109.外伝 初老の男
フルオロ伯爵の前には特徴のない、初老の男がいた。
マンチェスの警備部隊の一部隊の隊長らしかったが
全く目立たない男で、顔を明確に思い出せる者は同僚ですら稀だった。
「ではジェニからの侵入者は動けないとみてよいな。」
「食料は半分以上放棄させました。食料なしの百名足らずで援軍に来られて
ノールド男爵も扱いに困っているでしょう。」
街道で待ち伏せ食料を積んだ馬車を襲い、
要所には餌を撒いて魔物を集めておいたのは彼の部下らしい。
「昨年やった、警告がてらの封鎖や動員の実験も役にたちました。
予定通り封鎖出来ましたし、金の為に危険な誘いに乗る者は
おりません。」
「家出娘が何人か来ただけと言っていたな。」
「念の為マンチェスにつくまでどんな話をしているか確認させましたが
ただの田舎娘でした。あれは予想外でした」
「放っておくと騙されて売り飛ばされそうだから連れて来たと言っていたな。
親切な事だ。」
「私は無能なお人よしとして知られておりますので。
それに事件が起きると面倒ですから。何も起きないのが一番です」
「事件は面倒か。本当に頭の痛い事だ。何を笑っている?」
「伯爵を困らせるとは随分な大物だと。」
「考えのない、ただの子供だよ。なまじ力があるから厄介だ。
無力な子供なら安全だったのに自分から巻き込まれに行った」
「仕方ありません。国を二分する争いになりそうです。
皆巻き込まれます。力ある者に中立は許されません」
「全くだな。」
伯爵は何やら書類に記入し、男に渡した。
「部下たちに十分報いてやれ。この時期にジェニ回りは苦労しただろう」
「混乱を利用できたので案外楽だったと言っておりましたがね。」
書類の内容、金額を確認した男は素早くポケットに入れた。
「ジェニ子爵も良くわからん奴だ。そんなに中央貴族になりたいか?」
「その質問は私に対してでしょうか。私には全く理解できませんが。」
「妙な皮肉を言うな。偉くなんかなりたくない、母親と暮らせれば満足と
言った子供を思い出す」
「その子供に同意いたしますね。多くを望みません。平穏が一番です」
伯爵は一瞬だけ呆れたようにその男を見て、下がるように手を振った。
音も無く消えた初老の男、あいつ初老なのか?
名前も顔もよくある男の年齢は伯爵も知らなかった。
伯爵は初老の男の報告書を手に、大きな黒板のある部屋へ向かおうと立ち上がったが
疲労を覚えてテーブルの上に座り込んだ。
仕事が多すぎてまともに眠っていない。今晩は少し眠らないといけないだろう。
ジェニ子爵か、あいつ何歳になったんだ。
貴族学院在学中に「中央貴族になって侯爵、公爵になる」と言っていた。
ドゥンケルハイト王国の地方貴族は伯爵以上にはなれない決まりがあるのに
何を考えている。
鉱山経営を頑張りすぎて山も畑も枯れてしまった領地だったが、舞台興行で稼ぎ
賞賛を浴びるだけでは満足できなかったのか。
そういえばマンチェス一族も辺境伯以上になろうとして婚姻政策をすすめていたな。
第4王子マクシミリアンの婚約者に決まった時には喜んでいたが、婚約破棄で
田舎の男爵に無理やり押し付ける羽目になっていた。
俺は止めたぞ。
名誉など、何の役に立つのか、理解できないのは俺が半分エルフのせいなのか。
溜息をつき、テーブルに手をついて立ち上がった伯爵は今度こそ部屋を出て行った。




