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第五十六花「おかしな敵」

遡ること少し前ーー


藍は有利に戦闘を進めていた。

戦闘狂といえど、周りが見えなくなるわけではない。

相手の異能も既に大方分かっていた。

そう、音がないだけ。

そして相手の姿も常に影を纏うようでよく見えないが、これは誤差と言っていい。

その真価は、暗闇で発揮されるものだ。

しかし今、周辺は何もない。

初手の「万象平伏」が効果的であったのだ。


「ふぅ……ここまでですね。そろそろ戻らなくては」

大丈夫だとは思うが、もしかしたら苦戦しているかもしれない。

一歩踏み出した。



ーーその時、影が爆発的に膨張し、辺りを包み込んだ。


「ーー!」

全くの予想外。

周りが全く見えない。

世界から、音が消えた。

距離感も掴めない。しかし、どこまでも続いているとは考えにくい。

本当に世界を影で包んだとしたら、一個体でできる芸当ではない。

「では、決まりですね」

ここから脱出する。わざわざ相手のフィールドで戦う必要などない。

先ほどよりも大きな重力を全体にかける。

「万象平……」

その時、急に悪寒が走る。まるで、何かに見られているような。

そして、それはきた。

自身を飛ばす方向から巨大な舌が、飲み込まんと迫り来る。

万象平伏では間に合わない。これには少し溜めがいる。

うねりながら迫る舌を前にしても、冷静だった。

舌の進路方向を見極める。

右、左、……いえ、結局は正面!

右へ左へと蛇行する舌を前に、一歩も動かない。

「ここです」

極限まで引き付け、正面に迫った下に重力を乗せた。

舌は動きを止め、地面に這いつくばる。


「……」

状況が掴めない。

これは人間のものではない。

「……魔ですか。全然気がつきませんでしたよ」

舌の先を見る。

暗闇に目が慣れ、段々と輪郭が見えてきた。

「……はは」

笑うしかなかった。

先ほど戦っていた人影は何だったのか。


空中を這う四足歩行の生き物、そして、その姿は周りの影と同化して、形を捉えにくい。

「……やもりの魔、といったところですか」


「さて、何か裏がありそうですね」

流石に一貫性が無さすぎる。

ただの魔が、こんな変貌を遂げるとは考えにくい。

飛行機のことを思い出す。

捨て駒にあれほどの機体を持たせたのだ。かなり大きなテロ組織だろう。

魔の改造なんて計画もあるのかもしれない。

「ですが、それにしても幼稚……。まるで五歳児が考えたような滅茶苦茶な魔ですね」

分析はここまで。これ以上考えたって仕方のないことだ。

重力を解除すると、舌が引っ込んでいく。

そして、見えなくなったと思ったその瞬間、また舌が飛んできた。

そして今度は、舌の先で鉈を持っている。

先ほどの人影が持っていたものだ。

「止めれば、問題ありません」

先ほどと同様、重力を乗せる。


が、舌は加速し、先が重力場を出た。

そして、その先だけが更に伸び、鉈が迫る。

「……ッ!」

首筋を切られた。

手で押さえて確認する。頸動脈は……切れていない。

「……なんでやもりが、舌伸びるんですか?」

固定観念に縛られてしまっていた。いけないいけない。

こんなおかしな魔など戦ったことがない。

「これは、一筋縄ではいきませんね」

首をポキっと鳴らす。

藍の存在感が増す。

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