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130.外伝 ノールド男爵の降伏

「消せ―、消せー」


館の主人、ノールド男爵が必死に叫ぶが、井戸から水をくみ上げ


バケツリレー方式で水をかける方法の消火能力は低かった。


「火の勢いが強すぎます、この倉庫は諦めましょう」


「食料は?どの位運び出せた?」


「気が付いた時には倉庫入口が激しく燃えていて…」


「連日の放火か。今日は何人いなくなった?」


「もう一度点呼をとってみますが、5,6人は逃げたようです。


 親兄弟や親戚、友人と戦いたくはないでしょうし、夜陰に紛れて


 誘われるようです」


「身内とあの連中だけでやらねばならぬか。」


ノールド男爵は面倒ばかり増やす赤い服の集団を見て


溜息をついた。




*******************




シャーフラント北部、ノールド男爵領は山と川が街道に迫る隘路、


ここを止めれば街道を封鎖できる地形だった。


その利点を高く売ろうとしたのだが、早まったか。


ノールド男爵は王権派の誘いに乗った事を後悔していた。




昨年妙な山賊が拠点を作りこの辺りの交通をしばらく遮断していた。


地元の領主とマンチェスからの援軍で追い散らしたが、


今同じ場所に地方貴族派の軍が集まり、この館を包囲している。




去年の山賊は、警告と演習だったんだ。


お前達の計画は知ってるぞ、いつでも逆包囲出来るぞという警告。


拠点に一定数の兵を送り込む演習。


フルオロ伯爵がやりそうな事ではないか。


という事は、この先の目はない。


気が付かなかったのか?気が付きたくなかったのかもしれない。


一生何もなく生きてしまった。その悔いにも気が付きたくなかったし、


跡を継がせる娘に婿が来ない理由にも気が付きたくなかった。




この地で男爵位なんて継いでも義務ばかり多く、実入りは少ない。


王都で人に使われている方が楽な生活ができる。


誰が進んで入り婿になりたいなどと思うだろう。


二十年以上探し続け、長女はついに結婚を諦めてしまった。


領地はバルツに嫁に行った次女の子供に継がせて欲しいと言い出したのだ。


親として、領主として、情けない事この上なかった。





領地は地形的制約から農業開発が難しい。


平らで人が住んでいるのは峡谷沿いのわずかな土地だけ。


その土地は痩せていて、領民たちは人糞まで投入して農地を維持している。


豊かな王都周辺から”人糞喰い”などと陰口を叩かれている所以だ。


峡谷を登った山の上の地形は険しく魔物がうじゃうじゃ居て


とてもじゃないが開発できそうにない。


どうしようもないではないか。




既に老人の域に入っているノールド男爵は娘婿のバルツ男爵に誘われた時の


事を思い出す。


金銀財宝を約束されたら乗らなかっただろう。現実感がなさすぎる。


バルツ男爵領を譲るという、妙に生々しく現実感のある提案をされたのだ


その上、ここに籠っているだけで良い、戦う必要はないという条件。


バルツだって貧しいが、それだけに具体的なイメージが湧いた。


かなり収入が増える。結納金を多めに積めばそれなりの婿を取れるかもしれない。


その望みがノールド男爵を決起させてしまったとしたら、


これもエルフの呪い、女の子ばかり産まれる事の影響なのかもしれない。




**************************


ジェニからノールド男爵の援軍に送り込まれた集団も数が減っていた。


逃げた訳ではなく、封鎖される前に動き回った事が原因だった。


結果黒い森とジェニに続く北方街道で結構な数を失い、


強引な徴発が住人の反発を招いて数名を失っていた。




「様子はどうだ?まだ固まったままか」


「変化はないな。完全に麻痺しているようだ。


 こんなに長く何も食べずに生きていられるとは驚いた」


「麻痺しているだけで聞こえているかもしれないから


 そんな事を言うな。仲間だろう」


北方街道の森の中を捜索中に倒れていた男は


目玉が多少動くのと口の中に水やミルクを入れてやれば飲むという


状況が続いていた。


ノールドの人々によればトーテムフートに噛まれた可能性が高く


助かる見込みは低いという。


そうは言ってもすっかり数が減ってしまった貴重な仲間を見捨てる


訳にはいかない。


「何日目だっけ。何も食ってないのに腹の部分が膨れだしたの」


「飢えると腹の部分が変な感じに膨れるというしな。ミルクじゃダメなのかな」


「固形物は呑み込めないようだしな。まただ。」


「どうした?」


「腹の部分がぴくぴく動くんだよ。」


「今まで動きなんて無かったぞ。回復してきているのか?


 本当だ腹の所が動いた。動いたけど…」


「何か変な感じだよな。どうなってるか見た方が良くないか」


「そうだな、状態を確認してこっちの人間に聞いてみよう」




彼らは毛布をめくり、麻痺している男の腹部を見た。


「何かが腹の皮の下を動いてないか」


「これ何だ?何て…」会話は唐突に終わった。


腹の中から長さ50cm位の大きなムカデが飛び出し


男を噛んだからだ。




その後、悲鳴を聞きつけやってきた人々が見たのは


体の中を食い荒らされた死体と 新しく麻痺して倒れている男、


壁の隙間を指さし腰が抜けている男。




どうやら、館の中に数匹の猛毒生物が入り込んだらしい。


必死に探し回るが発見できなかった。




万事休す。


東から進んで来るルーシー子爵の軍を見たノールド男爵は


降伏する事に決めた。

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