第10話 MAX142km/hの怪物、爆誕
今日はU-15日本代表の第一選考の動画を撮るらしい。
クリア条件が色々とあるが、ピッチャー希望の俺は球速120km/h以上を出せば次の選考に進めるだろう。
「瀬綱。あんまり力むなよ。お前なら軽く投げれば通るんだから」
一塁側のブルペンマウンドで監督さんからアドバイス。アドバイスってほどでもないが、「はいっ」とキリッと返事。
監督さんのことは尊敬しているし、お世話になっているから、歯切り良く返事をすることにしている。
正直、人を選んで返事をする人間だよ、俺は。まぁ、良い性格と言えないことはわかっているつもり。
「谷本さん。お願いします」
キャッチャーは正捕手の二年生、関谷総次郎。
お願いするのはこっちって話だ。受けてくれてありがとうと言う意味を込め、グローブを軽く突き出す。
「はーい、いつでもオッケー」
キャッチャーの後ろにいるコーチがスピードガンを構えた。俺の好きなタイミングで良いみたい。
チラリと保護者席を見ると、吉田がこちらを見ているのがわかる。
「ふぅ……」
「彼女が見に来て緊張してんのか」
監督がニヤリとして聞いてくる。
「え!? や、彼女では、ない、です」
「そうか? じゃあ片想いだ」
「ち、違いますよ。ただのクラスメイトで、す」
「ド平日の水曜日に、こんな山奥まで練習見に来て、彼女じゃない?」
碧とまったく同じ意見を言われてしまった。ま、普通に考えたらそうなりますわね。
「そうかそうか。ま、彼女だろうが、クラスメイトだろうが、あんな美人にゃ、カッコいいところ見せたいって力むもんだ。力抜けよ」
「はい」
セットポジションから左足を上げ、かるーく、なんて意識してキャッチャーに投げ込む。
バンッ!!
キャッチャーミットに収まる乾いた音が聞こえてきた。
「総!! ボールを迎えにいってる!! 我慢しろ!!」
「はい!!」
俺にばかり注目しているわけではない監督は、サラッと関谷にキャッチングを注意。どこにでも目がありそうな監督だな。だけど、これがこのシニアが強くて人気な理由の一つでもあるよね。
「──ははっ」
キャッチャーの後ろにいたコーチが苦笑いでスピードガンを見ていた。それを関谷に見せると、関谷の顔が青ざめていた。
「142km/h」
「「え?」」
俺と監督の間抜けな声が重なった。
トタトタとコーチが俺と監督のところに駆け寄ってくれると、スピードガンのメーターを見してくれる。
「おいおい……まじか……」
監督が驚きを通り越して、呆れたような顔でこちらを見てくる。
「今度から試合の度にお前の彼女を呼ぼう。な? そしたら全試合完全試合だろ。こんなん」
「だから、彼女ではないですって」
「どうでも良い。彼女でもクラスメイトでも、次から呼べ。な」
「監督。目が逝ってます」
「逝ってても良い。呼べ、呼ぶんだっ、瀬綱!!」
「こえーよ」
♢
そこから、50m走や、遠投。フリーバッティングの動画を撮り、コーチが動画を選考委員会なりなんなりに送ってくれるみたい。
「セツ、去年より、うんっと良くなってたね」
本日の練習終了。
制服に着替え、各々保護者の駐車場へ向かう途中、碧が少し興奮気味に言ってくれる。
「正直、ストレートが142km/hって聞いた時は引いた」
「だな」
「ああ、引いた」
碧の両隣にいた海星と迅平が、しみじみと頷く。
「いや、ちょっと待ってくれ……」
引くって……俺がお前達に引かれたら、学校でも、ここでも、居場所が──
「もう引くくらい嬉しい!!」
碧が嬉しそうに飛び跳ねた。
「へ?」
「チームメイトがこんなに凄いなんて、嬉しいぜ」
「こんなに凄い奴と野球できるなんて、幸せだ、俺達は」
「みんな……」
俺はバカだ。
こいつらがそう簡単に誰かを突き放すことなんてしないことをわかっているのに。それなのに、ちょっと疑ってしまった。
「なぁ、みんな……」
ふと空を見上げると、春の夜空がどこまでも続いていた。山の中だからか、星が綺麗に輝いている。
「最後の日本選手権、優勝しような」
監督、コーチ、チームメイト。みんな、みんなが良い人で……こんな良い奴らのために、このチームを優勝させたい。絶対に、最高の形でリトルシニアを終わらせたい。
「当然でしょ。てか、142km/hを打てる中学生なんていないよ」
「ああ。瀬綱がいてくれたら俺達は無敵だ」
「夏の大会、無双だな」
俺の言葉に易々と乗ってくれるみんな。本当に俺はこのチームに入って……小学生の頃からみんなに出会えて良かったと思える。
欲を言うなら、同じ学校が良かったけど、それは欲張り過ぎ。
「セツきゅーん」
駐車場に向かうと、弥恵が大きく手を振ってくれていた。隣には吉田もいる。
「じゃあな、みんな」
「ああ。またな」
「彼女によろしく」
だから彼女じゃないって。
否定しようとしたら、「彼女じゃないよ!!」って碧が大きく否定した。
夜の山だから、碧の高い声がこだましている。
「行くよっ、バカ達っ」
恥ずかしくなったのか、碧は海星と迅平の耳を引っ張って行ってしまった。
「いでで、碧!! いてーって!!」
「俺は言ってないぞ!! 碧!!」
「うるさいっ!!」
容赦ねぇなぁ、幼馴染の紅一点。
三人は碧の家のワンボックスカーに乗り込み、先に行ってしまった。幼馴染で親同士が仲が良いため、それぞれローテーションで送り迎えをしているらしい。俺も何回か乗せてもらったことがある。
「おつかれセツきゅん。今日凄かったな」
「ありがと、弥恵。今日は調子良かった」
「それは……シズクたんのおかげかな?」
「弥恵まで……」
散々、監督やコーチ、チームメイトにもいじられたってのに、家族までいじりにくるとは……。疲れているし、反応するのもしんどい。
「吉田。悪いな、こんな時間まで弥恵に付き合わせて」
もう夜も九時を過ぎたあたりだ。夕方からずっと冷える保護者席にいたもんだから、退屈して嫌になっているんじゃないかと心配だったのだが。
「ううん。全然大丈夫。弥恵姉とも、他の保護者の人ともいっぱい喋れて楽しかったよ」
「「ねー♪♪」」
こいつら、いつの間にか距離が縮まってやがる。
モデルという職業で培った社会人としてのコミュ力なのか。すげーな、吉田。
弥恵が先に車を温めに向かい、駐車場に俺と吉田の二人が取り残される。
オレンジ色の街灯に照らされた吉田が、少しだけ声をトーンダウンさせて、俺の顔を覗き込んできた。
「ね、ねぇ、谷本。あの、さっきまですっごく仲良くしてた女の子……誰?」
「碧か?」
「碧ちゃんて言うのかぁ……。小さくてかわいーよね♪」
「あ、ああ。でも本人の前でかわいいなんて言ったら怒られるぞ」
「言わないよ。でも、碧ちゃん、男の子に混じって、あんなに速い球投げたり、打ったりしてさ……。なんだか、かわいくてカッコいい、物語の主人公みたいだったなぁっ思っただけ」
「碧はセンスの塊だからな。女子野球に行けば一躍スターだよ」
チームメイトが褒められたのが嬉しくて、俺はついつい鼻を高くして、熱っぽく語ってしまった。
すると、吉田は小さく息を呑み、夜空を見上げるフリをして、ぽつりと言った。
「……谷本は、やっぱり、野球ができる女の子が好きなの?」
「──っ!?」
その聞き方は、なんだ。
心臓がドクンと跳ね上がる。俺が碧を好きかどうかってことか?
いや、ただのチームメイトだし、そんな目で見たことはない。だけど、じっと俺の答えを待っている吉田の綺麗な瞳を見たら、急に喉がカラカラに渇いて、まともな言葉が出てこなくなった。
ここで変に肯定したらあらぬ誤解を生むし、かといって否定しすぎるのも碧に失礼だ。完全にテンパった俺は、なんとか絞り出すように無難な言葉を返した。
「ま、まぁ……一緒にキャッチボールしてくれる相手としては、すごくありがたい、っていうか……それだけだよ」
「……そっか」
吉田はそう小さく呟くと、少しだけ寂しそうに、だけど何かを決意したように、キュッと唇を結んだ。
その顔が、なんだかいつもよりずっと大人びて見えて、俺はまた別の意味でドギマギしてしまう。
「二人ともー! 早く乗り込めー、置いてっちゃうぞー!」
軽自動車のエンジンをかけた弥恵が、運転席から身を乗り出してクラクションを鳴らす。
その声に救われるようにして、俺たちは「今行く!」と、急いで夜の冷気から逃れるように温かい車内へと乗り込んだ。




