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117.外伝 お嬢様のお勉強

マンチェス辺境伯爵家の正当な後継者であるマリーは眠気に耐えながら


全く面白くもない個人授業を受けていた。


笑顔を浮かべて当たり障りのない挨拶を交わす。


たいした事がないと思うかもしれないが、朝から昼食まで


人が途切れる事はなく、動作一つまで見られている。


表情筋が痙攣しそうな状態で少し休憩したら、いきなりお勉強である。


本日の勉強は領地であるマンチェスの発展の歴史。


正直、子供の頃から何度も聞いた話だと思ったが、一部秘密の話が


加わるらしい。勿体つけず、最初から全部教えてくれたら良いのに。


彼女はそう思ったが表には出さず、個人授業に来た貴族に接していた。


教師を務める貴族にとっては初めて講義する内容であり、


辺境伯爵家と繋がりを持てる貴重な機会である。


マリーお嬢様としては知っている内容であっても講義後の感想として


”興味深い講義をしていただき、大変勉強になった”と言わなければならない。


本当に面倒、という気持ちを毛ほども見せない彼女は立派な貴族だった。




(以下テキストの内容)




ドゥンケルハイト王国はヌー河という大河によって発展した。


北部の山岳地帯に降った雨や雪を集め肥沃な平原を流れる、


王国の母なる河であり、王都と海岸沿いの港町マンチエスをつないでいる。




こう書くとマンチェスはヌー河の河口にあると思われるかもしれないが


実際は岬一つ外れた位置に港があり、そこからヌー河まで運河がある。


何故そんな事をしているのか?


河口付近のデルタ地帯は一面の湿地になっていて土砂の堆積が激しく、


迷路のような水路が頻繁に形を変えてしまう。


リザートマンの生息地でもあるこの地帯は航行が難しい。


海に出たとしても大河が流れ込む河口周辺は流れが複雑で、


浅瀬、暗礁もあり、危険を冒して河を直接遡るより静かな内湾、


マンチエス港に停泊して荷を積み替えるか、運河を行く方が


経済的だと誰もが判断するからだ。




この運河は常時浚渫、泥をかき出す作業を必要とする。


そのための人手は町に集まる。その人々は町に住みつく。


城壁内の土地が足らなくなると城壁の外の土地を更に囲い、


その城壁を作ったり、山を切り通すための人手が必要になり


住人が増えて、城壁を増設する。


これを繰り返した結果、マンチェスはハチの巣のように


城壁が連なる町になってしまいました。


よそ者はダンジョンと呼び、迷わない者はいないと言われるほどである。




「ここまでは、良く知られた事柄でご存じだと思います。


 城壁に囲まれた一つ一つが町として機能している事もご存じですよね。」


「職人や商人が固まって住んでいる地域の事ね。


 行った事はないけど、織工の町、鍛冶屋の町、染め物の町、いろいろな


 町があるのを知っているわ」


「職人は固まって住んだ方が便利ですからね。


 今日はその中の一つ、銅鋳物の町の秘密についてお教えします。」


「鋳物に何か秘密があるの?」


「鋳物に、ではありません。王国各地から送られてくる粗銅を加工して


 製品や地金を輸出している事は広く知られております。」


「よくわからないわ。何が秘密なのか教えて」


「送られてくる粗銅、特にジェニから送られてくる物には金銀が含まれています。


 これを秘密の方法で取り出しております。


 マンチェスは銅の値段で買っていますから、差額で儲けています」


「知られたら含まれている金銀の分高く買えと言われるから秘密なのね」


「ご明察の通りでございます。一部の貴族と職人しか知らない秘密です。


 お嬢様におかれましても決して口外しないようお願いします」




確か鉛と骨粉を使うのよね。フルオロおじ様の部屋で子供の頃に聞いたわ。


他にもいっぱい秘密があるけど、知らないフリしてた方が良いわよね。


「大変興味深い講義をしていただき、ありがとうございました。


 大変勉強になりましたわ。内容を口外できないのが残念ですけど」


「それは仕方ありません。辺境伯家の利益を守るためですから」


「晩餐会で見た大きな金のお鍋もその金で作ったのかしら?」


あのお鍋の事は私も知らなかった。フルオロおじ様はどこに隠していたのだろう。


「さあ、それについては私も存じ上げません。


 見物人が押し寄せて町中大騒ぎですが」


町中?晩餐会に来ていたのは有力者とか外国人が多く、ほんの一日二日で


町中に噂が広まるだろうか。


「見物人?我が家に来るという事ですか?」


「ご存じありませんでしたか。明日計量のため金融街まで馬車で運ぶそうです。


 それを見ようという見物人が各地から集まって来ています。


 4人がかりでやっと運べた鍋の重さがどの位か、皆賭けていて


 町中その話で持ち切りですよ」




…これはフルオロおじ様がやったな。


血なまぐさい事件の噂を消して、大騒ぎで町を盛り上げる気だ。


という事は王都側が動くとしても、少し時間はあるわね。




雑談を上手く打ち切り完璧エレガントな所作で今日の教師を見送ると


彼女は誰にも気づかれないように溜息をついた。


次は王孫殿下、ティアス王子とお茶会の予定だったが、断られていた。


状況的に断られる事はあり得ない、と思っていた彼女のスタッフ達は


慌てて別の相手を探そうとしたが、止めさせた。




少し位は自由時間が欲しい。


たまには一人でお茶の時間を持っても良いじゃない。


快活で少しお転婆な令嬢を演じ、周囲を納得させた。




その時に、庭で多少の騒ぎが起きている事を知った。


普段行かない、馬場の方の庭でエルフ達が戦闘訓練をしているらしい。




面白そう。


そう思った彼女はお茶会の道具をそちらに運ぶように頼んだ。


一つは純粋な興味から。


もう一つは味方してくれるかもしれない人物の取り込みのため。


貴族は舐められたら終わり。両親の仇を決して許してはならない。




味方になってくれそうな者、仇を討ってくれそうな者なら、


悪魔でも構わない。味方につけてやる。


優しかった母を思うと浮かぶ涙も仇をとるまで絶対に流さない。


彼女は13歳、立派な貴族だった。

中二病を発症しているお嬢様です。金の取り出し方に間違いがあったり、微妙にズレていますが芯はしっかりしているようです。

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