103.外伝 ドワーフ商人会
イル王国の商人、エンリケはマンチェスにやって来ていた。
大事な会合には少し遅れてしまったが、未知の金属について報告したおかげか
特に叱責される事はなかった。
同時に光る魔石も持って来て珍しがられたが、魔力持ちが極端に少ないドワーフは
あまり魔石を使わない。
その代り、物作りに長けた彼らは燈心を円筒状に作り、ガラスの外筒の
形状を工夫して灯台の明かりに使える程のオイルランプを作っていた。
魔石と違い頻繁なメンテナンスを要求するのが難点ではあったが。
そのオイルランプが幾つも灯された部屋は窓が極端に少なく、外から覗かれたり
盗み聞きされる事を防ぐ構造になっていた。
獣人は高い所に登ったり狭い隙間に入り込むのが得意だし、
エルフはもっとタチが悪い。警戒し過ぎという事はないだろう。
「シャーフ川沿いの貴族、商人はフルオロ伯爵側と見た方が良いという事だな」
エンリケの報告を聞いたイル王国の商人会長が立派な髭を撫でながら言った。
「ワシが見てきた範囲で間違いありません。
伯爵本人が有力者を固めてしまいました」
「そして黒い森のエルフ達に動きはないと」
「接触したエルフどもはクーデターの情報を知らず、興味もないようでした」
「モイモイのバッチャとフルオロ伯爵はクロームで出会って同行しただけで
同盟とかそういう感じはなかったんだな?」
「はい。船に余裕があるから乗せてやる、そんな感じでした」
「最後に、金鉱の話はなかったんだな。」
「ありません。いかにもなガセネタ程度は聞きましたが」
…商人会長はじめ幹部級のドワーフ達は黙り込んでしまった。
「遅れてしまって申し訳ない。今どんな情勢になっているか教えて下さい」
エンリケはたまらず声を上げた。
ジロリと睨みつけた商人会長はその髭を撫でるのをやめた。
「よかろう。教えてやる、皆が考えをまとめるのにも役立つだろう
王都のマクシミリアンはしくじりおった。
ワシらが散々手助けしてやったにも関わらず、じゃ」
「どういう事で?」
「王族、王都に集まった貴族どもの身柄を押さえるのに失敗しよった
最悪じゃ。自分の親兄弟を殺した事になる。」
「聞いていた計画と違う、どうなるんでしょう」
「それが判ったら皆こんなに考え込んでおらんわ。」
彼らイル王国の商人達はマンチェスの商権が欲しかった。
ドゥンケルハイト王国の産物、麦、小麦、毛織物とイル王国の
工業製品の交易は現状全てマンチェス経由で行われている。
地理上そうなってしまうのだが、イル王国側は独占によって
同じドワーフの国で貿易形態が似ているカル王国を排除したい
もっと甘い汁が吸いたい。
もう一つ理由がある。
「今、リヒト帝国とリュシアン王国のエルフどもがマンチェスに入って
悪だくみしている。放置すると奴らエルフがドゥンケルハイト王国まで
牛耳りかねん。」
「リヒト帝国の皇女とドゥンケルハイト王国の王孫の婚姻の話は
どうなったんですか?」
「中止に決まっとるだろう。わざわざ申し込みにやって来たリヒトの宰相と
仲介したリュシアンの大使の間抜け面は見ものだったぞ」
「でも王孫殿下はマンチェスに逃れて来てるんでしょ?ここへ来るまでに
町の噂で聞きましたよ。」
「昨日この目で見た。本物のようだが、ただの子供だ。
リヒトの大貴族の血とは言っても帝国を動かす力はない
皇女と正式に婚姻を交わした訳ではない」
拙速というより杜撰クーデターが起きた理由の一つは
この婚姻話が最近まで洩れなかったせいだろう。
手遅れになる前に、で準備が整う前に行動している。
「で、商人会としてはどうするのですか。」
「勝つ方に付く、それだけは決めておる。問題は…」
「どちらが勝つか、じゃな。」
「その上でエルフの勢力を弱めたい、リヒト、リュシアン、マンチェス
三つともエルフが抑えておるのは看過できん」
商人会の重鎮たちが次々と発言していく。
「実際、どちらが勝つじゃろう?王都側には豊富な農業・工業資源がある
マンチェスには貿易と産業がある」
「人口と資金力で王都だろう。減ったとはいえ膨大な金銀があるはずだ」
「金といえばマンチェスの晩餐会に巨大な金の鍋があった。
あんな物を隠し持っていられる程余裕があるという事だ」
「マンチェスが抑えているシャーフラントのエルフ達は膨大な金を持っていた。
昨日の晩餐会中に金鉱石を見せられた者がいる。
ひょっとすると金山を見つけたのかもしれない」
「そうすると資金も問題なし、難攻不落のマンチェスか」
ドワーフ達の意見は割れた。
「仕方ない。当面は様子見と行こう。両方に武器や鉄を売る」
「その方が良いですな。長引かせて儲けましょう」
「異議なし、しばらくはそれで」
「ワシも異議なし」「同じく」
商会の意思統一はなされたように思えたが商人会長は浮かぬ顔だった。
「それは何も決まらぬと同じ事だろう、困ったものだ」
「会長はどのようにお考えで?」
「良い考えが思い浮かばん。悔しいがお前らと同じじゃ。
だが要因を一つ減らしたい。」
「どの要因ですか?」
「黒い森のエルフ、中でもモイモイじゃ。地縁とこれまでの関係から見て
放っておけばマンチェス、というかフルオロに付く。
味方にはできんだろうが、動けないようにしておきたい」
「そんな事できるんですか?というか先に攻めたら良いんじゃないですか
噂のバッチャをこの目で見ましたが、ごく普通のエルフでしたよ。
あれなら打ち取れるでしょう。」
「お前は80年前の戦に出ておらんかったな。
あれは悪魔じゃぞ、ワシは見たんじゃ。あの悪魔が手を振った瞬間
地面が大音響とともに崩れ、坑道からは炎が噴き出し何日も止まらなかった。
数千が一時に失われたんじゃぞ。」
「青い森を奪い取った坑道作戦が通用しなかったんでしたっけ」
「あの悪魔め、対抗する魔法を開発しよった。
悪逆非道としか表現できん邪悪な魔法じゃった」
「そんな悪魔に対抗できるんですか?」
「実は刑場付近のスラムで商売しておる者がおっての…」
人、物、情報、全てが集まる町マンチエスには諸勢力の
陰謀、思惑が渦巻いていた。




