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134.外伝 ブロミアン・マンチェス辺境伯伝

話の中で現時点で行方不明となっているマンチェス辺境伯爵の人気が


異常に高い理由がわからないと話が見えにくいので説明回です。




ブロミアン・マンチェスは温厚な紳士だった。


温厚過ぎて王都では”影が薄い”と陰口をたたかれる事もあったが


数十年に渡って王国の宰相を務めた父ハイドラルや


外戚にあたる伝説の将軍フルオロと比べてはいけないだろう。


有能の代名詞みたいな親族と比較される気の毒な境遇としておこう。




彼の生家マンチェス家は80年前のエルフとの戦争で活躍し、


元々エルフの土地だった一帯、現在シャーフラントと呼ばれる領地を与えられた。


代償としてヌーラシアに持っていた豊かな領地は召し上げられてしまったが、


一族は気にしなかった。


港湾都市マンチェス、魔物が蟠踞する荒れ地を何代にも渡って開拓して


作った飛び地の周辺も含めシャーフラントとなったからだ。




もっとも幼少期のブロミアンにとって、そんな事はどうでも良いことだった。


父も母も家に、領地に居ない。


領地経営はフルオロ伯爵に任せ、王都に常駐していて


数年間も領地に顔を見せない事が普通だったから、王都の城館以外で


両親と過ごした記憶がない。


その王都でも子供時代は相手をしてもらえなかった。


大人になってからも部下か同僚のような扱いだったから


平民の親子とは感覚が違った。




彼を育て、精神性に影響を与えたのはフルオロ伯爵とシャーフラントの人々だろう。


領地経営とか貴族としての教養はフルオロ伯爵と家庭教師達に教え込まれた。


努力したが分かったのはフルオロ伯爵には到底及ばず


姉のイリスにさえも及ばないという事だった。


跡継ぎを変えたら、などと言う者もいた。姉が王家に嫁ぐ事になっていなければ


冗談ではなくなっていたかもしれない。




若くして自分の能力面には絶望していたブロミアンを明るく朗らかな性格に


したのは部下や領民たちだった。


特に館を勝手に抜け出した時が楽しかった。


町で日雇い仕事もした。運河の浚渫、泥炭掘り。


力仕事の厳しさと収入の少なさを肌で知ったが


それ以上に人々の優しさに驚かされた。


”どこから来た?年端も行かないのにこんな仕事して大丈夫か?


顔色は良いから飯は食えてるみたいだな。困ったら言えよ。”




何でも知っていると思ったフルオロだって知らない事はたくさんある。


ブロミアンは気が付いた。


別に立派な事をやらなければならないわけではない。


この人たちの事を思えばいいだけだ。


暮らしに困らないように、少しづつでも良くなるように。


方法は自分で考えなくて良い。


聞く耳さえあれば要望は領地中に溢れている。


出来る事、出来ない事、出来そうにないけど夢のある事。


町で、視察先で話を聞くのが楽しかった。




19歳で結婚している。相手は隣国リヒト帝国の大貴族の娘ロキシー。


結婚前に辺境伯爵家を正式に継いだのは相手と格を合わすため。


血統の良い娘で彼女の従姉弟はこの国の第一王子に嫁いでいたから


マンチェス家は王家と親戚になったといえなくもない。


前年姉のイリスが婚約破棄されて王族と血縁を結べなかった


父ハイドラルの執念、ブロミアンにとって強制された結婚だった。




相手のロキシーは嫌だったらしい。


初対面の挨拶の時


生まれ育った土地から魔物がいるような土地に行きたくないのは


理解できる。と言ったら思い切り頷いていた。


思っていても少しは遠慮するものだ。




そのロキシーは裏表がなく、素直過ぎる性格だった。


あまりに率直過ぎてリヒト帝国では知能に問題があるという噂まであった。


彼女がリヒト帝国内ではなく、隣国の王族でもないマンチェス家に


嫁いできた理由かもしれない。


貴族同士の婚姻で嫌々結婚させられた二人だったが相性は良かった。


ブロミアンの領地歩きに付き合ったロキシーは夫以上に夢中になった。


身分違いの人間と話した事がなかった彼女にとってどんな話も新鮮で


興味深かった。




そんな彼女の意外な特技が投資だった。


領主の奥様に投資話を持ち込むなんて相当ヤバイ奴だが、


ロキシーは話を聞いてやる。


疑問点があれば持ち前の素直さでズバズバ指摘する。




知能に問題があるどころか実に鋭かった。


貴族らしい持って回った言い方や裏の意味を含んだ言い方が苦手なだけで


相手の嘘を見抜くのも、熱意を感じ取るのも天才的だった。


ロキシーは相当額の持参金を持って来たのだが、全く減らなかった。


減らないどころか数年後にはフルオロ伯爵がうなる程の金額になっていた。


ロキシーは夫と相談しながら投資を増やしていった。


そのたびにマンチェスの町に、シャーフラントの農村に産業が増えていった。


儲けるだけでなく、慈善事業や文化事業にも力を入れた。


実務の天才フルオロ伯爵は生まれた産業を育てるのは上手かった。


この二十年でマンチェスが大発展し、王都を含む各地の産業を圧倒した


理由は間違いなく辺境伯爵夫妻とフルオロ伯爵である。


経済発展は大部分の人の生活を豊かにしたから、領地内では


領主である辺境伯家に恩義や忠義を感じる人が多い。




人として人気があった理由は家族の仲が良かったせいかもしれない。


結婚して5年、周囲が心配した頃に生まれた娘はマリーと名付けられた。


両親に似ていた。姿形だけでなく性格もよく似ていた。

誰でも気さくに話しかけ、コロコロと良く笑う娘と

それを優しく見守る夫妻。


領民たちにとってそれは幸福と希望の象徴だった。




フルオロ伯爵の公正、厳格な法支配。辺境伯夫妻の誠実で温かみのある政策


両輪が健在である限りマンチェスの、シャーフラントの未来は明るい。


そう思っていたのに。




辺境伯夫妻が国王と先代ハイドラル辺境伯に呼ばれて


王都に行く事をフルオロ伯爵は反対していた。


仮病でも使って断ってしまえ。娘の為にも残れと。




ブロミアンは「暴挙を止めたい」とだけ言い。


ロキシーは夫と共にありたいとだけ言った。


それを聞いたフルオロ伯爵は天を仰いだ。


同行すると言ってきかなかったマリーは両親の手を握っていた。


作法として流してはいけない涙が滝のように流れていた。


出発を見送ろうと館の前に集まった人々はその光景をただ見つめていた。




クーデターを起こしたマクシミリアン王子(新王)は


ブロミアンを貴族学院での成績も中の上程度だった


平凡な奴と侮り、財力だけで地方貴族派のリーダーになっていると


思いこんでいた。


実際には強固な支持者が多数おり、その数は難敵と思っていた


フルオロ伯爵よりはるかに多かった。


今は新王となったマクシミリアン最大の計算違いだろう。

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