62.〇×の匂い、キター
文字通り飛ぶように進むバッチャの後ろについて行くと、物凄い速さに視界が歪んできた。あれ? 何か変な光の玉が飛んでるぞ。新手の魔物か? それとなんかウキウキしてきた。
光の玉め、やっつけてやる! と思ったら口の中に何か押し込まれた。
「不味~~!」
脳天まで響く青臭さ、舌に突き刺さる暴力的な苦さ。罰ゲームで飲まされた青汁より酷い。「もう一杯」ってなるか!
セルフツッコミしていると、ネッチャに頬をつねられた。
「甘い匂いがしたらすぐ噛めって言ったよね。ちゃんと聞いてた?」
「ゴメンなさい、ついて行くので精一杯だったんだ。今度から気を付けるから、つねらないで~」
エルフ達は子供のホッペのプニプニが気に入ったらしくよく触ってくるが、今回は注意も兼ねているので結構痛い。
わちゃわちゃしていると、苦そうに草の塊を噛みながらバッチャがやって来た。
「その位にしておけ。それよりエア、この匂いは覚えておけよ。その葉の効果は長くは持たん。怪しいと思ったらすぐ噛むんだ」
言われてみれば周囲に甘酸っぱい匂いが漂っている。強い匂いではない。令和日本の化粧品売り場よりずっと微かな匂いだ。中身が令和日本人の俺は、この程度の「良い香り」に分類される匂いに鈍感なようだ。これは注意しないといけないな。
『LSDに類似した組成です。分析するまで数秒かかりました。警告した時には既に幻覚を見られていました』
『警告の意味ないじゃん。対策はあるのか?』
『エルフの薬は有効なようで幻覚作用が収まっています。彼らの言う通り、周辺環境に気をつける他ないでしょう』
安定の役立たず。テンプレと念話していると、突然ネッチャがピッタリと抱きついてきた。
いきなり、こんな所で? とドキドキしていると、ホッペをピッタリくっつけたまま耳元でささやいてきた。
「大きな声を出しちゃダメよ。私の言うことをちゃんと聞いてね」
聞きます、聞きます。80歳と知ってはいますが、外見は若い美女の言うことなら聞きますとも。
「正面の木の向こう、少し遠いけどひと際大きい木があるでしょう? あの木の真ん中あたりを見て」
? 何のプレイだろう。周囲何メートル? ちょっとしたビル位ある木が見える。その真ん中の辺って、あれ? 樹皮の間に人形みたいなのが居る。緑色の髪、目鼻立ちはわからない。白樺の木みたいな質感で服は着ていないと思う。
「ドライアドだ。向こうもこっちに気が付いている。ゆっくり離れるよ。わかった?」
頷くと、俺を抱えたまま後ろの木の枝に飛び移った。
そのままドライアドが見えない木の陰まで来ると、バッチャもネッチャもホッとしている。
「子供を襲うとは思えないけど、気が立っているみたい」
「あれは何かあったな」
ポンと突き放されたので、俺は二人に質問してみた。
「ドライアドってあの木にいた人形みたいなの? そんなに怖いの?」
「怖いぞ。ドライアドがいたのは木じゃない。魔物だ。あれが暴れると大変な事になる」
ちょっと待て、高さ数十メートルはありそうな大木だったぞ。
「あの木、動くの?」
「ああ、動くぞ。それ程速くないがな。そして私たちでは勝てない。血も急所もないから切りつけても、矢や槍を打ち込んでも効果がない。綱を張って来ないようにするのがやっとだ」
「誰も勝てないの?」
「ドワーフの馬鹿が斧で向かって行って何百人も返り討ちにあったり、人間の炎魔法使いが数を頼りに向かって行ったが踏みつぶされたりした話なら聞いた事がある」
ヤベ―奴すぎるじゃん。なんでこんな所通るんだよ。
俺の考えが顔に出たのか、バッチャが答えてくれた。
「一番近道だし、こちらが変な事をしなければ放っておいてくれるぞ」
聞けばヒートモスの繭はこの辺でしか採取できず、他の葉では飼えない。採りに来る他ないが、ドライアド達は繭を少し取る位なら許してくれるらしい。エルフの薄い衣装が貴重品な訳だ。
「ところでドライアドの幻覚って、最初から葉っぱを噛んでたら大丈夫なの?」
「エアは変わってるな。そうだな、用心のためエアだけはずっと噛んでれば良い」
馬鹿な事を聞きました。口の中まだ変。バッチャもネッチャもペッペしている。
あんな物ずっと噛んでられるか。
「匂いに注意します!」
「そうした方が良いと思う。これから違う匂いの所を通るけど、匂いのする沼の周りでは間違っても火の魔法を使うなよ」
「使うとどうなるの?」
「悪くすると沼全体が燃え上がってしばらく消えない」
「ええ!」
「モイモイで見なかったか? 崖の途中から管を引いてたろ。あの吹き出す風に火をつけて料理も鉄も作るんだよ。あれが沼の中からブクブク湧き出してて、一緒に黒い油も湧き出して沼に溜まってるんだ」
えーと、そういや薪あんまり使ってなかったな。魔石照明に目が行ってた。製鉄炉に木炭使うって言ってなかったか? ガスも使うんだ。
『テンプレ、ちょっと良いか』
『何ですか?』
『この辺の地面の下ってひょっとして……』
『ええ、大きな油田ですよ。大きな山脈に挟まれた地向斜盆地、油田がありそうな地形じゃないですか』
『知らねえよ。地学なんて高校でしかやってねぇわ!』
北に金鉱、中央部に油田って令和社会なら各国関係者様大挙ご来場だぞ。この土地どうなってるんだ。
とりあえず、バッチャを先頭に再出発してしばらくすると、令和人間の俺の知ってる匂いがしてきた。
それと同時にドライアドが不機嫌だった理由もわかった。数頭のオークがアスファルトの沼に沈んでいっている。生命の危機にもかかわらず、奴らはよだれを垂らし恍惚としているようだ。
「ドライアド達の森を掘り返したな。愚かな事だ」
バッチャが吐き捨てるように言うと、振り返りもせず先に進んでいく。
とりあえず教訓。ドライアド怖ぇー。




