Web広告と街宣車と黒い高級車
十二月初頭。D社の近所にあるイチョウ並木は、黄色く染まっている。
新作のゲームソフトである『49アドベンチャーズ』の開発が完了したという理由で、企画開発部で働いていたスタッフの大半は、先月末に解約された。
重坂や黒伏達は、既に去った。
企画開発部オフィスにいる者は、正社員を除くと、契約社員とパートタイマー、常駐しているN社の社員数名くらいのものである。
ぎゅうぎゅう詰めだった先月までとは打って変わって、閑散としている。
現在、『49アドベンチャーズ』は協力会社の工場にて生産中。
クリスマスイブには店頭に並ぶ予定。
発売後もプロモーション活動しなければならないのだが、発売前、特に間近だと、より力を入れなければならない。
これは主に営業部の仕事である。
しかし、開発に予算をかけ過ぎたせいで、予算が回ってこない。
「この予算で、どうしろと……」
営業部の松地部長は、デスク上でため息をついた。
予算が少なすぎて、雑誌への広告掲載は厳しい。テレビCMなんて、もってのほかである。
部下である捨間や地園は、デスク上にあるパソコンを操作して、Webサイトを閲覧している。
二人が遊んでいるのか、それとも解決方法を模索しているのかは、わからない。
「捨間君、地園君、何かいいアイデアは無いかね?」
「部長」
「お、捨間君、何かあるのか?」
松地は目を輝かせる。
「インターネット広告を活用してみては、いかがでしょうか」
「インターネット広告か……誰が作るのかね?」
「企画開発部の方々に頼んでみてはいかがでしょうか。開発が終わって、時間が空いているかもしれませんし」
「そうだな、頼んでみよう」
早速、松地はメールを打ち、菊軽と格樹のメールアドレスを宛先に、その他企画開発部関係者と営業部社員のメールアドレスをCCに入れて、送信した。
しばらくすると、格樹からメールが返ってきた。
メールは『動画を作成しているところですので、少しだけ待っていただきたいと思います。バナーについては、CGチームに依頼する予定です』という内容だった。
松地は格樹宛てに感謝のメールを送信した。その表情は心なしか嬉しそうである。希望が見えてきたと思っているのかもしれない。
動画とバナーができた。
動画は格樹自らがゲームをプレイして作成したものである。
バナーはCGチームが、プレイ画面のスクリーンショットや烏峰のキャラクターデザイン画、イメージイラストをもとにして作成した。
どちらも、シナリオ作成者やキャラクターデザイナー、作曲者の名前を前面に出し、本作の豪華さをアピールしている。
早速、捨間と地園は煽り文を作り、松地に承認してもらってから、インターネット上に広告を出稿した。
本来の動画再生前後に再生されるようにしたり、SNSのタイムラインに表示されるようにしたり、インターネット検索の結果次第で表示されるようにしたり、小遣い稼ぎをしたいサイト管理人に表示させてもらったりで、新作ゲームをアピールする。
炎代譲治の邸宅。
夕食を済ませた祐奈は、ベッドの上で寝そべりながら、スマホをいじくっている。
彼女は動画サイトにアクセスし、面白そうな動画を物色する。
「適当な動画でも見るか。あ、これ可愛いな。どれどれ……」
サムネイルが柴犬の動画を再生する。すると……
『シナリオ:飯蛸拓太郎、筒抜海作、焼畑陸智』
『キャラクターデザイン:烏峰明春』
『音楽:炎代譲治、音波狂研』
黒一色を背景に、見覚えのある名前が、白い文字で次々と表示された。
その後、格樹がプレイする『49アドベンチャーズ』の動画が再生される。
すぐ後に、『広告をスキップする』というメッセージが、表示されたのだが……
彼女の中から沸騰しそうなくらい熱く、どす黒いものが込み上げてくる。
会社の休憩所にて一息つく川鳩。
D社に二重派遣されていた頃の残業代についてT社に問い合わせるも、調査中だの何だの言われて、はぐらかされてしまい、不支払いの残業代は、未だに不支払いのまま。
裁判や労働審判の事も考えたが、何らかの形で会社から不当な扱いを受ける事を恐れた彼は、未だにその事を外部に訴えていない。
将来的には転職を考えているが、社会人としての経験がまだ浅いから、今の会社でもう少し経験を積んでおきたいと考えている。
訴えたいけど、訴えたら……というジレンマを抱える彼は、もしかしたら誰かが訴えているかもしれないと思いつつ、スマホで「ディスクリミネーションソフト」を検索する。
すると……
『49アドベンチャーズ 豪華スタッフによる大作アクションアドベンチャーゲーム』
ゲームのイメージイラストと共に広告が表示された。
キャバクラへの出勤準備を済ませたクミ。
SNSが好きな彼女は、アパートを出る前に、スマホでSNSアプリを開き、諸々の投稿を閲覧する。
すると……
『いろんな世界を冒険したいと思いませんか? エキサイティングな大作アクションアドベンチャーゲーム! 49アドベンチャーズ』
タイムライン上に、ゲームのイメージイラストとプレイ画面が付いた広告が表示された。
祐奈、川鳩、クミが発した共通のセリフ。それは――
「クソむかつく! マジで死ね!」
とあるブログ主。彼は小遣い稼ぎのために、何らかの広告をブログに載せている。
「『49アドベンチャーズ』か、ほほう……」
広告の概要を読んだ彼は、パソコンのキーボードを叩きながらブログに文章を書き始める。
『今年のクリスマスイブにディスクリミネーションソフトから凄いゲームが発売されます。その名も『49アドベンチャーズ』! 有名シナリオライターの飯蛸拓太郎、文豪の筒抜海作、ベストセラー作家の焼畑陸智、売れっ子漫画家の烏峰明春、大人気バンドであるジャイアントサラマンダーの炎代譲治、ゲーム音楽家の精鋭集まる音波狂研、これらのスタッフ全部入り! 多彩かつ盛り沢山のシナリオ! かっこいいキャラクター! 洗練された素晴らしい音楽! 今から楽しみで仕方ありません! きっと、十年に一度の神ゲーになること間違いなし!』
このような内容の文章を書いた者は、彼だけではない。
小遣いを稼ぎたい他のブロガーも、似たような事を書いた。
D社営業部がインターネット上に出稿した広告は、少しずつ、ネットユーザー達に知られていった。
彼らの中には、広告を見た感想を掲示板やSNSに書き込む者もいた。
『面白いの? これ。スタッフは豪華そうだけど』
『以前、ウォミ通で見た時からグラフィックが変わってねー』
『背景のグラフィックが雑』
『このゲーム、雑誌では特集記事どころか、広告すら載ってないね』
『開発期間が一年にも満たないのに大作?』
『地雷臭がする』
「地園君、君には何かいいアイデアは無いかね?」
松地は着席したまま地園に尋ねた。
「街宣車で宣伝してみては、いかがでしょうか」
「街宣車?」
松地は、いぶかしげな表情になる。
「はい。私が大学生の頃、キャンパス内に街宣車が走っていまして、そこから大きい声が聞こえてくるんですよ。それをヒントに思いつきました」
地園はニコニコしながら語った。学生時代を思い出して、楽しくなっているのかもしれない。
「……それ、君の大学だけじゃないか? それと、我々の場合は街宣車というより広告宣伝車だな。まあ、それはさておき、あまりできる事が無い今、やってみる価値はあるかもしれんな」
タイトルロゴと烏峰のキャラクターデザイン画をもとにして、松地、捨間、地園の三人で作成したステッカー。
社用車であるワンボックスカーの両サイドに、タイトルロゴとキャラクターデザイン画のステッカーを、前後にタイトルロゴのステッカーを貼る。『49アドベンチャーズ』のラッピングカーが、できあがった。
「地園君、車は俺が運転するから、君はこれを持って、製品をアピールしてくれ」
捨間は地園にアンプ内蔵メガホンを渡した。
「まかせといてください。捨間さん」
地園は自信満々な口調で言った。
捨間が運転し、助手席に地園、捨間の後ろに松地を乗せたラッピングカーは、D社を出発した。
ラッピングカーは町中を走る。
松地達の視界には、様々な商店が入ってくる。
「シナリオは飯蛸拓太郎、筒抜海作、焼畑陸智! キャラクターデザインは烏峰明春! 音楽は炎代譲治、音波狂研! ディスクリミネーションソフトが送る大作アクションアドベンチャーゲーム! 『49アドベンチャーズ』! 十二月二十四日発売! 乞うご期待!」
地園はメガホンを片手に空いた窓から外に向けて、大きな声で製品をアピールする。
――うるさい……
ただでさえ大きいのに、メガホンで更に大きくなる地園の声。あまりの大きさに、隣にいる捨間は顔をしかめる。松地は耳を塞ぐ。
十二月であるにもかかわらず、一つだけとはいえ窓を開けているのだから、車内は寒い。松地と捨間はコートを着込んでいるが、それでもまだ寒い。平気そうにしているのは、肉が分厚い地園くらいのものだ。
地園の大きい声が聞こえてくるラッピングカーを見た人々は、「何あれ?」とか「うるさいなあ」という声を口に出す。
斜め前方にある校門は、車を運転している捨間から見ると、スクロールしているかのように近づいてくる。
校門には、「井屋崎東高等学校」と書かれた学校銘板が、付いている。
校門の向こう側から歩いてきた何人かの女子高生が、校門に差し掛かった。その時――
「シナリオは飯蛸拓太郎、筒抜海作、焼畑陸智! キャラクターデザインは――」
女子高生達の耳に地園の声が入ってきた。
ラッピングカーは彼女らの目の前を通過する。
「何あれ?」
「変なの」
「何だか怪しい」
彼女らは口々にラッピングカーの事を評したが、一人だけ、後ろを向いてしゃがみ込み、耳を塞いでいる者がいる。
――うるさい! うっさい! うっせえわ!
面白半分にラッピングカーを見ていた女子高生の一人が振り返り、「祐奈?」と言った。
地園の大きな声と共に町中を走り続けるラッピングカー。
斜め前方から、高級感のある黒いセダンが、走って来る。
セダンは小ぶりなビルの近くに来ると、そこで停まった。
ビルは不動産屋らしいが、どこか胡乱な雰囲気が漂っている。
あの車の持ち主はヤバそうな奴なんじゃないかと思いつつも、捨間は運転を続け、そばを通り過ぎようとするが――
ほどなくして、どん! という音が捨間の耳に入ってきた。
捨間が車を停め、音のした方に振り向くと、そこにはサングラスを掛けた男がいる。
「ひっ!」
捨間は悲鳴を上げそうになる。
捨間は男から目をそらし、前の方を向くが、そこにもサングラスを掛けた男がいる。
捨間の顔が青ざめる。同様に松地も青ざめる。
いつのまにか、ラッピングカーはサングラスの男達に囲まれていた。
サングラスの男達は、いずれもスーツ姿だが、髪型がパンチパーマやリーゼントであり、堅気らしからぬ雰囲気が漂っている。
車の中にいても、「うっせえぞ! コラァ!」「出てきやがれ!」と男達が言っているのが聞こえてくる。
あちこちから、どん! どん! という音が聞こえてくる。
車を殴ったり蹴ったりしているようだ。
「部長、どうしましょうか……」
捨間が泣きそうな声で松地に相談する。
「ドアを開けてはダメだ。ここは警察に通報……」
「部長、ここは私にまかせてください」
地園は落ち着いた口調で松地に向かって言うと、ドアを開けた。
「いかん! 地園君!」
ラッピングカーのドアが開き、地園が出てくる。
「やる気か! コラァ! ……でけぇ」
サングラスの男は、決して背が低いわけではない。
だが、地園はサングラスの男が見上げる程、背が高かった。
背が高いだけではない。肩幅も広く、がっちりとしている。
サングラスの男は怯んだ。
地園は悠々と歩いていく。
松地と捨間は固唾を飲みながら、地園の様子を見守っている。
悠々と歩いていた地園が、ピタリと止まった。
サングラスを掛けた男の一人と対峙している。
地園と対峙しているリーゼントヘアに逆八の字眉の男も動かない。
地園と対峙している男は、サングラスを外した。細くて鋭い目をしている。
男の口が開く。
「お前……地園じゃないか?」
「谷底先輩、お久しぶりです」
二人の様子を見ている松地と捨間は、きょとんとしている。
松地と捨間だけではなく、サングラスの男達も同様だ。
「元気だったか!」
「先輩こそ、お元気そうで何よりです」
二人は嬉しそうな表情で言った。
谷底は地園の大学時代の先輩。
谷底と地園は楽しそうに学生時代の思い出を語った。
格闘系の部活やサークルを巡り歩いた事やゼミで議論を交わした事等……
二人が談笑している時、「キャンパスに熊が出てきて、すぐに去っていったけど、地園なら熊をも倒せそうだな」という声が聞こえてきて、松地と捨間はビクッと体を震わせた。
「お前の声がうるさすぎて、俺らもびっくりしたもんだから、つい、いつも仕事でやってる事を、お前らにやってしまった。きっと、俺らだけでなく、他の人も同じように思うはずだ。だから、近所迷惑にならない程度に、仕事しろよ」
「すみませんでした、先輩。以後、気を付けます」
地園は頭を下げ、申し訳なさそうに言った。
「深く気にするな。それじゃあ、仕事頑張れよ!」
「はい! 頑張ります!」
地園が元気よく返事すると、谷底はにこやかに手を振りながら、セダンに向かって行った。
谷底の同僚と思われる他の男達も、同様に向かって行った。
捨間はラッピングカーの運転を再開した。
「いや~、君のおかげで助かったよ」
松地は地園に礼を言った。
「このメガホンでは音が大きすぎですか? 部長」
「特に君の場合は、そうかもしれんな」
「それでは、このメガホンは止めて、私の手をメガホン代わりにしましょう」
地園はメガホンを使わずに製品をアピールする。
先程よりは控えめながらも、地園の大きな声が響き渡った。




