20「落書き」
クリスマスのにぎやかさも通り過ぎ、気づけば年も明けていた。
ルミナの配信も、私たちの日常も、止まることなく続いている。
放課後、今日もルミナは、いつものように私の部屋に転がり込んでいた。
ベッドに寝そべって、足をぱたぱたさせながら、どうでもいい話をしている。
「ねえ、聞いてよそら。今日ね、購買のクリームパン、売り切れてたんだよ」
「大事件みたいに言うね」
「大事件だよ。私はあれを楽しみに午前中を生きてたのに」
よよよ、と大げさに泣きまねをするルミナに、私は苦笑する。
本当に落ちもない他愛のない話。でもこの緩さが、心地よかった。
「あ、そういえばさ。今日、授業中ずっと窓の外見てたら先生に当てられた」
「ちゃんと答えられた?」
「ぜんぜん」
「だめじゃん」
「だって鳥がいたんだもん」
けらけらと、ルミナが笑う。鳥に気を取られるなんて、どこかのお嬢さまだろうか、この子は。
その後も、ルミナの取り留めのない話は続いた。
「あ、そうだ」
その途中、ふいに思い出したように声を上げる。
「セレちゃん、元気かなあ」
そう言いながら、ごろんと寝返りを打って天井を見上げた。
「この前のコラボ、ほんと楽しかったよね。また一緒にやりたいなー。……あ、でも、そらにボコボコにされたの、まだ根に持ってるかも」
「……仕方ないじゃん。手加減できないんだもの」
「ふふ。セレちゃん、半泣きだったもんね」
あのコラボから、ルミナのチャンネルは目に見えて変わった。
同時接続がぐっと底上げされて、登録者の伸びも、これまでとは桁が違う。1回の配信で、以前の一か月ぶんくらい増える日もあった。
「ねえ、知ってる? 私のチャンネル、登録者、また増えてたよ。なんか、こわいくらい」
「知ってるよ。毎日見てるから」
「あはは。そうだった。Pだもんね、そらは」
追い上げは、順調すぎるくらいだった。
一番星も、もう夢みたいな話じゃない。手を伸ばせば届くところまで来ている。
ひとしきり笑ったあと、ルミナがふとローテーブルの上に目をやった。
書きかけの譜面。
復帰配信で一番を歌った、あの曲。けれど続きは、まだ途中のままだ。放置していたわけではない。ただ、いろいろと重なって、思うように進められずにいた。
それと、もうひとつ。
「曲作り、進んでる?」
「……ぼちぼち」
一人でも、たぶん時間をかければ書けた。でも、思いついてしまったのだ。この曲の続きを、私一人で書いていいのだろうか、と。
私はペンを手に取って、少し迷ってから口を開いた。
「……ねえ、ルミナ。ちょっと、頼みがあるんだけど」
「ん? なに?」
「二番の歌詞。……一緒に考えてくれないかな」
「私が!? いいの!?」
ルミナが勢いよく身を起こした。
「私、作詞とか、やったことないよ?」
「うん。それでも、ルミナがいい」
その言葉は、まっすぐに口から出た。
「一番は、私一人で作った歌だった。……でも、二番は違う気がして。この続きは、一人で書くものじゃない。ルミナと作るべきだって、そう思ったんだ」
ルミナが歌ってくれた一番を、何度も聞いた。たぶん、世界で一番聞いた。
聞くたびに、少しずつ思いが強くなっていった。この先は、私だけの言葉じゃだめだ。ルミナの声で歌われるなら、ルミナの言葉も入れたい。ルミナと、私の歌にしたい。
今日、ようやくそれを口にできた。
ルミナは、きょとんとしていた。それから、じわっと表情を崩していく。
「……なにそれ。うれしいこと、言うじゃん」
「たまにはね」
「あー、照れ隠ししてる」
ルミナは笑って、勢いよく身を乗り出した。
「じゃあ、やる! 全力で考える!」
ルミナは、クッションを抱えたまま譜面を覗き込んだ。
「えっと。一番って……願いが届かない人の曲だよね」
「……うん」
私が頷くと、ルミナは少しだけ声をやわらかくした。
「あ、勘違いしないでね。前も言ったかもしれないけど、私ね、あの一番、すっごく好きなの」
ルミナはそう言って、指先でクッションの端をつまむ。
「ずっと一人で、誰かを待ってる感じ。私もちょっと、自分を重ねちゃってるからかもしれないけど」
少し照れたように笑って、それから続けた。
「でね。だからこそ思うんだけど」
クッションに顎を乗せて、少しだけ考える。
「だったら……二番では、その人がちょっとだけ手を伸ばせたらいいなって。どうかな」
とん、と。胸の奥を軽くたたかれた気がした。
「ずっと待ってた人がさ。ある日、待つだけじゃなくて。ほんの少しだけ、自分から手を伸ばすの。会いに行くっていうか、届けに行くっていうか」
言葉を探しながら、ルミナは続ける。
「……そういう続きだったら、私、すごく嬉しいなって」
そして最後に、少しだけ困ったように笑った。
「なんて。さすがに単純すぎるよねー」
たしかになんてことない話だった。寂しかった人に、幸せになってほしい。ただ、それだけだ。
でも。
私の中で、何かがかちりとはまった。
「……いいね」
気づけば、ペンが動いていた。空いた譜面に走り書きが増えていく。
「ルミナ、それ、すごくいい」
「え、ええ!? 本当に!?」
「もう少し聞かせて。その人が手を伸ばすとき、どんな気持ちだと思う?」
「ええー!?」
ルミナが目を丸くする。
「えっと……怖い、かも」
「怖い?」
「うん。届かなかったら嫌だもん。でも……」
少しだけ考えてから、言った。
「それでも、震えながら伸ばす。みたいな」
「いいね」
私の声が少し弾む。
「怖い。でも、伸ばす。いいね、それ」
「わ、私が適当に喋ってること、どんどん歌になってるけど!? 本当に大丈夫、これ!?」
それからは、部屋が言葉で満ちていった。
ルミナが思いつきを投げて、私が取りに行って言葉にする。違うと思えば二人で首をひねり、もっと良い形を探す。
自分の言葉が歌詞になっていくたびに、ルミナは不安そうに騒ぐ。そのくせ、次から次へと新しい種をくれた。
一人では、何ヶ月も動かなかった壁だった。
なのに。
ルミナと一緒だと、不思議なくらい簡単に前に進んでいく。
ふと、スマホが鳴った。ルミナのだった。
「あ、やば。お母さんだ」
画面を見て、ルミナが、声をあげる。
「えっ、もうこんな時間!? うそ、外、真っ暗じゃん!」
窓の外は、いつのまにか夜になっていた。何時間、こうしていたんだろう。夢中になってまるで、気づかなかった。
「ごめん、お母さん。いま帰る! ……うん、ごめんってば。すぐ! そらの家だから、すぐだよー。え? 知ってる? なら聞かないでよ! ……ちょっと、他に友達いないでしょ、みたいに言わないで!」
電話を切って、ルミナは慌てて鞄を引っ掴んだ。
「ごめんそら、もう行かなきゃ! お母さんカンカンだった。でも、めっちゃ楽しかった! 続き、楽しみにしてるね!」
一息にそう言ってから、嵐みたいにルミナは帰っていった。
静かになった部屋で、私は、走り書きだらけの譜面を見下ろした。
矢印だらけで、ぐちゃぐちゃで。ルミナの思いつきと私の直しが、入り混じっている。
他の人から見たら、たぶん落書きにしか見えないだろう。
だけど、私とルミナにだけは分かる。この線1つがどんな思いを表しているのか。
そんなことを考えて、少し恥ずかしくなり、私は小さく頭を振った。
翌日。仕上げた二番を、ルミナに聴かせた。ルミナは「もうできたの!?」と驚いていたが。
仮の歌で、メロディをなぞる。最後まで聴いて、ルミナがぽつりと言った。
「……『僕は窓から手を伸ばす——』」
「うん」
「これ、私が言ったやつ、だ」
「そうだよ。ルミナの言葉を歌詞にしてみたんだ」
ルミナは数秒固まって、それから、ぼんっと顔を赤くした。
「えっ、ちゃんと曲になってる!? あの、適当な話が!? 恥ずかしっ!」
「いいインスピレーションを貰ったよ。ほんとに」
じたばたするルミナを見ながら、私は、頬がゆるむのを抑えられずにいた。
フルの目処が、立った。
前の私が、ずっと届けられなかった歌。
その続きを、この子が一緒に作ってくれた。
あとは、これを。
ルミナの声で、届けにいくだけだ。




