最後
蓮が帰宅すると、すぐにパタパタと足音がして、紬が玄関まで出迎えに来た。
「おかえりなさい」
「こら、走らない」
紬は妊娠して大きくなったお腹を抱えている。
蓮はそっと紬の肩を支え、リビングのソファへ座らせた。
「大人しくしといてくれ、頼むから」
「過保護すぎるわ。少しは動いた方が赤ちゃんにもいいんだから」
紬は唇を尖らせ、ぶつぶつ文句を言う。
磯川に会わせてもらえなかったことを、まだ根に持っているのだろう。
テレビからはニュースが流れていた。
「本日のニュースです。ゾンビの排除数は38体。ゾンビ撲滅NPO団体により、家に隠されていた女性ゾンビを排除、その夫と名乗る男を逮捕しました。続きまして――」
ゾンビスプレーが普及してから、毎日のように“対処数”が報告されるようになった。
最盛期は数百体だったが、今は二桁。
そのうち一桁に下がるだろう。
すぐに全滅しないのは、ゾンビ化した家族を隠したり、
ペットのように扱うという、非人道的な人々がいるからだ。
蓮は暗いニュースが紬の体に良くないと思い、
リモコンを取ってバラエティ番組にチャンネルを変えた。
しかし、いつもなら大笑いしている紬が、今日は暗い顔をしている。
「本当にこのまま、平和になると思う?」
蓮は答えられなかった。
磯川とも、これが“イタチごっこ”だと話したばかりだ。
蓮は紬の肩を抱き寄せ、そっと言う。
「紬と子どもは、俺が守るよ」
紬は蓮の胸に顔を寄せ、小さく息をついた。
「この子には……安心した世界を過ごしてほしいな」
蓮は紬の髪を撫でながら、静かに頷いた。
だが胸の奥では、別の不安がじわりと広がっていた。
――帰宅前に開けた、キャリーケースの中身。
札束の隙間に挟まっていた、薄い封筒。
その中には、小さなメモが入っていた。
『スプレーは効きすぎた。私は命を狙われている。君も気をつけるように』
ゾンビではなく、別の――
“人間の組織”に気をつけろという警告。
ゾンビを発生させた組織。
磯川が言っていた「本部施設は小物にすぎない」という言葉が蘇る。
守れるのだろうか。
……守らなければいけない。
蓮は紬の手をそっと握りしめた。
その小さな温もりが、
これから先の不安な未来に立ち向かうための、
唯一の確かな理由だった。
「大丈夫だ。どんな形の脅威が来ても……俺が全部守る」
紬は安心したように微笑み、蓮の肩に頭を預けた。
外では、春の風が静かに吹いていた。
だがその風の向こうで、
まだ誰も知らない“新たな影”が、確かに動き始めていた。




