19「上の下くらいの腕前」
それからセレネとリモートで何度か打ち合わせを重ね、コラボの内容を詰めていった。
そして、コラボ当日。
ルミナは朝から落ち着かない様子で、何度もクッションの位置を直したり、家具を少し動かしたりしていた。
……ここ、私の部屋なんだけど。
打ち合わせの結果、オフコラボで実施することになった。配信はルミナのチャンネルでやろう、と言い出したのはセレネの方だ。理由は、やっぱりお詫びだからとのこと。
というわけで今日、セレネがこの部屋にやって来る。
約束の時間ちょうどに、インターホンが鳴った。
出迎えると、前と同じコートを着たセレネが立っていた。
「こんにちは。お邪魔します。……これ、お土産です」
そう言って差し出された紙袋には、有名店の焼き菓子が入っていた。
こういうところ、しっかりしているな。
「わざわざ、ありがとうございます。どうぞ上がって」
セレネを部屋へ案内する。部屋に入るなり、ルミナがぱっと顔を明るくした。
「あ、セレネさん、いらっしゃい!」
「どうも。今日はよろしゅうたのんます」
そう挨拶してから、セレネは部屋の中をぐるりと見渡した。
「……なんか、安心する空間やね」
含みのある言い方ではなかった。ただ思ったことを、そのまま口にしただけなのだろう。
大手事務所に所属しているのだから、多分セレネの配信環境はもっと整っている。
それでも、この生活感漂う配信スタジオにも、良さを見出したのかもしれない。
私は、お金があるならもっと充実させたいけど……。
配信用の席に着くと、セレネがこちらを向いた。
「ミラージュ、お願いしてもええ?」
「了解。テストも兼ねて、1回入れるね」
私はタブレットを操作し、事前に送ってもらっていたセレネのデータを読み込ませる。
ミラージュを起動した瞬間、空気がふわりと変わった。
セレネの上に白銀の光が降りる。黒髪の輪郭が月光をまとい白銀に煌めく。瞳に静かな輝きが宿る。衣装のラインが重なり、兎の耳がぴょこんと頭を出す。さっきまでそこにいた普通の女の子が、少しずつ塗り替えられていく。
数秒後。
隣にいたのは、いつも配信で見ている、あの白銀の姫だった。
「……うわぁ。目の前で見ると、すごい。かわいい~!」
ルミナが感心したように声を上げる。
「ふふ、おおきに。これが、うちの戦闘服やからね」
セレネは少し得意げに微笑んだ。
それから3人で最終確認を進める。配信の流れを確認して、音声をチェックして、ミラージュの細かな調整をして。
気がつけば、開始時間はもう目前だった。
「な、なんか緊張してきちゃった……」
ルミナが肩をすくめる。
「……だいじょうぶ。いつもどおりやればいい」
私がそう言うと、ルミナは深呼吸をひとつして頷いた。
「うん」
その様子を見ていたセレネが、くすりと笑う。
「ほんま、仲ええなぁ」
「うん!」
ルミナが即答すると、セレネは少しだけ苦笑した。
「3、2、1——」
配信、開始。
『みんな、こんばんはー! 今日はね、すっごいゲストを呼んじゃいました!』
ルミナの声が、いつもの明るさで弾ける。コメントが開始直後から滝みたいに流れていく。事前に告知してあったので、みんな誰が来るか、もう知っているからだろう。待機の人数は今まで見たこともない数値になっていた。
『……ということで。セレネさんです、どうぞー!』
ルミナが、隣を手のひらで示す。
画面にセレネが映り込む。白銀の兎が月の光を受けて輝く。優雅に微笑んで、ゆったりと頭を傾ける。先ほどまで部屋にいた佐藤美月は、もう見た目も仕草も面影が無かった。
『こんばんは。お招きいただいて、おおきに』
セレネが挨拶をすると、コメント欄の流れが加速した。
《本物だ》
《セレネ様ァーーーーー》
《まさかの組み合わせ》
《金と銀並んでるの強すぎ》
《画面が豪華》
《ビジュが良すぎる》
《何が始まるんです?》
『みんな、びっくりしてはるね』
セレネが、コメントの流れを見て、ふふ、と笑った。
『前から、この子のこと、気になってたんよ。歌は上手いし、話もおもろいし、気づいたら空気を自分のものにしてる。……正直に言うと、ちょっとだけ、生意気やなって思てた時期もあったわ』
《姫、毒》
《出たw》
とコメントが沸く。
『せやけど、こないだ、ちゃんと話す機会があってな。会うてみたら、これが、思てたよりずっと、ええ子で。気が合うてしもた。……せやから、うちのほうから、お願いしたんよ。1回、一緒にやってみいひん? って』
『誘ってもらってからしばらく私、楽しみで眠れませんでした』
とルミナが横から弾んだ声で言う。
『大げさやなあ』
二人の空気感が、良い。コメントの困惑が、するすると期待に変わっていくのが見えた。
《なるほど。セレネ様から誘ったのか》
《意外だったかも》
《仲良くていいな》
《これはそらPのライバル登場か?》
謝罪のことは言わなくてもいいだろう。表に出るのは、「気になってた者同士が、会って意気投合した」という、それだけで。
『今日はね、二人でゲーム対戦しようと思いますっ。あの、セレネさん……えっと』
『ルミナ』
ふいに、セレネが言った。
『うち、あなたのこと、ルミナって呼ぶし。さんづけは他人行儀やろ。だからあなたも、好きに呼んだらええよ』
ルミナがきょとんとして、それから、ぱっと笑った。
『じゃあ……セレちゃん!』
『……うん。ええよ、それで』
セレネの目が細まり、声がほんの少しだけやわらかくなった気がした。
《距離の詰め方w》
《もう仲良しやん》
《セレちゃんかわいい》
ゲームが始まった。今日プレイするのは、最近人気の格闘ゲームだ。
ルミナも何度か配信でやったことのあるゲームなのだが、さあどうなるかな。
『セレちゃん、私、負けないよー!』
『ふふ。お手柔らかにたのんます』
最初の数分で、わかった。
セレネは、強い。
動きに無駄がない。定石を外さず、ルミナの癖を見てから的確に隙を突いてくる。配信で見せる完璧主義は、ゲームでも同じらしい。
ルミナのキャラが吹き飛ばされ、画面端で倒れる。
『あー! 負けた!』
ルミナが椅子の上で崩れ落ちた。
『おやおや。口ほどにもありませんなぁ。もう一本、いっとく?』
セレネが優雅に煽る。
『うぐぐ……次は負けないよ!』
二本目。
今度は、ルミナが食らいついた。ルミナの強みは、引き際の見切りと、開き直りの良さだ。負けても引きずらないぶん、思い切りがいい。
ぎりぎりのところで攻めを通し、一本返した。
『やった! 一本取った!』
『……へえ』
セレネの声のトーンが、ほんの少し変わる。
『おもしろなってきたやん』
穏やかな口調の奥から、別の温度がにじんだ。
《ルミナやるやん》
《姫、けっこう強いのに》
《比較対象が、いつもそらPだから……》
《セレネ様がんばれー!》
三本目。
セレネの操作が、先ほどまでより明らかに鋭くなった。どうやら、まだ余裕を残していたらしい。
『あ、ちょ、それ反則っ』
『反則ちゃうわ。ちゃんと読んだだけや』
『よ、読みすぎ! 未来見えてる!? こわい!』
際どい攻防が続く。コメント欄が追いつかないくらい、二人の手が動く。
最後の一手。ルミナがしのいで、しのいで――惜しくも、落とした。
『あー、くやしー! もう一回! もう一回お願いします!』
『ふふ。ええよ。何回でも。ルミナ強いし、次は負けてしまうかもなぁ』
セレネがそう言って微笑む。けれど、その目は笑っていなかった。私は画面の外で、思わず吹き出しそうになる。
負けず嫌いで、口が少し悪くて、勝つことに貪欲。セレネの読み通り、ルミナとは配信で相性がいいのかもしれない。
それからの一時間は、ほとんど二人の掛け合いだけで持った。
『セレちゃん、さっき私がミスったとき笑ってたよね!?』
『してへんよ。気のせいやろ』
『してた! 姫の顔が剥がれかけてた!』
『……人聞きの悪い。うちはいつでも、優雅やわ』
緩く言いあいながら、操作だけは一切手を抜かない。その温度差が受けている。
《ルミセレ尊い》
《姫の化けの皮w》
《天然vs負けず嫌い、相性よすぎ》
《セレネ様、優雅に煽ってて草》
《公式で対戦カード組んでくれ》
結果として、対戦の通算は、セレネの大幅勝ち越しだった。
それでもルミナは、何本かきっちり取り返している。押されっぱなしではない。負けてもめげずに、次に飛び込んでいく。その姿勢が、コメント欄をさらに沸かせていた。
『いい試合やったね』
対戦を終えたセレネが澄ました声で言う。
『くやしー! でも楽しかった!』
ルミナが笑う。それから、ふと思い出したみたいに付け足した。
『あ、でも私、これでも健闘したほうなんですよ。そら相手だと、ほんと、1回も勝てないので』
『あぁ』
セレネの声が少し変わった。興味、という感じの色がのる。
『その噂はちらほら聞いたわ。ゲーム、えらい強いて。……でも、うち、実際に見たことはないねん』
そうセレネが言った瞬間だった。コメント欄の流れが、一斉に1つの方向にうねった。
《お、じゃあ今やろうぜ》
《そらP呼べ!》
《セレネvsそらP見たい》
《幼馴染さん参戦はよ》
《これは伝説の予感》
《え、そんなに強いの?》
あっという間に、コメントが「そらP」の三文字で埋まっていく。ルミナが私のほうを振り返った。にやにやしている。
『だ、そうですよ。そらPさん?』
……まったく。
『……少し、だけなら』
そう言いながら、コントローラーに手を伸ばす。これは、配信の視聴数のため。仕方ない。
コメントも盛り上がっているようだ。
《来たァ!》
《そらP参戦!》
《姫、逃げて》
《保護者登場》
『へえ』
セレネの声が、少しだけ低く変わった。
『視聴者さまたちが、そう言うからには逃げられんなぁ。……ええよ。お手並み、拝見しよか』
勝負の空気。
私が入ることは想定していなかったので、急いで設定を済ませる。
そして、一戦目。
セレネは、やっぱり強い。
ちゃんと基礎ができていて、判断も速い。ルミナよりも格上なのは間違いなかった。
……だからこそ、分かりやすい。どこで守るか。どこで攻めるか。どうしたら嫌がるか。
『……あれ?』
セレネの声が、少しだけ揺れた。
思ったように技が通らないのに、相手の技は面白いように食らってしまう。そんなセレネの困惑が伝わってきた。
一本目は、そのまま私が取った。
『……いや、まだや。これじゃわからん。もう一本頼んます』
セレネの方から提案。もちろん私は了承する。
二戦目。
セレネが、先ほどよりも集中しているのが分かる。こちらの隙を見逃さないぞと言う気迫が伝わってきた。
でも、結果は変わらなかった。
試合終了。一戦目よりも、むしろ差は開いていた。
『……うそやん』
セレネがぽつりと呟いた。悔しそうな声だった。
『セレネさんも、強かったよ』
『こんだけボコされてそれは、慰めになってへん』
不満そうなセレネの返事に、なんと返せばいいか少し悩む。
その間にもコメント欄が流れていく。
《そらPつよ》
《姫でも勝てんのか》
《セレネ様ようやっとる》
《そらPって何者なんだよ》
《ルミナが弱いだけじゃなかったんだぁ》
『あー……』
セレネが椅子にもたれた。
『なるほどな。よう分かったわ』
『なにが?』
ルミナが首を傾げる。
『ルミナが毎回負けとるん、自分が弱いからだけやないで。安心しぃ』
『やっぱりそうだよね!?』
《それな》
《相手が悪い》
《ルミナ無罪》
《姫のお墨付き出た》
《そらPがおかしい》
その横で、私はそっと視線を逸らした。なんとなく、責任を感じたからだ。
その後も何回か、セレネの提案で勝負は続いた。けれど結果は変わらない。むしろ対戦を重ねるほど、セレネの癖や手札が見えてくる。差は少しずつ開いていった。
『……』
『ごめん。手加減できなくて』
『それ、謝るとこちゃうやろ!?』
セレネの声は半泣きだった。それでも、どこか楽しげだ。
《姫www》
《そらP被害者の会爆誕》
《そらPこわ》
《セレネ様が人間になっていく》
《今日いちばん笑った》
《姫かわいい》
『……覚えとき次は、ぜったいリベンジするし。うち、負けっぱなしは性に合わへんのよ』
セレネが言う。
『もちろん、いつでも』
私は頷いた。
《続編確定》
《ライバルじゃん》
《熱い》
《その勝負また見せて》
《姫が燃えてる》
ルミナは隣で、私たちの様子を見て、心底楽しそうに笑っていた。
《ルミナだけずっと楽しそう》
《保護者と姫が戦ってるの見てるだけで草》
《今日の勝者ルミナ》
《ずっとニコニコでかわいい》
《ルミナ満足そうで何より》
配信が終わったあと。
ミラージュを切ると、白銀の姫が、すっと素朴な女の子に戻った。
「……ほんま、覚えときや。次は、負けへんし」
悔しそうだったのは、配信上の演出ではなかったらしい。私はもう一度頷いた。
「うん。いつでも」
帰り際。玄関で靴を履きながら、セレネがふと振り返る。
「今日、楽しかったわ。……また、やりましょ」
「うん! 私も楽しかった!」
「セレネさんが良ければ、ぜひ」
私とルミナがそう答えると、セレネは満足そうに笑った。
「ほな、また」
そう言って、玄関の向こうへ消えていく。
セレネを見送って部屋に戻ると、ルミナが大きく伸びをした。
「はー! 楽しかった……! ねえ、そら」
「悪いことしちゃったかな。ちょっと」
「ぜんっぜん思ってないでしょ、その顔」
「失礼な。思ってるよ」
そんなやり取りをしながら、今日の配信を振り返る。
数字を確認すると、同時接続も、新規登録も大きく伸びていた。セレネのリスナーの何割かが、そのままルミナの配信に残ってくれたらしい。「ルミセレ」とかいうタグもいつの間にかできていた。
特に、切り抜かれた「姫、泣く」のシーンは、その日のうちに界隈を駆け巡った。
ライバルができた。
潰し合う相手じゃない。並んで走りながら、お互いをもっと面白くしていく相手だ。
ルミナの世界が、またひとつ広がったと思う。
……まあ。
そのライバルを泣きそうな顔にしたのは、少しだけ反省しているけど。




