃんもいるんだよね?」
「もちろん」
「そっかぁ」
ルミナが、少しだけ嬉しそうに笑う。
「ノエルさん、ティアラさん、リオルさんか」
そして、ぎゅっと拳を握った。
「みんな手ごわそうだけど、でも、負けないぞー!」
それはルミナの決意表明。それを聞きながら、私も陰ながらしっかりとバックアップをしようと心に誓った。
その夜。ルミナが帰ったあと、私のスマホが震えた。
画面には、セレネの文字。ボイスチャットの呼び出しだった。
「もしもし」
『……あ、そらP? うち、セレネ。ルミナは?』
「さっき帰ったよ。何か用?」
『べつに。……トップ5、おめでとうって。ルミナに伝えといて』
「そっちもおめでとう。……直接、言えばいいのに」
『直接言うのは、なんや、少し照れくさいやん』
電話の向こうで、セレネが小さく笑う気配がした。
『あの子が伸びたん、うちとのコラボも少しは効いとるやろ。自分で、自分の対抗馬を大きくしてしもた。……我ながら、アホなことしたなって思うわ』
やっぱり、本人もわかっているらしい。私は少し笑った。
「お人好しだね」
『誰がお人好しや。……ただ、まあ』
少しだけ間があった。
『どうせなら、本気のあの子が見たいと思ったんよ。コラボのあと伸びたんやとしても、それでここまで来たんやったら、うちは嬉しい。やっぱり、ルミナは本物だった……って。まあ、ちょっとだけ、悔しいけどな』
強がりだけではなかった。この子は、本当にそう思っている。
『せやから、そらP。もうひとつだけ』
セレネの声に真面目なものが混じる。
『あのステージで待ってるって、ルミナに伝えといて。うちも、ちゃんと正面から星を獲りにいくから』
「……わかった。伝えとく」
『おおきに。……あ、それと』
「まだあるの?」
『ゲームのリベンジは、また別でな。あれは、まだ諦めてへんし。一番星が終わったあとも、ステラ人生は続くんやから』
笑ってしまった。よほど悔しかったらしい。なんとなく、親近感を覚えた。
「いつでも受けるよ。……って、私、ステラじゃないんだけど」
『どっちでもええよ。……その余裕、いつか後悔させたるわ』
そう言いながらも、セレネの声はどこか楽しそうだった。
電話を切って、私は暗くなった画面をしばらく見ていた。
最終選考ステージ。
5つの星が並ぶ夜。
あとは、その日を待つだけだった。
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物語もいよいよ終盤に入ります。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




