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プリマステラ ~TS転生した元Pの私が、孤独な幼馴染を一番星にするまで~  作者: 星澄夜


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19/26

19「上の下くらいの腕前」

 それからセレネとリモートで何度か打ち合わせを重ね、コラボの内容を詰めていった。


 そして、コラボ当日。


 ルミナは朝から落ち着かない様子で、何度もクッションの位置を直したり、家具を少し動かしたりしていた。


 ……ここ、私の部屋なんだけど。


 打ち合わせの結果、オフコラボで実施することになった。配信はルミナのチャンネルでやろう、と言い出したのはセレネの方だ。理由は、やっぱりお詫びだからとのこと。


 というわけで今日、セレネがこの部屋にやって来る。


 約束の時間ちょうどに、インターホンが鳴った。


 出迎えると、前と同じコートを着たセレネが立っていた。


「こんにちは。お邪魔します。……これ、お土産です」


 そう言って差し出された紙袋には、有名店の焼き菓子が入っていた。


 こういうところ、しっかりしているな。


「わざわざ、ありがとうございます。どうぞ上がって」


 セレネを部屋へ案内する。部屋に入るなり、ルミナがぱっと顔を明るくした。


「あ、セレネさん、いらっしゃい!」

「どうも。今日はよろしゅうたのんます」


 そう挨拶してから、セレネは部屋の中をぐるりと見渡した。


「……なんか、安心する空間やね」


 含みのある言い方ではなかった。ただ思ったことを、そのまま口にしただけなのだろう。


 大手事務所に所属しているのだから、多分セレネの配信環境はもっと整っている。


 それでも、この生活感漂う配信スタジオにも、良さを見出したのかもしれない。


 私は、お金があるならもっと充実させたいけど……。










 配信用の席に着くと、セレネがこちらを向いた。


「ミラージュ、お願いしてもええ?」

「了解。テストも兼ねて、1回入れるね」


 私はタブレットを操作し、事前に送ってもらっていたセレネのデータを読み込ませる。


 ミラージュを起動した瞬間、空気がふわりと変わった。


 セレネの上に白銀の光が降りる。黒髪の輪郭が月光をまとい白銀に煌めく。瞳に静かな輝きが宿る。衣装のラインが重なり、兎の耳がぴょこんと頭を出す。さっきまでそこにいた普通の女の子が、少しずつ塗り替えられていく。


 数秒後。


 隣にいたのは、いつも配信で見ている、あの白銀の姫だった。


「……うわぁ。目の前で見ると、すごい。かわいい~!」


 ルミナが感心したように声を上げる。


「ふふ、おおきに。これが、うちの戦闘服やからね」


 セレネは少し得意げに微笑んだ。


 それから3人で最終確認を進める。配信の流れを確認して、音声をチェックして、ミラージュの細かな調整をして。


 気がつけば、開始時間はもう目前だった。


「な、なんか緊張してきちゃった……」


 ルミナが肩をすくめる。


「……だいじょうぶ。いつもどおりやればいい」


 私がそう言うと、ルミナは深呼吸をひとつして頷いた。


「うん」


 その様子を見ていたセレネが、くすりと笑う。


「ほんま、仲ええなぁ」

「うん!」


 ルミナが即答すると、セレネは少しだけ苦笑した。










「3、2、1——」


 配信、開始。


『みんな、こんばんはー! 今日はね、すっごいゲストを呼んじゃいました!』


 ルミナの声が、いつもの明るさで弾ける。コメントが開始直後から滝みたいに流れていく。事前に告知してあったので、みんな誰が来るか、もう知っているからだろう。待機の人数は今まで見たこともない数値になっていた。


『……ということで。セレネさんです、どうぞー!』


 ルミナが、隣を手のひらで示す。


 画面にセレネが映り込む。白銀の兎が月の光を受けて輝く。優雅に微笑んで、ゆったりと頭を傾ける。先ほどまで部屋にいた佐藤美月は、もう見た目も仕草も面影が無かった。


『こんばんは。お招きいただいて、おおきに』


 セレネが挨拶をすると、コメント欄の流れが加速した。


《本物だ》

《セレネ様ァーーーーー》

《まさかの組み合わせ》

《金と銀並んでるの強すぎ》

《画面が豪華》

《ビジュが良すぎる》

《何が始まるんです?》


『みんな、びっくりしてはるね』


 セレネが、コメントの流れを見て、ふふ、と笑った。


『前から、この子のこと、気になってたんよ。歌は上手いし、話もおもろいし、気づいたら空気を自分のものにしてる。……正直に言うと、ちょっとだけ、生意気やなって思てた時期もあったわ』


 《姫、毒》

 《出たw》


 とコメントが沸く。


『せやけど、こないだ、ちゃんと話す機会があってな。会うてみたら、これが、思てたよりずっと、ええ子で。気が合うてしもた。……せやから、うちのほうから、お願いしたんよ。1回、一緒にやってみいひん? って』

『誘ってもらってからしばらく私、楽しみで眠れませんでした』


 とルミナが横から弾んだ声で言う。


『大げさやなあ』


 二人の空気感が、良い。コメントの困惑が、するすると期待に変わっていくのが見えた。


 《なるほど。セレネ様から誘ったのか》

 《意外だったかも》

 《仲良くていいな》

 《これはそらPのライバル登場か?》


 謝罪のことは言わなくてもいいだろう。表に出るのは、「気になってた者同士が、会って意気投合した」という、それだけで。


『今日はね、二人でゲーム対戦しようと思いますっ。あの、セレネさん……えっと』

『ルミナ』


 ふいに、セレネが言った。


『うち、あなたのこと、ルミナって呼ぶし。さんづけは他人行儀やろ。だからあなたも、好きに呼んだらええよ』


 ルミナがきょとんとして、それから、ぱっと笑った。


『じゃあ……セレちゃん!』

『……うん。ええよ、それで』


 セレネの目が細まり、声がほんの少しだけやわらかくなった気がした。


 《距離の詰め方w》

 《もう仲良しやん》

 《セレちゃんかわいい》


 ゲームが始まった。今日プレイするのは、最近人気の格闘ゲームだ。


 ルミナも何度か配信でやったことのあるゲームなのだが、さあどうなるかな。


『セレちゃん、私、負けないよー!』

『ふふ。お手柔らかにたのんます』


 最初の数分で、わかった。


 セレネは、強い。


 動きに無駄がない。定石を外さず、ルミナの癖を見てから的確に隙を突いてくる。配信で見せる完璧主義は、ゲームでも同じらしい。


 ルミナのキャラが吹き飛ばされ、画面端で倒れる。


『あー! 負けた!』


 ルミナが椅子の上で崩れ落ちた。


『おやおや。口ほどにもありませんなぁ。もう一本、いっとく?』


 セレネが優雅に煽る。


『うぐぐ……次は負けないよ!』


 二本目。


 今度は、ルミナが食らいついた。ルミナの強みは、引き際の見切りと、開き直りの良さだ。負けても引きずらないぶん、思い切りがいい。


 ぎりぎりのところで攻めを通し、一本返した。


『やった! 一本取った!』

『……へえ』


 セレネの声のトーンが、ほんの少し変わる。


『おもしろなってきたやん』


 穏やかな口調の奥から、別の温度がにじんだ。


《ルミナやるやん》

《姫、けっこう強いのに》

《比較対象が、いつもそらPだから……》

《セレネ様がんばれー!》


 三本目。


 セレネの操作が、先ほどまでより明らかに鋭くなった。どうやら、まだ余裕を残していたらしい。


『あ、ちょ、それ反則っ』

『反則ちゃうわ。ちゃんと読んだだけや』

『よ、読みすぎ! 未来見えてる!? こわい!』


 際どい攻防が続く。コメント欄が追いつかないくらい、二人の手が動く。


 最後の一手。ルミナがしのいで、しのいで――惜しくも、落とした。


『あー、くやしー! もう一回! もう一回お願いします!』

『ふふ。ええよ。何回でも。ルミナ強いし、次は負けてしまうかもなぁ』


 セレネがそう言って微笑む。けれど、その目は笑っていなかった。私は画面の外で、思わず吹き出しそうになる。


 負けず嫌いで、口が少し悪くて、勝つことに貪欲。セレネの読み通り、ルミナとは配信で相性がいいのかもしれない。


 それからの一時間は、ほとんど二人の掛け合いだけで持った。


『セレちゃん、さっき私がミスったとき笑ってたよね!?』

『してへんよ。気のせいやろ』

『してた! 姫の顔が剥がれかけてた!』

『……人聞きの悪い。うちはいつでも、優雅やわ』


 緩く言いあいながら、操作だけは一切手を抜かない。その温度差が受けている。


《ルミセレ尊い》

《姫の化けの皮w》

《天然vs負けず嫌い、相性よすぎ》

《セレネ様、優雅に煽ってて草》

《公式で対戦カード組んでくれ》


 結果として、対戦の通算は、セレネの大幅勝ち越しだった。


 それでもルミナは、何本かきっちり取り返している。押されっぱなしではない。負けてもめげずに、次に飛び込んでいく。その姿勢が、コメント欄をさらに沸かせていた。


『いい試合やったね』


 対戦を終えたセレネが澄ました声で言う。


『くやしー! でも楽しかった!』


 ルミナが笑う。それから、ふと思い出したみたいに付け足した。


『あ、でも私、これでも健闘したほうなんですよ。そら相手だと、ほんと、1回も勝てないので』

『あぁ』


 セレネの声が少し変わった。興味、という感じの色がのる。


『その噂はちらほら聞いたわ。ゲーム、えらい強いて。……でも、うち、実際に見たことはないねん』


 そうセレネが言った瞬間だった。コメント欄の流れが、一斉に1つの方向にうねった。


 《お、じゃあ今やろうぜ》

 《そらP呼べ!》

 《セレネvsそらP見たい》

 《幼馴染さん参戦はよ》

 《これは伝説の予感》

 《え、そんなに強いの?》


 あっという間に、コメントが「そらP」の三文字で埋まっていく。ルミナが私のほうを振り返った。にやにやしている。


『だ、そうですよ。そらPさん?』


 ……まったく。


『……少し、だけなら』


 そう言いながら、コントローラーに手を伸ばす。これは、配信の視聴数のため。仕方ない。


 コメントも盛り上がっているようだ。


 《来たァ!》

 《そらP参戦!》

 《姫、逃げて》

 《保護者登場》


『へえ』


 セレネの声が、少しだけ低く変わった。


『視聴者さまたちが、そう言うからには逃げられんなぁ。……ええよ。お手並み、拝見しよか』


 勝負の空気。


 私が入ることは想定していなかったので、急いで設定を済ませる。


 そして、一戦目。


 セレネは、やっぱり強い。


 ちゃんと基礎ができていて、判断も速い。ルミナよりも格上なのは間違いなかった。


 ……だからこそ、分かりやすい。どこで守るか。どこで攻めるか。どうしたら嫌がるか。


『……あれ?』


 セレネの声が、少しだけ揺れた。


 思ったように技が通らないのに、相手の技は面白いように食らってしまう。そんなセレネの困惑が伝わってきた。


 一本目は、そのまま私が取った。


『……いや、まだや。これじゃわからん。もう一本頼んます』


 セレネの方から提案。もちろん私は了承する。


 二戦目。


 セレネが、先ほどよりも集中しているのが分かる。こちらの隙を見逃さないぞと言う気迫が伝わってきた。


 でも、結果は変わらなかった。


 試合終了。一戦目よりも、むしろ差は開いていた。


『……うそやん』


 セレネがぽつりと呟いた。悔しそうな声だった。


『セレネさんも、強かったよ』

『こんだけボコされてそれは、慰めになってへん』


 不満そうなセレネの返事に、なんと返せばいいか少し悩む。


 その間にもコメント欄が流れていく。


《そらPつよ》

《姫でも勝てんのか》

《セレネ様ようやっとる》

《そらPって何者なんだよ》

《ルミナが弱いだけじゃなかったんだぁ》


『あー……』


 セレネが椅子にもたれた。


『なるほどな。よう分かったわ』

『なにが?』


 ルミナが首を傾げる。


『ルミナが毎回負けとるん、自分が弱いからだけやないで。安心しぃ』

『やっぱりそうだよね!?』


《それな》

《相手が悪い》

《ルミナ無罪》

《姫のお墨付き出た》

《そらPがおかしい》


 その横で、私はそっと視線を逸らした。なんとなく、責任を感じたからだ。










 その後も何回か、セレネの提案で勝負は続いた。けれど結果は変わらない。むしろ対戦を重ねるほど、セレネの癖や手札が見えてくる。差は少しずつ開いていった。


『……』

『ごめん。手加減できなくて』

『それ、謝るとこちゃうやろ!?』


 セレネの声は半泣きだった。それでも、どこか楽しげだ。


《姫www》

《そらP被害者の会爆誕》

《そらPこわ》

《セレネ様が人間になっていく》

《今日いちばん笑った》

《姫かわいい》


『……覚えとき次は、ぜったいリベンジするし。うち、負けっぱなしは性に合わへんのよ』


 セレネが言う。


『もちろん、いつでも』


 私は頷いた。


《続編確定》

《ライバルじゃん》

《熱い》

《その勝負また見せて》

《姫が燃えてる》


 ルミナは隣で、私たちの様子を見て、心底楽しそうに笑っていた。


《ルミナだけずっと楽しそう》

《保護者と姫が戦ってるの見てるだけで草》

《今日の勝者ルミナ》

《ずっとニコニコでかわいい》

《ルミナ満足そうで何より》










 配信が終わったあと。


 ミラージュを切ると、白銀の姫が、すっと素朴な女の子に戻った。


「……ほんま、覚えときや。次は、負けへんし」


 悔しそうだったのは、配信上の演出ではなかったらしい。私はもう一度頷いた。


「うん。いつでも」


 帰り際。玄関で靴を履きながら、セレネがふと振り返る。


「今日、楽しかったわ。……また、やりましょ」

「うん! 私も楽しかった!」

「セレネさんが良ければ、ぜひ」


 私とルミナがそう答えると、セレネは満足そうに笑った。


「ほな、また」


 そう言って、玄関の向こうへ消えていく。


 セレネを見送って部屋に戻ると、ルミナが大きく伸びをした。


「はー! 楽しかった……! ねえ、そら」

「悪いことしちゃったかな。ちょっと」

「ぜんっぜん思ってないでしょ、その顔」

「失礼な。思ってるよ」


 そんなやり取りをしながら、今日の配信を振り返る。


 数字を確認すると、同時接続も、新規登録も大きく伸びていた。セレネのリスナーの何割かが、そのままルミナの配信に残ってくれたらしい。「ルミセレ」とかいうタグもいつの間にかできていた。


 特に、切り抜かれた「姫、泣く」のシーンは、その日のうちに界隈を駆け巡った。


 ライバルができた。


 潰し合う相手じゃない。並んで走りながら、お互いをもっと面白くしていく相手だ。


 ルミナの世界が、またひとつ広がったと思う。


 ……まあ。


 そのライバルを泣きそうな顔にしたのは、少しだけ反省しているけど。

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