スタッフの名は
ゲームをプレイし終えた格樹は、ゲームパッドを机の上に置き、椅子から立ち上がって、皆の方に向き直る。
「新作は、概ねこのような内容となっています。今、私がプレイしたところは、ゲーム全体の一部にしか過ぎません。シナリオを全部プレイしますと、徹夜しても終わりませんので、テストプレイは、ここまでといたします。何か質問はございませんか?」
格樹の声に応えるかのように早々と挙手した者がいる。頭上に疑問符を浮かべながらスタッフロールを見ていた烏峰である。
「スタッフロールについてですが、スタッフの数がやけに少ないのが気になります。プログラムやCGの担当が、それぞれ四、五人しかいません。ボクは他社にてゲームの開発に携わった事がありますが、その時は担当者が二桁程いました。本当に、そんな少ない人数で、しかもこんな短期間で開発されたのでしょうか?」
「あの……」
誰かの声がした。烏峰は、そちらの方に振り向く。
「私はシナリオライターとして、ゲームの開発に携わった事があります。スタッフロールについてですが、孫請け以降の下請けは、名前が載らない事が珍しくありません。なぜなのかは、詳しく知りませんが、そこの事情は、お察しというところでしょうか。憶測ですけど、この場合もきっと、それだと思います」
「それにしたって、少なすぎでは……」
飯蛸が控えめな声で説明するも、烏峰は納得しきっていない様子だ。
「烏峰さん、飯蛸さん。弊社も下請けには、お世話になっています。ですが、我々が名前を出せるのは、スタッフロールに掲載されている分だけです。下請けも派遣さんを雇ったりしているのでしょう。我々も、そのような細かいところまでは把握しきれないです。法律の絡みもあって、直接かかわるような事は、ありませんので。最近は、どこの会社も非正規の方々に頼る事が多いので、結果としてこのような形になっています」
格樹が烏峰と飯蛸に説明した。烏峰は渋々ながらも納得した様子だった。
――何!? もしかしたら、下請けに派遣が何人もいるかもしれないって事!? 名前が載らない人達って、そういう事だよね。それにしても、この会社に派遣されている人って、いないのかしら? いるのなら、名前が載るはずだよね。把握できるわけだし。
祐奈は愕然とした。格樹達の話からすると、正社員の数は決して多くないように思える。
この会社は、どこかに多数いる非正規の者に支えられているのかもしれない、と祐奈は思った。
このような会社は他にもあるかもしれない。
そうだとすれば、正社員になれる人は少ない。
非正規は雇用が不安定なので、生活も相応の不安定なものになりやすい。
多くの人は、正社員になる事を望むだろう。
だから、なるための競争が激しくなる。
競争に敗れ、やむを得ず非正規になり、不安定な生活を送る人は多いのではないか。
祐奈は将来に不安を感じた。自分だけではない、この会社に対してでもない、日本の社会全体にである。
「他に質問は、ございませんか?」
ここで、祐奈は自分がすべき質問を思い出した。
――そうだ、わたしの名前!
「はい!」
「何でしょうか」
「わたしは作曲を担当しています。このゲームに、わたしの曲がいくつか採用されて、実際に使われています。ですが、スタッフロールに、わたしの、炎代祐奈という名前が、載っていません。これは、どういう事でしょうか?」
祐奈は疑問を、そして不満を格樹にぶつけた。すると、格樹は――
「貴方、高校生ですよね」
「はい」
「流石に、高校生の方の名前を出すのは、我々としても気が引けます。何かと問題になりかねませんので」
「どういう事ですか? なぜ、高校生だとダメなんですか?」
「学校によっては、アルバイトとか、それに準ずる事を禁止している所があるでしょう? そういう所がある以上、公表するわけにはいきません」
「そうですか。それでは、わたしのハンドルネームを使うわけにはいきませんか? ネットで使っているハンドルネームです」
「すみませんけど、それも駄目です」
「どうしてですか!?」
格樹の話を聞いて、苛立ちを感じてきている祐奈の顔が、少しずつ赤くなる。
どうして、わたしだけ? という思いが祐奈の中に募っていく。
「作曲者というのは、ゲーム開発において重要なポジションです。貴方のお父さんや音波狂研さんの名前が、販売を促進する上で重要な意味を持ちます。そこに、どこの誰かわからないような名前が混じった途端、その意味が薄れます。ですので、使うわけにはいきません」
「――!!」
祐奈は驚きの表情を見せたが、彼女の中で何かが腑に落ちた。
格樹の考え方が、わかったのだ。
「わかりましたか?」
「ええ、わかりました。あなたは、そういう考え方の持ち主なんですね」
祐奈は睨み付けながら格樹に向けて言い放った。
譲治も格樹を睨み付けている。格樹に対して怒りを覚えているに違いない。
烏峰は二人の話を聞いて、「ああ、なるほど」と腑に落ちた様子だったが、その顔は決して笑っていなかった。
「他に質問は……」
「はい」
筒抜が手を上げた。
「わしのシナリオを一つもプレイされていないようですが、これはどういう事ですかな?」
「先生のシナリオはインパクトが強すぎますので、あえてプレイせず、買ってからのお楽しみ、という事にしました」
格樹は微笑みながら答えた。
「ふむ、わかりました」
筒抜が格樹の意図を深く追求する事は無かった。
「それでは、お開きにいたします。みなさん、お疲れ様でした」
新作ゲームのお披露目が終わると、会議室から次々と人が出ていった。
休憩所では、重坂と黒伏がソファーに腰掛け、缶コーヒーを飲みながら休憩を取っている。
長時間働き続ける彼らは、眠気を飛ばすために随時、カフェインを補給している。これも仕事のためである。
重坂と黒伏がくつろぐ中、二人の人間がやって来た。
「サイッテー! 椎尾格樹だっけか? あのディレクター! あんな奴とは二度とかかわりたくない!」
「落ち着け、祐奈。何か飲もうか」
やって来たのは炎代親子だ。格樹に対する怒りを露わにする祐奈を、譲治がなだめる。
重坂と黒伏は、目を丸くしながら、親子の方を見ている。
「あ……」
重坂と黒伏に気付いた祐奈は、急に大人しくなった。
だが、彼女は重坂と黒伏をじっと見つめると、二人に近づいて行った。
「すいませーん、もしかしてお二人さんは社員の方々ですか?」
祐奈が重坂と黒伏に尋ねると、二人は複雑な表情を浮かべた。
「それなんですけど、私はテキヤシースという会社の正社員で、ここに常駐しているエヌデストウルという会社に派遣されています」
「正社員なのに派遣!? 常駐に派遣!? どういう事!? ……あ、すいません」
驚きのあまり、祐奈は言葉遣いが乱れてしまった。
「派遣には常用型と登録型の二種類があって、私は前者の方です」
重坂は自分の雇用形態――常用型派遣――について話した。
正社員として採用されていながら、他の会社に派遣されるという働き方についてである。
会社の性質上、昇給も昇進も望めない、ボーナスが少ない、派遣されず仕事が無い間は待機となる、待期期間も給料はもらえるけど少ない、次の派遣先が見つからないとクビになる可能性がある――これらの事についても話した。
そして、登録型との違いについても説明した。
「なるほど。そういうのもあるんですね。わたしは、そんな所に就職したくないです」
祐奈は重坂の説明について理解したようである。
「いずれ転職する事を考えています」
「頑張ってください。応援しますよ」
祐奈は微笑みながら言った。
「ところで、そちらのお髭の方も常用型の派遣ですか?」
「いいえ、私は登録型です。ケケナカンに登録していて、千弥島技研に派遣されたんですけど、そこがエヌデストウルの下請けで、結局、ここで働く事になりました」
「何、それ……」
孫請けに派遣された結果、元請けで働く事になったという黒伏の話に、祐奈は驚きを隠せない。
「ところで、先程怒っていたみたいですけど、何があったんですか?」
黒伏が祐奈に尋ねた。
「わたしの名前が、スタッフロールに載っていなかったんです。曲をいくつか提供したのに。理由を聞いたら、どこの誰かわからないような人の名前は、載せたくないって! 酷い話でしょ!?」
憤慨する祐奈の話を聞いて、黒伏と重坂は「うわぁ……」と言いたげな表情になった後、「そうですね」「これは酷いです」と言った。
「ところで、お二人さんは、スタッフロールに名前が載っていますか? あの場所にいなかったみたいですけど」
祐奈が尋ねると、黒伏と重坂の口から「載っていません」という答えが、同時に返ってきた。
「やっぱり……」
――どこの誰かわからないような人の名前は、載せたくないのね。
祐奈は、格樹がネームバリューを重視するために、一部のスタッフしか名前を載せたくないものだと考えた。
「私や黒伏さん達の名前が載らないのは、やましい事をやっているから、という理由もあるかもしれませんね」
「やましい事?」
「偽装請負や多重派遣という違法行為です。この会社の人間は、私達に直接、作業の指示してきます。私達は請負の方に派遣されていますので、彼らに指示する権限はありません。請負に指示したら偽装請負になりますし、しかも、私達は請負への派遣ですので、多重派遣にもなります。おまけに帰りは、ほとんど終電ですし、徹夜する事もあります。ここの人間からしたら、違法行為の対象である私達の名前なんて、載せたくないでしょうね」
「……」
祐奈は絶句した。祐奈だけではなく、譲治も。
重坂の言う通りだとすれば、格樹の「我々も、そのような細かいところまでは把握しきれないです」という発言は嘘になる。
直接、作業の指示をしてくるのであれば、把握しきれていないはずがない。
「そんな事されて、くやしくないですか?」
「くやしいですよ。ですから、このプロジェクトが終わった後、ちょっとした反撃をしてやろうかと思っています」
祐奈の問いに重坂が答えると、祐奈は「期待していますよ」と言って微笑んだ。
祐奈は腕組みをした。何か考え事をしているようだ。
少しばかり時間が経過した後、祐奈の口が開いた。
「わたしは炎代祐奈で、こちらは、お父さんの炎代譲治。お二人さんの名前は?」
いきなり、祐奈は自分の名前を名乗り、そばにいる父親の名前も教えた。
「私は重坂泉二と申します」
「黒伏畳三です」
重坂と黒伏は、戸惑いながらも、自分達の名前を教えた。
「シゲサカセンジさんとクロブシジョウゾウさんですね。漢字は?」
祐奈は制服のポケットからスマホを取り出し、メモ帳アプリを開く。
重坂と黒伏は、自分達の名前について、漢字でどう書くかを教えた。
祐奈も自分の名前について、同様な事を教えた。
祐奈は重坂と黒伏の名前をアプリに記録した。
譲治は、祐奈がメールアドレスやSNSのアカウントを交換するのではないかと、やきもきしながら見ていたが、そのような事は無かった。
「ありがとうございました」
「炎代祐奈さん、なぜ、私達の名前をアプリに記録したんですか?」
重坂が尋ねると、祐奈は「わたしたちの名前がスタッフロールに載らなくて、くやしいからです。せめて、こういう形でも名前を刻んでおこうと思いまして」と答えた。
充分に休憩を取った後、重坂と黒伏は、オフィスに戻って作業を再開した。
炎代親子は、缶コーヒーを飲んで一服してから、休憩所を出て帰宅した。




