Go To Heaven
須分が自殺した日は、格樹が鞭岡に殴られ、地園からヘッドロックを喰らった日でもあり、労基署からの抜き打ち調査があった日でもある。
「今日は全然ついていない」
格樹は駅近くの歓楽街をとぼとぼと歩いている。
意気消沈している格樹とは裏腹に、各店舗の電飾は、けばけばしく輝いている。
須分は死に、鞭岡は強制帰宅。企画開発部システム開発担当の正社員が全員――二人だけだが――いなくなってしまった。
現在、企画開発部でシステム開発を担当しているスタッフは、N社からの常駐二人のみ。
ただでさえ少人数なのに、戦力大幅減である。
まともに仕事ができるような状況ではないので、格樹達は早めに切り上げたのだ。
しばらく歩いた後、格樹は立ち止まった。そして、そばにある一軒の店舗を見上げる。
店舗はシックな木造建築。他の店舗程、電飾はけばけばしくない。店名が横文字で書かれている。
「ここだ」
彼は店舗の扉を開け、中に入っていった。
「いらっしゃい」
格樹が中に入ると、バーテンダーがシェイカーを両手で持ちながら挨拶した。
バーテンダーは口の周りに髭を生やした中肉中背の中年男性。
店舗の内装は、濃い茶色が多め。木製のものが多いのだろう。ろうそくの炎のような暖かい光が、店内を照らしている。外から受ける印象通りの店内だ。
店内は、すいている。格樹は適当なカウンター席に着いた。
格樹は、そばに置いてあるメニューを手に取り、酒類を物色する。
格樹は一人でここに来た。
辛い事があったので、酒を飲んで気を紛らわせたい。大人数でがやがやしながら飲むよりも、一人で好きなものを飲みたい。
そんな気分になったのだ。
「すいませーん」
格樹がバーテンダーに声を掛けた。
「決まりましたか?」
「ホワイト・ルシアンを一つ」
格樹は人差し指を立てながら注文した。
「かしこまりました」
バーテンダーはグラスにサイコロのような氷を数個入れ、手際よくコーヒーリキュール、ウォッカを注ぎ、生クリームをフロートさせた。
白と茶色みがかった黒が上下に分かれて入っているグラスが、格樹に差し出される。
格樹は、それを手に取り、飲み干した。
格樹の顔が少し赤くなる。
格樹は同様にしてマイタイ、マティーニを注文する。
マティーニを飲み干したところで、格樹はカウンターの上にうつ伏せになって、独り言を言い始める。
「あいつらが、もっと頑張ってくれれば、こんな事にならなかったのに。ゲームがヒットすれば、金が手に入り、開発費も人件費もバッチリ。試練さえ乗り越えれば、後は楽になる、はずなのに……。残業代だって、払ってあげるのに。あいつら、失敗しやがって。須分! いくらなんでも、自殺する事ないだろ! 鞭岡! 須分の自殺はキミのせいだからな! ボクは悪くない! ボクは……」
格樹の顔は赤く、目は焦点が合っていない。
バーテンダーは不安そうな顔をして、格樹の方を見ている。「大丈夫か? こいつ」と言いたげである。
格樹が顔を上げ、人差し指を突き立てる。
「ゴー・トゥー・ヘヴン、お願いします」
格樹がバーテンダーに声を掛け、注文すると、バーデンダーは、ぎょっとしたような顔になった。
「すみません、お客さん……これ、アルコール度数が八十五度もありますよ。おやめになった方がよろしいかと……」
「お願いします! 飲んで嫌な事忘れたいんです! これで死ねたら本望です!」
「でも……」
「お願いします! 頼みます!」
「……わかりました」
バーテンダーは高濃度スピリタスとラッテ・ディ・スゥォチェラをシェイクする。
ラッテ・ディ・スゥォチェラはイタリア製のハーブ系リキュールで、意味は「継母のオッパイ」である。
リキュールの中でもアルコール度数が非常に高く、七十度以上ある。
なお、スピリタスの方は更にアルコール度数が高く、九十六度である。
バーテンダーはシェイクを終えると、透き通った淡い金色の液体をグラスに注いだ。
「おまたせしました」
バーテンダーは格樹にグラスを差し出す。
格樹は、それを受け取り、中に入っている液体を飲み干した。
すると、格樹は突然、うつ伏せになった。
バーテンダーは、びくっとした。
まさかと思いながら格樹に顔を近づける。
寝息が聞こえる。
バーテンダーは安堵の息を漏らした。
「ここは……?」
格樹は周囲を見回した。木でできた壁や床がある。
トントントントン、トントントン!
金槌で釘を打つような音が、聞こえてくる。
音が聞こえてくる方に振り向くと、そこには赤、青、緑、黄色の服を着た若い女性が群がっている。
女性達の頭の上には、社長の顔が見える。
――父さん、また女の子と戯れているのかな?
しかし、様子がおかしい。
社長の顔を見ると、目を閉じて俯きながら口を開いている。
音が止まると、女性達が社長から離れた。
「うっ! うわあああああーっ!!!」
社長の姿を見た格樹は、叫び声を上げた。
社長は全裸になっていて、両腕を垂らしながら、壁に張り付いている。
胸の辺りには銀色の巨大な釘が四つ。頭部分を線で結ぶと正方形になる。
釘が刺さっている所からは、血が流れ、胸から下半身にかけて、赤い川を作っている。
「ぎゃはははは!」
「エロ社長、ざまぁ!」
彼女らは手に大きな金槌を持ちながら、狂ったように笑っている。
彼女らの顔を見ると、駅近くのキャバクラ嬢達――クミ、ミソラ、ナナコ、ヒマワリ――だった。
格樹は部屋の中を見回す。
「あった!」
視線の先には扉がある。
格樹は全力で扉に向かって走っていった。
格樹が扉を開けて外に出た途端、後頭部に強い衝撃を受けた。
「あたっ!」
格樹は転んで、ひざを地面にぶつけた。
地面に座りながら振り向くと、そこには一人の女子高生――炎代祐奈――が立っていた。
「炎代さんのお嬢さん!?」
格樹は驚きの声を上げた。
祐奈は六十一鍵のシンセサイザーを両腕に抱えている。これで格樹の後頭部を殴ったらしい。
「どうして……どうして、わたしをスタッフロールに出してくれなかったの?」
祐奈は平坦な口調で言った。しかし、その声には静かながらも怒りが込められているようだった。
「言っただろ。未成年の場合、アルバイト禁止とか、そういう学校があるから、出せないって」
「だったら、わたしの名前を出してくれてもいいじゃない! アルバイトとか禁止にしてるわけじゃないんだから!」
「売り上げを増やすため、重要なところに無名のスタッフ名を出したくないんだよ。映画を作る時、原作のままだと主演が無名の新人になる場合、改変してでも有名俳優をねじ込んで主演を追加する事があるだろ。それと似たようなものだよ。商売上、君のお父さんの名前を、より強調したかったんだよ! 知名度は重要だよ!」
「許さない!」
祐奈がシンセサイザーを抱えながら格樹に向かって走る。
格樹は慌てて起き上がり、全力で走って逃げる。
周囲を見回す。後ろにいる祐奈と一軒の掘っ建て小屋以外は何もない。
空は青く、雲一つ無い。
地面は白く、凹凸は一切無い。真っ平らである。
格樹と祐奈では、格樹の方が身体能力は上である。
しかも、格樹が手ぶらなのに対し、祐奈はシンセサイザーを抱えている。
格樹が走り続けると、祐奈との距離はどんどん開いていった。
祐奈を引き離す事に成功した。
一息つこうと立ち止まったその時――
頭のてっぺんに衝撃を受けた。
「っ!!」
思わず尻餅をついた格樹が振り向くと、そこには一人の男が吊り下げられていた。
「う、うわあああああーっ!!!」
男の姿を見た格樹は、叫んだ。
白目を剥いた男の肌は紫色。開いた口からは舌が垂れ下がっている。
首に巻きついた洗濯ロープは、遥か上空まで伸びていて、先を見る事ができない。
下半身は汚れており、糞尿が入り混じったような悪臭が漂ってくる。
「くさっ!」
格樹は思わず鼻をつまむ。
「なんで、こんな所に須分君の死体が……」
格樹は鼻をつまんだまま立ち上がった。
死体をまじまじと見ていると――
格樹のそばで、白い光が線を描いた。
「痛っ!」
頬の辺りに痛みを感じたので、手を当てる。
当てた手の平を見ると、血がべっとりと付着している。
「!!」
横の方を見ると、そこには事務服姿の下総が、カッターナイフを片手に持ちながら立っていた。
カッターナイフの刃には、血が付いている。
「下総さん、なぜ……」
「あなたのせいで、須分くんは死んだのよ!」
下総は格樹を睨み付け、怒りを込めながら言った。
「ボクのせいって……あれは、鞭岡のせいだぞ! 鞭岡が毎日、須分君を怒鳴っていたから、自殺したんだ!」
「それもあるわね」
「そうだろ」
「だけど、無謀な計画を立て、過重労働の原因を作り、鞭岡を駆り立てたのは、あなたでしょ!」
下総が言ったその時、格樹は頬の辺りに鈍い衝撃を受けた。
「いてっ!」
衝撃を受けた方を向くと、そこには鞭岡が立っていた。
「てめえが無謀な計画を立てたせいで、須分は自殺したんだ!」
鞭岡が格樹に向けて大きな声で言った。
「下総さん、須分君を自殺に追い込んだ鞭岡が現れたぞ。どうする?」
格樹が下総に向けて言った。
「そうね……まずは鞭岡からね」
「そうだろ」
「次は、あなたよ」
下総が格樹に向けて言った後、下総はカッターナイフを振りかざしながら鞭岡に襲い掛かった。
その隙に格樹は逃げ出す。
格樹が走っていると、首の辺りに強烈な衝撃を受けた。
「がっ!!」
格樹は仰向けに倒れた。
「!!」
倒れた時に後頭部を地面にぶつけた。後頭部に鈍い痛みが走る。
上の方を見ると、丸太のように太い腕がある。
視線を横に動かすと、そこにはスーツ姿の巨漢――地園――がいた。
地園は腕を水平に突き出しながら、ダッシュするようなポーズを取っている。
――あの男は確か、営業部の……
「なぜ、こんな事を……」
格樹は、うめくようにして言った。
「菊軽部長に頼まれました」
「部長が……!?」
格樹が頭を動かし、横の方を見ると、少し離れた所に菊軽の姿が見える。
菊軽は、お盆を二つ持ちながら裸踊りをしている。
「すわけくんはじさる~♪ かくきさんとむひおかくんはけんか~♪ ろうきしょのぬきうりひょうさ~♪」
菊軽の口から悲しそうな歌声が聞こえてきた。
格樹が仰向けになって倒れていると、右腕、左腕、両足を何者かに押さえつけられた。
「いつの間に!?」
四肢を押さえつけている者達の顔を見る。
右腕は重坂、左腕は川鳩、両足は黒伏だ。
重坂の口が開いた。
「偽装請負、多重派遣、過重労働、残業代不支払い、パワハラ……。椎尾格樹、お前が立ち上げたプロジェクトのせいで、ディスクリミネーションソフトは他社を巻き込みながら数々の違法行為に走り、多くの人を傷つけ、挙句の果てに死者まで出した。よって、お前を処刑する」
格樹に向かって言い放ったその口調は、冷たくて重たかった。
「多重派遣? それはエヌデストウルが派遣や下請けをよこしたからだろ!」
格樹が重坂に向かって吠えた。
「日本の企業は、安易に正社員を解雇できない。だから、派遣や下請けに頼る。それくらいは視野に入れるべきだ。だが、常駐が全てエヌデストウルの正社員だったとしても、お前達が違法行為をしていた事に変わりはない」
「……違法行為は認めるよ。だが、それくらいしないと、大手に対抗する事は、できない。それに、ボクは大作を作ってみたかった。できるだけ短い期間で開発して、注目を集めたかった」
「だからといって、違法行為をしていいというわけではない。多くの企業がそのような事をしたら、競争が激化し、限界を超えて酷使された社員達は疲弊する。おまけに、労働に見合った給料が、与えられない。疲れ果てた上、まともな生活を送る時間も金も無い社員達の人生は、狂いかねない。行きつく先は企業の、ひいては国家の滅亡だ」
「くっ……」
格樹は唇を噛みしめた。
「筒抜先生ー!」
川鳩が大きな声で言うと、格樹達のいる所に一人の老人――筒抜――が歩いて来た。
「待たせたな」
筒抜がそう言うと、川鳩は「いえいえ」と言った。
「な!!」
格樹は頭のそばに立つ筒抜の姿を見て驚いた。
全裸である。
「処刑をお願いします」
川鳩が言うと筒抜は「うむ」と言って頷き、そっぽを向いてしゃがんだ。
「まさか……」
格樹の口から声が漏れた。
筒抜は、いわゆる「うんこ座り」の姿勢をしており、格樹の顔から十センチ程上の所には、筒抜の尻がある。
「むんっ……!」
筒抜は力んだ。
「やっ! やめてくれえええええーっ!!!」
格樹が叫んだ。
筒抜の尻から茶色いものが出てくる。
ぼっ! とん!
ぶっ! ぶじゅっ! ぶじゅじゅじゅじゅ……っ! ぷりっ! ぷうっ!
「ぎゃあああああああーっ!!!」
格樹は、うつ伏せのまま絶叫した。
店内の客が一斉に格樹の方に振り向く。
「あの……お客さん」
バーテンダーが、おろおろしながら格樹に言った。
しかし、カウンターでうつ伏せになりながら眠り続ける格樹は、当分、目を覚ましそうにない。




