クソゲー行進曲
駅近くの大型家電量販店内にあるゲームソフト販売コーナー。ここでゲームソフトのワゴンセールが行われている。
そのままでは売れない商品を大幅に安くして、売りさばく事を目的とするワゴンセール。
金網付きのワゴンには、数々のゲームソフトが積み上げられている。
売り上げが芳しくないという理由で積み上げられたものもあれば、売り上げは決して悪くないが、人気を過大評価し、生産しすぎてしまったものもある。
そんなゲームがひしめく中、D社が開発・販売した『49アドベンチャーズ』があった。しかも、沢山。
九割引きで売られており、値段は千円もしない。
ワゴンの近くには、タキシードを着たおにぎり頭のキャラクター――もちろん着ぐるみ――がおり、熱心に呼び込みを行っている。
「期間限定のワゴンセール! なんと! 最大で九割引き! ネットで話題の『49アドベンチャーズ』もあるよ! 動画配信者は買わなきゃ損!」
インターネットを通じ、稀代のクソゲーとして有名になっていた『49アドベンチャーズ』の売り上げだが、ゼロではなかった。
物好きなユーザー達が、買っていったのだ。
D社社長室。
契約社員の堀後が、社長と向き合いながら話している。
「契約についてですが、更新は致しません」
堀後が社長にきっぱりと言った。
堀後の契約は来月末で満了となる。
今までは契約を更新してきたが、今回は更新せず、来月で会社を去ることにした。
「なぜだ? 今まで何も言わずに更新してきたではないか」
社長が驚いたような顔をしながら言った。
「理由を言わなければなりませんか?」
「聞かせてくれ」
「他社で働く事になったからです」
「他社って君……他は、うちよりももっと厳しいぞ。会社に行ったら最後。三百六十五日二十四時間、ずっと働かされる事になるし、おまけにパワハラも横行している。それこそ、クビになるか、あるいは定年退職するかしないと生きて帰って来れない」
「それでも、ここよりはマシです。有名な所で、製品の質も高いです。将来性もあります」
「……わかった」
社長が意気消沈したような口調で言った。
「今まで、お世話になりました」
そう言うと、堀後は社長室から出て行った。
社長はデスクの上で頭を抱えている。
「もう、おしまいだ」
社長は、ため息をつきながら言った。
――格樹と話し合った時に、リスクは承知していたはずなのに、やっぱり辛い。
息子である格樹が出したアイデア。
成功すれば、この会社は一気に成長するかもしれない。
だが、それを実現するには、本来やってはいけない事にも手を出さなければならない。
社長は、以前の堅実なやり方に物足りなさを感じていた上、大企業や有名企業ばかりが得をする世の中に不満を持っていた。
――会社を一気に成長させたい。
だから、社長はリスクを承知で、格樹のアイデアに乗った。
結果は見事に失敗。
『49アドベンチャーズ』は売れず、ユーザーからは酷評を通り越して、笑いものにすらなっている。
そして、諸々の違法行為が発覚。結局、社員達に残業代を全て支払う事になった。
残業代を払ったからといって、過ちの清算が終わったわけではない。
業務改善命令が出ているし、それに、裁判が控えている。
当たり前の事だが、須分考太の自殺について、両親が訴えたのだ。
「堀後君、おめでとう」
オフィスに戻った堀後に、引戸が声を掛けた。
「ありがとうございます。それと、まだ早いかもしれませんけど、今までお世話になりました」
堀後は頭を下げて引戸に礼を言った。
「おめでとうございます、堀後さん。ご健勝とご多幸をお祈りしております」
紺倉が堀後に祝いの言葉を送った。
「ありがとうございます。紺倉さん」
堀後は紺倉に礼を言った。
「しかし、羨ましいな。どこかは知らないけど、有名な所なんだろ?」
堀後を祝福する引戸達だが、彼らは堀後の次の勤務先を知らない。
堀後は、この会社の誰にも次の勤務先を教えていない。
なぜなら、社長に知られたくないからだ。
この前まで違法行為に手を染めていた社長。
何をするかわからないような人間を、堀後は警戒しているのだ。
「ええ。もし次の勤務先を知りたければ、引戸さんと紺倉さんにだけ、メールでこっそり教えますよ」
堀後は、にこやかな顔で返事した。
再来月から新しい職場に行く事になる堀後。
三十番目のシナリオに登場する茶色いものを、手を抜かず、リアルに描いたのは彼である。
炎代譲治の邸宅。
一階にある部屋で、祐奈が椅子に座りながらグランドピアノを演奏している。
穏やかかつ華麗なメロディーが流れてくるが、そのメロディーには聴く人を不安にさせるような何かが含まれている。
彼女は突然、両手の指を全部使って鍵盤を思いっきり押さえた。
不協和音が部屋中に響いた。
「何なの? あの糞会社!」
彼女は、ぼやいた。
できるだけD社の事は考えないようにしていたのだが、最近のニュースで、D社の更なる不祥事――残業代不支払い、パワハラ、社員の自殺――を知った。
それがきっかけで、D社に対する怒りが再燃したのだ。
適当なアルバイトの方がマシかもしれない報酬、スタッフロールに名前を載せてもらえなかった事とその理由、重坂から聞いた違法行為……
これらにニュースで知った不祥事が加わり、彼女の怒りは更に増幅する。
「そうだ! この怒りを曲にしよう!」
彼女は部屋を出て、二階の自室に向かった。
ノートパソコン、シンセサイザー、スピーカーの電源を入れる。
パソコンが起動したらDAWソフトを起動する。
DAWソフト起動後、リアルタイム入力できるようにセッティングした祐奈は、両手を駆使して一心不乱にシンセサイザーを弾き始めた。
――労力の割にチンケな報酬!
――表に出ない名前!
――しかし、名前が出るとかえって不名誉になる恐れ!
――ネームバリュー重視のいけ好かないディレクター!
――搾取されまくりのヘンテコな雇用形態!
――支払われない残業!
――下の人間に対する横暴!
――そして自殺!
彼女は怒りの全てを演奏に注ぎ込む。
猛攻を仕掛けるような早いテンポ。
ディストーションがかかった激しい音色。
シンプルだからこそ迫力が伝わるリズム。
曲は基本的に短調。不安と恐怖を駆り立てるため、ディミニッシュコードも混ぜる。
力強く激しく歌い、時折シャウトする。
――こうしてできあがったものは濃厚な糞!
ついに曲ができあがった。
タイトルは『クソゲー行進曲』。
ロックだけど行進曲。
クソゲー制作に邁進する様子を行進に例えた。
祐奈は動画作成のためにイラストを描いた。
暗く禍々しく、狂気も感じられるのに、どこか滑稽なイラスト。
イラストに描かれている人物達は、D社の社員と常駐していたスタッフをモデルにしている。
特に椎尾格樹は憎々しく描いた。
祐奈が投稿した『クソゲー行進曲』の動画は、見事にバズった。




