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ステルスマーケティング

 D社営業部オフィス内に、松地の穏やかではない声が、響き渡る。

「菱棚さん! どういう事ですか!? 御社から発行されている『週刊ウォミ通』のレビューコーナーを見ましたけど、弊社の『49アドベンチャーズ』が、載っていません! なぜなのか、理由を教えていただけませんか!?」


 十二月下旬。新作ゲームソフト『49アドベンチャーズ』の発売を間近に控えている。

『週刊ウォミ通』には、新作ゲームソフトを複数の編集部員が評価するレビューコーナーがあり、発売を間近に控えたゲームの多くが、そこで評価される。

 これまでD社が発売してきたゲームも、そこで評価されており、点数は十点満点中七~八点を付けられる事が多かった。完璧ではないが、決して悪くない。むしろいい数値である。

 このレビューコーナーだが、評価するのはあくまで編集部員であり、ユーザーではない。

 そのため、ユーザーからの評価と乖離かいりが見られる事も、しばしばである。

 満点かそれに近い点を取ったゲームがいまいちだと言われる事もあれば、平均点が七点程のゲームがユーザーから絶賛される事もある。

 短期間でレビューを行わなくてはならないので、一見したところ良さげなゲームは、高い点が付きやすいが、ある程度やり込んでから良さがわかるゲームは、点が付きにくい、といった傾向でもあるのかもしれない。

 まれに、高得点を取ったゲームが、ユーザーからクソゲーだと批判される事があり、メーカーとの癒着を疑うユーザーが少なくないが、定かではない。もちろん、週刊ウォミ通編集部は否定している。


『あの……すみません……他社の新作があまりにも多すぎまして……作業が追いつきませんでした』

 松地の耳に入ってくる菱棚の声は、やけにおどおどしている。

「新作が多すぎて作業が追い付かないって……この時期、新作が多いのは、いつもの事ではないですか。私も、他社の新作がどれくらい発売されるか、それらがどんなものかくらい、チェックしています。今年は、去年とそんなに変わらないはずです。今回に限って、なぜですか?」

『……申し訳ありません。とにかく、時間が取れないのです。最近、弊社では残業時間の上限が大幅に減らされましたし、それに、最近のゲームはやり込むのに時間がかかりますから、レビューできる新作は少なくなってしまうのです』

「先程と話している事が違いませんか!? 新作が多すぎるからという理由が、残業できる時間が少ないにもかかわらずゲームのやり込みに時間がかかるという理由に、すり替わっています!」

『申し訳ありません』

「……それで、いつレビューを掲載できますか!?」

 松地の口調が荒れてきている。おどおどした菱棚の口調と、理由が変わってしまういい加減さに、苛立っているのかもしれない。

『すみません。それについてはお答えできません。いつできるか、見当つきません』

「見当つかないって……作業量とスピードから見積もれないという事ですか!?」

『はい』

「できないわけないでしょう。失礼な言い方になるかもしれませんが、貴方は、お若いとはいえ、新卒ではありませんよね? 入社されてから何年か経っていますよね!?」

『はい……』

 受話器から聞こえてくる菱棚の声は弱々しい。

「それなのに、できないとおっしゃるのですか?」

『はい、申し訳ございません』

「……もしかして、弊社の『49アドベンチャーズ』のレビューはしたくないという事ですか?」

『……』

 受話器から音声が聞こえてこない。菱棚は黙っているようだ。

「答えられませんか?」

『申し訳ございませんが、お答えする事はできません』

「……わかりました。それでは失礼します」

 松地は受話器を置いた。


「週刊ウォミ通編集部め……どうやら、レビューを載せたくないみたいだな。なぜだ……」

 松地はデスクの上で頭を抱えながら言った。



『週刊ウォミ通』に攻略記事はおろか、広告もレビューも掲載されないまま、『49アドベンチャーズ』の発売日である十二月二十四日を迎えた。

 町中にあるクリスマスツリーには、煌びやかな飾りつけがなされ、電飾がきらきらと輝く。

 仲睦まじいカップル達は、デートを楽しんでいる。

 各地にある大型電気店や玩具店等には、ゲームソフトの販売コーナーがあり、多くの人が集まっている。

 菱棚と松地が電話で話した通り、この時期は多くの新作ゲームソフトが販売される。

 新作ゲームソフト目当てで出かける人は多い。

 単純にゲームソフトが欲しい人もいれば、子供へのクリスマスプレゼントとして買う人もいる。

 ゲームソフトの販売コーナーには新作を置くスペースがあり、コーナー内でも目立つ所に設けられている。

 そこに『49アドベンチャーズ』は積み上げられた。



 今年最後の営業日。

 松地は海底に沈んだような表情をして、デスク上で頭を抱えている。

「大変だ……捨間君、地園君」

「いかがなさいましたか? 部長」

 捨間と地園は同時に口を開いた。

 二人は席から立ち上がり、松地のデスクに向かう。

「嫌な予感はしていたのだが、『49アドベンチャーズ』が全然売れていない」

 弱々しい口調で言った松地を見て、捨間と地園は顔を見合わせる。

「社長から『どんな手を使ってでも売り上げを伸ばせ』と言われている」

「どんな手を使ってでも、ですか?」

 捨間が松地に尋ねた。

「そうだ。どんな手を使ってでも、だ」

 松地は、きっぱりと答えた。

「Web上でステルスマーケティングでもしてみますか?」

「ステルスマーケティング?」

「はい」

「掲示板サイトやSNSに、お客さんのふりをして書き込みます」

 捨間は松地に自分のアイデアを簡単に説明した。

「とどのつまり、サクラだな。まあ、いいだろう」

「わかりました、部長。地園君、早速取り掛かろう」

 捨間は松地に返事した後、地園に声を掛けた。

「はい!」

 地園は素直に応じた。

 捨間と地園は各々のデスクに戻った。



 パソコンのディスプレイと向かい合う捨間。

 彼の手元にはスマホがある。

 彼はパソコンとスマホを使い、大手掲示板サイトにアクセスした。

 この掲示板サイトにはスレッドという概念がある。これは掲示板の中にある小さな掲示板みたいなもので、ユーザーが自由に作成する事ができる。

 スレッドを作る行為の事を、「スレッドを立てる」と言う。略して「スレ立て」と言われる事も多い。

 スレ立ての目的は、主に特定の事柄について話題を繰り広げる事である。

 ゲームソフトに関するスレッドは、決して少なくない。むしろ多い。

 彼はパソコンを操作して『49アドベンチャーズ』というタイトルのスレッドを立てた。

 投稿欄には自社名とホームページのURL、ゲームの概要を書き込んだ。


 スレッドを立てた人の事を「スレ主」と言う。

 立てたスレッドには返信という形で、スレ主も含めてあらゆるユーザーが自由に書き込む事ができる。

 彼はスマホを使い、今立てたばかりのスレッドに『スレ立て乙』と書き込んだ。

「乙」とは、お疲れ様を意味するネットスラングである。

 書き込んだ後はスマホを一度機内モードにする。

 その後、機内モードを解除して、再び書き込む。

『四番目のシナリオ、バッドエンドにしかならない。どうすればハッピーエンドになるのかな』

 先程と同様な操作――機内モードのON/OFF――を行ってから、また書き込む。

『怨霊がいる神社に行く前に和菓子屋で饅頭まんじゅう買ってこい。怨霊を倒すという方法もあるけど、余程上手くやらない限り無理』

 こうして彼はスレッドに一人で書き込んだ。いわゆる自作自演である。

 パソコンを使ったり、スマホを使ったり、機内モードにしたりする理由は、掲示板内のIDを変えるためである。

 掲示板サイトのIDは、IPアドレスと年月日を元に生成されて、投稿記事の所に表示される。

 会社のパソコンは固定回線でインターネットに接続されている。

 固定回線だとIPアドレスが変わらないので、それに接続されている端末から書き込みをしていると、同一人物によるものだとわかってしまう。

 なので、彼はパソコンでスレッドを立てた後は、スマホで書き込んだ。

 スマホで書き込んでも、そのまま続けて書き込むとIDが同じになる。

 だが、一度機内モードにして通信を切断し、その後、機内モードを解除して通信を再接続すると、IPアドレスが変わる。

 IPアドレスが変わればIDも変わる。

 こうして、IDを変えながら書き込めば、自作自演がばれにくくなる。


「流石ですね、捨間さん。私も書き込みましょうか?」

 隣から地園が話し掛けてきた。

「ああ、どんどんやってくれ。スレのURLはこれだ」

 捨間はスレッドのURLをカーソルで指し示した後、コピーして、それをチャットツールで送信した。

「わかりました」

 地園はパソコンを使い、教えてもらったURLにアクセスした。


『三番目のシナリオ、隠しダンジョンがあるらしいけど、行く事ができない。地下にある扉が怪しいと思うのだが』

『元婚約者を倒す時、スープレックスかパイルドライバーでとどめを刺すと、鍵が落ちるから、それを使って地下の扉を開く』

『ありがとう。やってみる』

 地園は捨間が立てたスレッドに書き込んだ。


「地園君……」

 地園の横から声がした。声の主は捨間である。

「何でしょうか?」

「IDが同じじゃないか」

「あ……」

 地園は目と口を大きく開き、「しまった!」と言いたげな表情になる。

「パソコンで書き込むのは、一日一回のみ! 後はスマホの機内モードON/OFFを繰り返して書き込む! そうしなきゃダメ!」

 捨間は地園に注意した。

「すみません」

 捨間から怒られた地園は、頭を下げた。


 その後、スレッドには『自作自演乙』『(・∀・)ジサクジエーン』等の返信が付いた。

 もちろん、これらの書き込みをした者は、捨間でも地園でもなければ、松地でもなかった。



「地園君」

 捨間は隣の席に座っている地園に声を掛けた。

「何でしょうか?」

 地園が捨間の方に振り向いた。

「フリーメールのアドレスを可能な限り取得してくれないか? もちろん、俺もやるから」

「わかりました」

「私もやろうか」

 捨間と地園の背後から声がしたので、二人が振り向くと、そこには松地が立っていた。

 捨間は「お願いします」と松地に言った。

 松地はダミーの社員用メールアドレスをいくつも申請した。目的は言うまでもなく、フリーメールのアドレスを大量に取得するため。



 フリーメールのアドレスを大量に取得した彼らは、それらを使って、SNSのアカウントをいくつも取得した。

 オフィス内にあるデスクの一つに、ゲーム機と『49アドベンチャーズ』が置かれているので、彼らは代わる代わるプレイし、スクリーンショットをいくつも撮る。

 取得したアカウントを使い、彼らはSNSに投稿する。

『ストーンゴーレムを倒して埋蔵金ゲット!』

『刀一本で組一つ壊滅』

『頭から床にめり込む元婚約者ざまぁ』

 スクリーンショットは可能な限り添える。

 ハッシュタグを付ける事は忘れない。

 様々なアカウントを使う。

 こうして、彼らはゲームをプレイしてSNSに投稿という作業を繰り返していった。



「掲示板、SNSと来たら、次は通販サイトやレビューサイトだな」

 松地が言うと、捨間と地園は「はい、わかりました」と返事した。

『飯蛸拓太郎、筒抜海作、焼畑陸智によるシナリオは見事。グラフィックは綺麗で、烏峰明春デザインのキャラクターがかっこいい。炎代譲治や音波狂研による音楽も素晴らしい。終始ハラハラドキドキしっぱなしで、プレイ後は感動のあまり涙が出てきました』

『炎代譲治の曲が凄くかっこいいです。サントラが出たら欲しい』

『放送できないようなエログロ作品を書く事で有名な筒抜氏が、こんな感動的な話を書くとは思いませんでした』

 彼らは、このような内容の文章を、様々な通販サイトやゲームのレビューサイトに書いていった。

 同じ人の書き込みである事をわかりにくくするため、微妙に文章を変えながら……



 営業部の三人が熱心にステルスマーケティングをやっていると、あっという間に時間が過ぎ去ってしまった。

 オフィス内の時計を見ると、夜の十時を過ぎている。

「二人とも、ご苦労さん。今年は納会に参加させられなくて、すまんな」

 松地が捨間と地園に声を掛けると、二人は「いいえ、とんでもありません」と返した。

 彼らはオフィスの戸締りを行い、消灯し、外に出る。

 松地が「それでは、よいお年を」と言うと、彼らは帰路に就いた。

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