第9話 ここには仲間がいる
「んだよ、それ!!」
ウォーミングアップで球場の外野側をランニングしながら、ロッカールームでの話の続き。
俺が悪絡みで喜んでいることを疑問に思った迅平が、心配そうに聞いてくれるもんだから、ありがたく学校での俺の扱いを話す。
すると、海星が声を荒げた。
「そいつら全員しばき回してやる!! 瀬綱、連れて来い!!」
物騒なことを言っているのはさておいて、そうやって俺のために怒ってくれる海星が、なんだか嬉しかった。
「海星の言う通りだ。瀬綱がなにかしたのならまだしも、ただの嫉妬でその扱いは許せん。成敗してやる」
「嫉妬だけじゃなくて、知らずのうちになにかしたのかも……」
日本代表になったから。
それだけの理由で嫌われて、無視されるレベルなのか……もしたかしたら知らずのうちに本当にマウントをとってたとか……なんか不安になるな。
「そんなわけないだろ。瀬綱がそんな奴じゃないのを小学生の時から俺は知っている。だからこそ、俺は無条件でお前の味方なんだ」
「迅平……」
「おうとも!! 俺だって瀬綱の味方だぜ」
「海星……」
ランニングしながら、パシンと拳を鳴らす海星はまだ怒りを露わにしてくれている。
「おい、迅ちゃんよぉ。瀬綱の学校行って、出待ちしようぜ」
「だな、海ちゃん。フルボッコにしてやる」
シュッ、シュッとシャドーボクシングを始める二人を見て、心底救われる。二人が来ることはあり得ない。だって二人の家から俺の学校まで遠すぎる。
だけど、こうやって味方になってくれる人がいるだけで、心の拠り所になる。
「あ・ん・た・らあああ!!」
聞き慣れた女の子の声がしたかと思うと、シャドーボクシングをしている二人は、グローブで頭を叩かれた。
「いてっ」
「あてっ」
「いつまでチンタラ走ってんの!! さっさとキャッチボール!!」
キーキーと怒るショートカットの女の子に尻を蹴られ、「「へいっ」」と二人はベンチにグローブを取りに戻る。
血の気の多い二人も、幼馴染の女の子には形無しらしい。
「ほいじゃ俺もキャッチボールすっかな。碧、やろうぜ」
海星と迅平の幼馴染、高槻碧。小柄な女の子だけど、ダイナミックなフォームから結構速い球を投げる、本格派のピッチャー。
「うん。セツとキャッチボールするために来たよ」
言いながら、碧が俺のグローブを手渡してくれる。
碧は基本的に仲良くなった人をあだ名で呼ぶ。幼馴染の二人のことはもちろん、俺のこともあだ名で呼んでくれて、嬉しい気持ちになる。
「さんきゅ」
キャッチボール相手ってのは誰とでも自由なんだが、なんとなく固定になる。俺は同じポジションであるピッチャーの碧とやることが多い。
バッテリーでやるのが良いんだろうけど、俺の相棒さんは二年生だからなぁ。相手さんもキャッチボールくらいは同学年とやりたいだろうし。
適当に距離を開け、かるーくキャッチボールをしながら、俺が徐々に後ろに下がっていく。
「今日、代表選考の動画を撮るって監督が言ってたから、念入りにしとこうね」
「今日撮るって?」
「言ってたよ。ま、セツなら余裕でしょ」
「余裕とかはないけど……」
よりにもよって今日、か。吉田が見てる中でやんのなんか緊張すんなぁ……。
俺の位置から内野一塁側の保護者席が見え、そこにガッツリ、セーラー服姿の吉田が見えた。
隣の弥恵と何か楽しそうに話していたが、こちらの視線に気がついたのか、吉田が嬉しそうにパッと顔を輝かせて手をヒラヒラと振ってきた。
キャッチボール中に手を振り返すわけにもいかず、俺はグローブをはめた手を少しだけ上げるに留める。
くっ……学校でまともに話せる貴重な相手なのに、冷たい態度になっちまったな。本当はガッツリ手を振り返したいけど練習中だし……。
葛藤を抱いていると、いつの間にか距離を詰めてきていた碧の顔が、目の前にドアップで映り込んだ。
「うぉっ!?」
「なーに視線逸らしてんの。セツ、全然集中してないよ」
「そ、そう?」
「……もしかして、原因はあの子?」
碧が顎で保護者席をしゃくる。その目は、野球の時とは違う、どこか鋭い「女の目」をしていた。
「や、いや、何でもねぇよ……」
「嘘つけー。さっきからチラチラ見て、グローブ構えるの遅れてたじゃん。何あの子、ものすごい美人。スタイル良すぎてセーラー服がコスプレみたいに見えるんだけど。……もしかして、彼女連れて来たの?」
「違うって。本当に違う」
「ふぅん? 親戚?」
「いや、ただのクラスメイトだ」
「いやいやいや! ド平日の水曜日に、わざわざ山奥の球場まで練習見に来るクラスメイトがどこにいるのさ。どう足掻いても特別な関係でしょ」
碧は一塁側スタンドの吉田をジロッと睨むように見つめた。
吉田の方も、俺のすぐ近くで親しげに喋っている碧の存在に気づいたらしい。スタンドから、どことなくピキッとした視線が刺さるのを感じる。
気のせいか、二人の美少女の間で、目に見えない火花が散っているような……。
「ま、ほんとに色々あんだよ……」
説明すると長くなるので、便利言葉で茶を濁す。
「あ、そっ」
碧は冷たく、短い返事をすると、また距離を取る。
次の瞬間、わざとらしく俺の胸元に強めのボールをパシィンと投げ込んできた。
「ま、何でもいいけど、今日の選考動画の撮影に響かないようにね。変なとこ見せたら、私がエースナンバー奪っちゃうから」
やれやれ、なんて肩をすくめる碧。
だけど、俺が「彼女じゃない」と言った瞬間に、その口元が少しだけ嬉しそうに緩んでいた気がした。




