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プリマステラ ~TS転生した元Pの私が、孤独な幼馴染を一番星にするまで~  作者: 星澄夜


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18/26

18「裏表」

 外に出ると、冷たい空気が頬を刺した。


 吐く息は白く、ポケットに突っ込んだ手の先が少しかじかむ。


 指定された店は、都心から少し外れた駅近くの、古い喫茶店だった。


 奥にひとつだけある個室。


 扉を閉めれば、表の通りの音も届かない。人目を避けたい、という意思が、店選びに出ていた。


 先に着いたのは私たちのほうだった。


「……本当に、来るのかな」


 隣で、ルミナが小さく言う。膝の上で指を組んだりほどいたりしている。


「来るよ。わざわざDMまで送ってきたんだし」


 あのDMから三日。返事をして、日時を決めて、そして今日。


 さすがに売れっ子のステラと会うのは、少し緊張する。私はルミナのわき腹をつついて、それを誤魔化した。ルミナは笑いながら椅子からころげ落ちた。


 約束の時間ちょうどに、扉が開いた。入ってきたのは、1人の女の子。


 黒髪を後ろで一つに束ねて、薄く化粧をしている。地味な色のコートの肩には、隠しきれない緊張がのっていた。悪い容姿ではない。むしろ、目鼻立ちは揃っていて綺麗に映る。けれど、その綺麗さは、画面越しのセレネが持っていた圧のようなものとはまるで違った。


 白銀の光をまとい、視線ひとつで場を支配する姫。あのセレネを知っているからこそ、目の前の少女はあまりにも静かに見えた。


 華がない、というより。華になることを、自分で許していない。そんな普通さだった。


 一瞬、本当にセレネなのか迷う。もしかしたら代理なのかも、と。


 だけど声でわかった。


「はじめまして。で良かったんかな? ……ほんまに配信の姿まんま、なんやね」


 セレネだ。


 ルミナも息を呑むのがわかった。


「座っても、ええかしら」


 私が頷くと、向かいの席に浅く腰かける。


 運ばれてきた水に、セレネは手をつけなかった。グラスの縁を指先で一度なぞって、それから口を開いた。


「なんかおかしな気分です。お互い、相手のことばっかり知ってて。ちゃんと話すんは初めてやのに」

「たしかに……。私、なんか勝手に知り合いみたいな気分でした」


 そうルミナが言うと、セレネは少しだけ肩の力を抜いた。


「改めて。セレネです。……本名は、佐藤美月(さとうみつき)。よろしゅう」


 私とルミナもそれに応じる。


「夕凪空です」

「朱野ルミナです! 私も本名です。あの、配信よく見てます! すごく、綺麗なミラージュで、視聴者さんもいっぱいいて、すごいと思って」

「ふふ、おおきに」


 セレネが少しだけ笑った。でも、すぐその笑みを消して真剣な表情になる。


「……早速、なんやけど」


 空気が変わった。たぶん、ここからが本題。


「炎上の件。少しは落ち着いたんかな」


 いきなり、その件か。


 私は思わず身構える。ルミナの肩も、わずかにこわばった。


「……はい。だいぶ」

「そう。よかった」


 セレネは目を伏せた。それから迷うように間を置いて、続けた。


「あれな。火ぃ大きくしてたんの中に、うちのファンがおったんよ。あなたを蹴落とせば、うちが上にいける、て。そう思い込んで。だから、今日はそれを謝りにきたんよ」


 驚いた。たしかに、炎上を煽っている人たちの中に、妙に手際のいい一団がいるのは気づいていた。


 でも。


「そんな、セレネさんは何もしてないじゃないですか」


 ルミナが首を振る。そう、セレネ自身は何もしていない。


「うん。そうやね」


 セレネは苦く笑った。


「せやけど、知ってしもたから」


 そこで言葉が途切れる。セレネは視線を落として、水の入ったグラスを見た。


「知らんふりも、できたんやろうけどな」


 小さくそう言ってから、顔を上げる。


「それは、なんか違う気ぃしたんよ」


 少し沈黙が落ちた。


「……なんで、そこまでしてくれるんですか」


 ルミナがぽつりとこぼす。


「だって私なんて……」


 ルミナは少しだけ視線を落とした。


「正直、セレネさんからしたら、私なんて気にする相手じゃないと思ってました」


 即座にセレネが答えた。


「なに言うてんの」


 そう言ってセレネが顔を上げる。先ほどまでの気まずそうな感じはない。はじめて、まっすぐにルミナを見た。


「うち、あなたのこと、ずっと脅威やと思てるよ」


 ルミナが、ぽかんとした。


「……え」

「当たり前やん。薄ミラで、可愛くて、ぐんぐん伸びて。投票も、ごりごり追い上げてきとる。……気にならへんわけ、ないやろ」


 私は内心意外に思っていた。実際、セレネは数字の上でルミナよりずっと格上だ。まだまだ、手が届く位置にはいない。なのに、ルミナを対等な存在だとみている。


 セレネが、ふっと自嘲するみたいに笑った。


「うちな。こういう素の顔やと、ほんま、なんもないねん。地味で、華もなくて。せやからぜんぶ作ったんよ。あの白銀も、毒も、隙のなさも。盛って盛って、やっと見てもらえる」


 グラスの水面を波立たせるように、指で小さく揺らす。


「そやのに、あなたは」


 セレネが、ルミナを見た。


「初めて見たとき……正直、この子、伸びるやろなって思ったんよ」

「え?」

「可愛い。歌もうまい。トークもおもしろい。しかも薄ミラやろ。強い要素ばっかりや」


 セレネはそこで、少しだけ笑った。


「そら、気にもなるやろ」


 それから、声を少し落とす。


「……うちが何年かけても手に入らへんもんを、あなたは、たくさん持ってる」

「そう、言って貰えると嬉しいです」


 ルミナは少し困ったように笑った。


「でも良いことばっかりじゃないです。この見た目で、勝手に決めつけられることが多かったから」

「……そやったんやろね」


 セレネは静かに頷いた。一度言葉を切ってからまた、続けた。


「それでも、うちは羨ましかったんよ。嫌われるんが怖くて、全部作った人間からしたら。そのまま前に出られる人は、やっぱり——眩しいんよ」


 ルミナは、すぐには何も返せなかった。ただ、驚いた顔でセレネを見ている。


 だけど、しばらくして、ポツリと言った。


「……私は、作らないんじゃなくて、作れないだけです。だから、セレネさんみたいに、なりたい自分をちゃんと形にして、前に立てる人の方がずっとすごい」


 それを聞いて、ふと思う。


 ルミナとセレネは、少し似ているのかもしれない。


 二人は、自分に足りないものをお互いの中に見つけている。


 作らずに前へ出られる強さと、作り上げてでも前へ立つ覚悟。


 正反対のようでいて、どこかで繋がっている。


 そのあと、二人は少し照れくさそうに笑い合った。


 それから、好きなもののことや、ステラになった理由や、推しのステラの話をした。


 私はその会話を、たまに相槌を打ちながら聞いていた。


「それでね」


 30分ほど話した後、セレネがそう言って背筋を伸ばした。さっきまでの緊張は、もう抜けていた。


「お詫び、といったらあれなんやけど。……うちと、コラボせえへん?」


 突然の提案に驚く。こちらとしては人気ステラとのコラボは願ってもないが、正直セレネ側にメリットがあまりないだろう。……ああ、だからお詫び、なのか。


 ルミナの目が丸くなった。


「うち、あんたとなら結構、おもろいことできるんじゃないかと思っとるんよ」


 セレネはそう言って少し笑った。


「謝るために来たんは本当や。でも、それだけやない」


 まっすぐルミナを見る。


「話してみて、改めて一緒に配信してみたいと思ったんよ。だから、よかったらどうやろ」


 ルミナは、すぐには答えなかった。ちらりと私のほうを見る。


 私は何も言わず、ただ小さく頷いた。あなたが決めていい、と。


 ルミナは、もう一度セレネに向き直った。


「やります。コラボ」


 セレネが、ふっと息を吐いた。


「……おおきに」










 帰り際、扉のところでセレネが振り返る。


「あ、言うとくけど。コラボはコラボやで。(プリマステラ)は、うちがもらうから」


 ルミナが即座に返した。


「私だって、負けません!」


 ふたりが笑う。


 その横で、私はもう、コラボの内容を考え始めていた。

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