第五十七花「なにかの苦痛」
暴れ狂う舌。
そして、それは自由に長さを変え、かなりの脅威となっていた。
しかし、藍も負けていない。
自身に一定距離近づくと、そこに重力をピンポイントでかけ、最小限力で対処していた。
いくら色と言えども、自身の異能による疲労は無視することができない。
そして、無音の暗闇の中で、重力によって地面が軋む音だけが戦場を支配する。
そして、長い均衡が明ける。
先に動いたのは藍だった。
舌を押さえた瞬間、自身には地面水平方向へと重力をかけ、やもりの魔一直線に向かう。
重力場を抜け出した舌も後を追ってくるが、やもりの魔に到達する方がはやい。
藍の異能「重呑」には、まだ他にも幾つか技が残っている。
今回はそのうちの一つで決着をつけようとした。
それは、触れることでしか発動できないが、ほぼ確実に相手を屠れる。
これが、藍が色最強と言われる由縁でもある。
しかし、問題があった。
一回だけなのだ。一度の戦闘において放てるのは。
しかし、決めれば問題がない。
藍はそう考え、迷わない。
やもりに迫る藍の目に映るのは勝利の色だけだった。
空中を這うやもりの腹に到達。
「急所を晒しているなんて。これで終わりです」
手を腹に当てる。
そして、藍も腹の方を見る。
暗闇にも十分に目が慣れ、姿を認識できるようになっている。
この距離ならはっきりと見ることができる。
「か……」
技を発動した瞬間、それを見た。
いや、見てしまったと言った方が正しいのかもしれない。
人間の顔が、無数に広がっていた。
そして、それは生きているかのように全てが苦痛の表情をしていた。
「助け……」
その言葉が、自身が手を当てていた場所のある顔から聞こえてきた。
そして、藍は無意識に技を解除してしまった。
一般的に、異能の技は、発動するよりも解除する方が力を使う。
イメージとしては、一度取り出したエネルギーを相殺するだけの力が別で必要だからだ。
「……っ!」
眩暈がする。
失敗したと悟った。
落ちていく。今度は地球の重力によって。
ーー巨大な尻尾が目の前に迫り来ていた。
「……やられました」
こうなることがわかっていたかのようなタイミング。
そして、藍はまるでハエ叩きで叩かれたように弾き飛ばされた。
ーー鈍い音だけを残して。
辛うじて、意識を取り戻す。
出血はないが、脳への負担が大きすぎる。
藍は頭を上げて上を見る。
そこには、勝ちを確信したかのように鳴く怪物が空を這っていた。
藍は、その鳴き声が、人の叫び声にしか聞こえなかった。




