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プリマステラ 〜ひとりぼっちの幼馴染を一番星にするまで〜  作者: 星澄夜


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15/17

15「プライド」

 火は、いつのまにか消えかけていた。


 私が消したわけじゃない。あれだけ手を動かしても、何ひとつ変わらなかった。


 ただ、何日か経つうちに、面白がっていた人たちが飽きただけだ。新しい燃料がなくなれば、火は勝手に痩せていく。配信もしていないし、こちらから発信もしていないのも良かったのかもしれない。内容がリアルのゴシップだけに、それ以上火が付きようもなかったのかも。


 助かった、とは思えなかった。


 私は、最後まで何もできなかった。


 火が消えたのは、私のおかげじゃない。ただ、時間が勝手に流れて消えただけ。


 学校にもようやく戻った。しばらく体調不良ということにして休んでいたのを、もう、さすがに引き延ばせなくなって。


 やれることも、もう尽きていた。私が何をしようと、しまいと、結果は同じだった。


 教室でいつもの顔をして、いつもの私をやった。誰に聞かれても大丈夫、と答えた。


 まあ、とにかく。あと少しだけ保てばいい。そうすれば全て元通りになる。


 私の数日間が徒労になっただけなら、安いものだ。










 その日も、ルミナは学校帰りに部屋へ来た。


 鞄を置いて、今日の授業がどうとか、廊下から見えた猫がどうとか話し始める。私は相槌を打ちながら、どこか上の空だった。


「それでね、体育の授業中に――」


 そこまで言って、ルミナが言葉を切る。


「……あ」

「ん?」

「ううん」


 ルミナは慌てて首を振った。でも、その反応がやけに引っかかった。ルミナが何かを誤魔化すときの仕草。


 ……嫌な、予感がした。


「……何か、あったの」


 少しだけ強く言うと、ルミナは視線を逸らした。


「……ほんと、大したことじゃないの」


 その前置きで、大したことじゃなかった試しはない。


「ルミナ」


 名前を呼ぶと、観念したように肩をすくめた。


「えっとね。クラスで、ちょっと言われただけ」


 その言葉の意味が、遅れて届いた。


 言われた。何を。


「……何を、言われたの」

「ん? んー、配信のキャラ作ってるとか、そういうの。あ、直接言われたわけじゃないよ? ただ、聞こえちゃうだけ。私の耳が良いからかな?」


 少しおどけるような口調で、ルミナが言った。


 無理やり笑い話にしようとしているのが、分かった。


「……いつ、から?」

「……ちょっと前くらいからかな。あ、でも全然大丈夫、慣れてるし」


 そう言ってルミナがからから、と笑う。


 だけど、その言葉が、私の中のどこか大事な部分に突き刺さった。


 私がネットの火を必死に消して回っていた、その間も。いや――もしかしたら、もっと前から。


 私はネットの隅々まで目を凝らしていた。ルミナを守るんだと、画面を睨み続けて。


 その間ずっと、いちばん近くにいるこの子の顔を、私は見ていなかった。


 毎日、どんな顔で一日を過ごして、どんな事を聞かされてここに来ていたのか。


 炎上は私にはどうにもできなかった。


 だけど、少なくともルミナの現実は守れていると思っていた。


 思っていた、だけ……だった。


 私の目は――何も、見えていなかった。


「そら? どうしたの、こわい顔して」

「……ごめん」


 声が、掠れた。


「ごめん、ルミナ。私、ぜんぜん気づいてなくて」

「なんで謝るの。そらのせいじゃないよ」


 ルミナは笑った。私を気づかうみたいに。


「まあ、私が言われるのは、いいの。容姿のこととか、ぼっちとか、もう慣れちゃったし。ここ最近は言われてなかったけど、久々ーって感じ。……でも」


 そこで、笑顔が少しだけ崩れた。


「最近のは、ちょっとだけ」


 膝の上で、手が握りしめられていた。


「私が、そらに寄りかかってるだけだって。夕凪さんがいなかったら、私なんて何も残らない、って」


 ひとつずつ言葉を置くみたいに。自分で自分を刺すみたいに。


「私ね、ずっと思ってたんだ。ほんとは。私なんかが隣にいて、いいのかなって。そらの足を引っ張ってるんじゃないかって。……だから、それ聞いたとき。あ、やっぱり、って思っちゃった」

「ルミナ――」

「ごめんね」


 その一言が、私のいちばん深いところを刺した。


「私のせいで。私が隣にいるから。そらがこんなに無理して。こんな目に遭って。でも、私……」


 違う。


 声にならなかった。違う、と言わなきゃいけないのに。ルミナのせいじゃない、1回だってあなたのせいだったことなんてない、と。


 言おうとして――気づいてしまった。


 私だ。


 私がこの子を見つけた。配信を勧めて、一番星を目指させた。誰にも見つからず教室の隅で静かにしていれば、この子はこんなふうに晒されることもなかった。


 たぶん、それくらいならできた。少なくとも直接ルミナを痛めつけるものからは、守れたはずだ。


 だけど私が表に出した。私が、ルミナを自慢したかった。私が、世界にルミナを広めたかった。


 火種は、私だ。最初から。


 守っているはずだった。そんな自尊心の全部が、この数日で剝がれていく。


 剝がれた下から出てきたのは、良かれとやったことで、いちばん大切な相手をいちばん深く傷つけている私だった。


 ふ、と。


 気づいたら、笑っていた。


 可笑しいことなんて、ひとつもないのに。喉の奥から、息だけが漏れるみたいに。からからに乾いた笑いだった。


「そら……?」


 ルミナがぎょっとした顔で私を見た。


「……私さ。何でも出来るつもりで。結局、大切なもの、ひとつも守れないんだ」

「そんな……そんな笑い方、しないで。そら、こわいよ。違うよ。わたしが、言いたかったのは……」


 ルミナの言葉が耳から入ってこない。


 言っても意味のない懺悔が、止まらずにあふれる。


「ごめん。また、ルミナまでいなくなったら、どうしようって。……結局、何も、できないまま」

「……『また』、って? 『まで』って、そら、それ。どういう……」


 ルミナの目が、まるくなる。


 それを見て、気づいた。


 今世の私は、まだ誰も失っていない。なのに、「また」。


 幼馴染のこの子なら、その違和感に、気づいてしまう。


 しまった、と思った。でも、もう遅かった。こぼれた言葉は、もう拾えない。


 ああ。


 なんだか、急に力が抜けた。


 床に崩れて手をついた。


 もう、いいか。


 火は消せなくて、ルミナの痛みにも気づかなくて。こうして口まで滑らせて。


 取り繕えるものなんて、もう何も残っていなかった。


 なら――いっそ、全部。


「……たぶん私ね、どこかで間違えたんだ」


 自分が何を言おうとしているか、分かっていた。

 

 こんなこと言ったら、頭がおかしくなったと思われるだろう。到底、信じられない話だ。でも、もうそれも、どうでもよかった。


 今の私になる前。私には、別の人生があった。違う名前で、小さな制作会社で働いてた。依頼の通りに曲を作ったり、調整したり、ディレクションしたり。裏方だけど仕事はちゃんと回せてた。それなりに、頼りにもされてた。


 でも、自分の名前で出した曲は、ぜんぶ駄目で、誰の耳にも届かなくて。だけど、諦めきれなかったのは、たぶん、私を見つけて欲しかったから。


 そんな私の曲を、たった一人だけ好きだと言ってくれた人がいた。名前も顔も知らない、ネット上だけの関係。すごく歌のうまい人なのに、ほとんど人に聴かせようとしない人で。私はその声が、好きだった。だから言ったんだ。もったいない、歌で活動しようよ。そしたら一緒に一曲、作ろうって。


 ……私が、背中を押した。それから、その人は歌いはじめて、少しずつ伸びて――そして、叩かれた。声を、歌を、見た目を。粘着されて、よその誰かと比べられて、粗を探されて。だんだん更新が減って、言葉に、陰ができていった。


 私は気づいていた。気づいていたのに、かける言葉が見つからなかった。画面のこっち側から、その人が悪意に削られていくのを、ただ見ていることしかできなかった。


 ある日、その人はいなくなった。アカウントごと。さよならも、なかった。曲はサビのところで止まった。歌う人が、もういなかったから。


「もし私が、あのとき。歌で活動しようよ、なんて言わなければ。あの人は誰にも見つからないまま、叩かれることもなく……静かに生きていられたのに」


 才能は、見つけてくれる一人がいないと、存在しないのと同じ。そう信じて。誰かを見つけて、世界に紹介することを、私は良いことだと思っていた。


 でもやっぱり、それは、間違いだったんだ。


 そう、学んだはずなのに。


 なのに私は、同じことをまた、した。前世のことなんて、すっかり棚に上げて。ルミナの声を、もったいないって思って。見つけて、みんなから見えるようにして。


 結局、何年生きたって、同じだ。いちばん失いたくない、あなたで。また、繰り返した。


 もしかしたら今回は、って。心のどこかで思っていたのかもしれない。考えたところで意味はない。何の免罪符にもならない。


 だから最後に、もうひとつ。


 いちばん、言いたくなかったこと。


「私さ、ずっとルミナの隣にいたよね。お風呂も、お泊まりも、ぜーんぶ一緒で」


 声が、震えた。


「ごめんね。ルミナの思い出、全部、穢しちゃった。……だって私」


 ひとつ、息を吸って。


「前は、男だったんだ」


 言ってしまった。ぜんぶ。


 誰にも見せないように、ずっとごまかしてきた、その芯まで。


 不思議と、何の感情も湧かなかった。


 ああ、終わった。


 ただ、そう思った。


 前世やら、男だったやら。こんなもの明かしてしまったら、もう今までどおりではいられない。この子はきっと私を、得体の知れない何かとして見るだろう。


 仕方ない。当然だ。


 それでも――と、私はすべてが崩れた頭の隅で決めていた。


 嫌われてもいい。離れていってもいい。これっきり、口をきいてくれなくたって。


 でも、せめて。この子が知らないところで、見えないところから。私はこれからもずっと、この子を守り続けよう。悪意を遠ざけて、気づかれないように。


 そうすれば、それで。私の役目は、果たせる。


 崩れきってもなお、私はまだ、与える側の椅子に座っているつもりでいた。それが、ただの卑怯な自己満足だとも気づかないまま。


 全てを言い終えた私は、床に座り込んで、視線を落とす。


 それから何も言わずに、部屋を出ていく足音を、待った。


 ……または、ルミナの罵声を、待った。


 でも、聞こえてきたのは、そのどちらでもない。


 衣擦れの音が、すぐ近くでした。


 私の目線の高さまで。ルミナがゆっくりと床に膝をついて、しゃがみ込む。


 いつも、背の高い私が、ルミナの目を見るために腰を落としていたみたいに。


 今度はルミナが、私の目の高さに、自分を合わせて。


「――そら」


 すぐ目の前で。


 守り切れなかった女の子の声が、まっすぐに私を呼んだ。

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