第五十三花「人間」
「久しぶり、出来損ないの私」
そう言われた瞬間、幾億年の記憶が脳を支配する。
ーー彼女は本来の私だ。
「何か用?」
少しぶっきらぼうに言った。
「何って……いや、こっちのセリフだよ」
「え?」
「何寝てんのさ、早く起きなよ」
「私は、全身を貫かれて……」
「だから、何?」
自分でもわかってる。でも、気づかせないでくれ。
「私」は私が現実から目を背けている事に気づいたのだろう。
髪を掴まれ、顔を上げさせられる。
「何勘違いしてるのさ。私は、人間じゃないんだよ。あの程度、かすり傷でもない」
ーーー。
「そうかそうか。「学生」とやらを経験したり、人間と接する中で本当に自分も人間になれたと思い込んでいるわけだ。自分ながら、本当におめでたい頭だよ」
ーーーー。
「私」は続ける。
「あの程度の魔にすら負ける……本当に、出来損ないだよ。本当の私なら瞬殺できるはずだ」
ーーーーー。
「甘ったるい。他を気にする間があるなら、その間に倒せばいいじゃないか」
ーーーーーーうるさい。
「異能も使わない……でも、自分を偽るためなら使う……あきれる」
ーーーーうるさい。
「逃げてるだけだ」
「うるさい!」
髪を掴む手を振り解き、睨む。
逃げてるだけ?そんな事、分かってるに決まっているだろう。
甘ったるい?……そうだよ!
以前の私なら瞬殺?……。
人間になれたと思い込んでる?……っ。
思考の中でさえ、歯切れが悪くなる。
それを分かっているかのように目の前の「私」は何も言わない。
そのまま、沈黙が流れる。
「分かったか?自分が何をすべきか」
「私」が問いかける。
私は答えない。でも、分かってはいる。
「無視、か。嫌われたもんだね。いや、そもそもか。じゃなきゃ私を捨てようなんてしないもんね」
そうだ。私は「私」が嫌いだ。
自分の異能が。「何か」である自分が。
その存在を知覚する度に、私の罪が顔を覗かせる。
……でも、もう逃げられない。
今の私では、誰かを救うことなんてできない。
いや……都合のいい言葉はだめだ。
これ以上、罪を作ってはいけない。
「……もう、行くよ」
私は歩き出す。
ーー「私」へと向かって。
目の前で止まる。
「二度と、目を背けることは許されない」
「私」は戒めのようにそう言った。
そしてーー
私は「私」と重なり、一つになる。
私は体を起こす。
体に開いた穴は全て塞がっている。
あぁ……これまで積み上げてきたものが壊れる音がする。
魔の姿を探す。
そして見つけたーーー全方位に。
次は確実に仕留める、とでも言うような殺意を感じる。……実際にはないが。
先ほど私を倒した時よりも、速い剣が迫っている。
でも……遅いな。
これじゃあ、今の私は仕留められない。
「碧」
幾何学模様のような半透明の紫の壁が、私を覆う。
剣は全て弾かれた。
このまま決める。
「斬」
今度は、私を覆う壁が全方位に刃となり飛んでいく。
そして剣は、全て真っ二つになり、地面へと落ちた。
剣はもう、動かない。
……終わった。こんなにも、あっけなく。
ーーポツ。ーポツ。
空を見る。雨雲が空を覆っていく。
そのまま土砂降りになった。
私はその場に立ち尽くしている。
「はは……ははは。なんだこれ」
今の私はなんだ?人間か?
世界がそれを否定するかのように、雨が一層強くなった。




