内田~陰湿なマウントをとる悪女~
近年、私の中では「内田」という苗字は内田彩や、内田真礼、内田雄馬などの著名な声優をイメージするのだが、昔の私の中では「内田」という苗字は「陰湿な悪女」というイメージしかなかった。今回は、そんなイメージを植え付けてくれやがった「内田」という苗字の悪女の話をする。
内田はメガネをかけた女で、初めて会った時はこれまた世矢幼稚園の時で、当時の内田はメガネをかけていなかったが、幼稚園卒園直前にメガネをかけるようになったのである。
そんな内田はこの時から私にマウントをとるかの如く、よく突っかかってきた。酷い時には、妹を泣かせたという言いがかりを近所の事でっち上げ、親に信じ込ませたのである。当時の私に味方などいなかったから、内田は確信犯としか思えなかった。
内田のマウント癖は小学生に上がってヒートアップした。縄跳びで上手く飛べないからと言って、身体をつねったり、突然じゃんけんさせて、出しても出さなくても「バカがいる」と罵ったり、先生に向かって私に関するあることないことを吹聴したり、挙句の果てには私が何かをすれば私の方を見てクスクス笑ったのである。成績が良いからとはいえ、こうやって人にいちいちマウントを取る醜さが、余計私の中の「内田」姓のイメージを悪くしていくのだった。
そして、中学校に進学しても内田のマウント癖は続くのだった。内田は美術部で、私はブラック部活の代表・吹奏楽部であったが、部活やクラスが違えども、内田のマウント癖はさらに悪化していく。もちろん、定期テストの順位も内田の方が上だった。そして、内田は当時地元の中で倍率が高かった太田第一高等学校の全日制へ進学した。そんな私は、こんな内田から解放されたかったので、太田第一高等学校とは別の方角で、尚且つ常陸太田市にない公立高校へ進学した。
高校時代は内田のマウントも鳴りを潜めていたが、大学に進学して復活してしまったのである。そう…内田も学科こそは違うが、茨城キリスト教大学に進学したのだ。たまに授業などで顔を合わせてはクスクス笑う…昔から変わっていないのだ。このマウントを取る癖は。
現在は結婚して苗字が変わったのかどうかは定かではないが、いくら成績が良かろうが、たった一人の人間に対してマウントとったり、あることないことでっち上げて周囲に言いふらし、周りから孤立させたり、いちいち人の方を見てニタニタクスクス嘲笑したり…根っこがこんなんなので、私以外で内田の本性を見抜けた人は数少ないだろう。
そういえば、旭川で女子高生が殺害された事件で捕まった阿婆擦れも苗字が「内田」だったが、この内田も私から見て「内田姓の恥さらし」としか思えない。寧ろ、あの世間を舐め腐った写真をメディアで見ること自体嫌悪感を覚える。




