第11話 俺たちは安っぽい存在なんかじゃない
学校の野球部が春の大会を優勝したらしい。
そんなもんだから、教室内は野球部の話題で持ちきりだ。
ウチの野球部って強かったんだな。ま、有河がいるから当然っちゃ当然か。あいつも地元じゃ有名だし。
「すごいね、かっこいい。おめでとう、谷本くん♪」
は?
待て待て待て。
井駒よ。お前はなんで俺に祝いの言葉をかけてくんだよ。俺はリトルシニアで野球をやっているだけであって、野球部ではないんよ。
なんもわかってねぇなぁ、こいつ。
そんなことを言ってくるもんだから、有河が睨んで来てんだろうが。そりゃ、そうだ。クラスのマドンナが関係のない嫌いな奴に祝いの言葉をかけてりゃ、そりゃ睨む。俺にとっちゃ呪いの言葉だよ。
「ちっ……死ねよ」
ほら。井駒の勘違いは俺への暴言に変わる。
♢
井駒のせいで、まぁた有河に目の敵にされちまった。
まぁどういう意図かはわからんが、孤独な俺に朝の挨拶をしてくれるだけでもマシなのかね。
んで、有河。お前は井駒が好きなん? 女子とちょっと喋っただけで死ねはねぇだろうが。
そんなもんだから、昼休みのサッカーには誘ってもらえず。クラスの男子のほとんどはグラウンドに行ってしまった。
これが地味にしんどい。
給食を食べたあと、教室で一人ポツンと座っているのは精神的に来る。かといって、スマホは先生に預けてあるし。図書室なんて使い方がわからない。
以前、体育館裏で寝ていたら生徒指導の先生に喫煙を疑われたしな。んなもん吸うかよって思ったが、まぁ隠れて吸ってる奴がいんだろうな。わかんねぇけど。
あー、やだやだ。こりゃもうトイレに行くしかないわな。
今日はトイレと教室の往復の日にするか。なんて悲しい計画を立て、即実行。席を立ち、廊下に出た。
「たに、もっ、とっ」
リズムに乗って俺の左肩がタックルされた。
「──っとと」
若干体勢が崩れたが、転けるほどじゃない軽いタックル。そんなタックルをぶっかまして来た吉田の方へ視線をやる。
「どうした吉田。俺は今からトイレの往復で忙しいんだよ」
「それって暇なんじゃ?」
「そうとも言う」
「そんなことして昼休み過ごすならさ」
ジャン。
なんてかわいらしい声を出しながら、吉田が俺の目の前にグローブを出してくる。
「えへへー。買っちゃった」
「おまっ、これ……最新モデルじゃねぇかよ」
「やっぱり何事も最新が最強だよね」
「そりゃ最新が最強だけど……え、なに、野球すんの?」
「うん。谷本とキャッチボールしようと思って」
「はい?」
「だから、谷本とキャッチボールしようと思って買ったの」
「俺とキャッチボールしたいがために買ったの? 素人が? 最新の硬式用グローブを?」
「良いでしょ。私が頑張って稼いだお金なんだし」
まぁ吉田はモデルとして活躍してるから、親からのお小遣いとかではなく、本当に自分で稼いだお金なんだらう。だから使い道は自分で決める権利があるけど……。
「すげぇな」
色んな意味ですげーよ。
「でしょ」
純粋な褒め言葉として受けとった吉田は、鼻息荒く、ドヤ顔一つ。
「今日、練習休みの日だけど、グローブ、持って来てる?」
「一応、なにがあるかわかんねぇから、毎日持って来てるよ」
「良かったぁ。なら、キャッチボールしようよ」
♢
もうすっかりこっちの予定をインプットされていらっしゃる吉田と中庭でキャッチボール。まぁ予定をインプットって言っても、月曜日と火曜日が休みっていう単純な予定だけども。
「ええっと。えいっ!!」
所謂、女の子投げの吉田のボールは、ふらふらっと俺の胸の辺りにやってくる。
「お。ナイボー。いくぞぉ」
「うん」
かるーく。めちゃくちゃかるーく、山なりのボールを投げてやると、「わわっ、わっ!!」と、ボールをキャッチした。
「ナイキャッチ」
「どう? 私、野球センスある?」
「正直言うと、めっちゃある。ガチれば良い選手になれる」
これはお世辞でもなんでもなく、普通にキャッチボールができている時点で才能がある。だから真っ直ぐ、自分の思ったことを言ってやると、「いししっ」と嬉しそうに笑ってくれた。
しかし、ここ最近は吉田との絡みが多い。
この前の月曜日と火曜日も、一緒に帰ってくれたからな。
こうやって、クラスからハブられた俺としてはめちゃくちゃありがたい存在だ。
そして、吉田にとっても、俺っていう存在が、ありがたいものだと、嬉しいんだけど──
「あ、ごめん!!」
吉田が投げたボールは、ふわふわ〜っと俺の頭上を超えて校舎の方へと向かっていった。
「ドンマイ、ドンマイ」
吉田に心配すんなって声をかけ、駆け足でボールを取りに行く。
ボールはコロコロっと校舎まで行ったみたいだ。
よくよく考えたら、中庭でキャッチボールって良くないよな。ガラスとか割れるかもだし。
なんて、思いながらボールを拾った時だった。
「──ねぇ、さゆー。なんで谷本狙ってん?」
校舎の一階の窓が開いていたみたいで、そこから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「そうだよー。さゆ、散々、チビいじりしてたのに」
「それになんかめっちゃ嫌われてるじゃん」
「えー、だってぇ、あいつと付き合ったら映えるじゃん。日本代表の肩書き持ちで高身長だし、連れて歩くネックレスみたいなもんでしょ」
「きゃはは! サイテー!」
「谷本が聞いたら泣いちゃうよ? きゃはは」
「私みたいな可愛い子と付き合えるんだから、嫌われ者のあいつに取っちゃありがたいでしょー。飽きたら捨てれば良いだけだしー」
きゃはは、と下品な笑い声が廊下にこだまする。
──ああ、そっか。
拾い上げたボールを握りしめながら、俺は冷え切った頭で納得していた。
たいして仲良くもないのに、距離を詰めてきたのは、全部、俺という人間に興味があったわけじゃない。ただ、自分を飾り立てるための都合のいいおもちゃが欲しかっただけだ。
わかっていた。そういうこったろうとはわかっていた。だけど、孤独な俺へ話しかけてくれるという行動自体で、優しくしてくれる人がいるなんて期待した自分が、惨めで、馬鹿らしくて、情けない。
「……谷本」
ハッとして振り返ると、いつの間にか吉田がすぐ後ろに立っていた。
ボールが戻ってこないのを心配して、見にきたのだろう。
全部、聞かれていた。
吉田は、ピカピカの最新モデルのグローブをはめた手を、ぶるぶると小さく震わせている。
その下を向いた前髪の隙間から見える表情は、驚くほどに怒りで強張っていた。
「吉田……ごめん、ボール落ちててさ。場所変えよう。中庭じゃガラス割るかもだし──」
俺が無理に作った笑顔でそう言った、次の瞬間だった。
吉田は、俺の横を疾風のような勢いで通り過ぎた。
長い黒髪が激しく揺れる。
彼女はそのまま、井駒たちのいる一階の窓枠を、バンッ!! と凄まじい音を立てて両手で叩きつけた。
「ひゃっ!?」
「な、なにっ!?」
中から井駒たちの短い悲鳴が上がる。
窓の向こうの女子たちを、吉田は、撮影現場でも絶対に見せないような、冷徹で、激しい怒りを孕んだ瞳で真っ直ぐに睨みつけた。
「……人のことをアクセサリーみたいに言うの、最悪。反吐が出る」
低く、地を這うような声だった。
いつもの吉田雫は、そこにはいなかった。
「しず──く、吉田、さ、ん? なんで怒って……?」
怯える井駒たちを、吉田は容赦なく、冷たい言葉で切り捨てる。
「谷本は、あんたたちの引き立て役じゃない。……二度と、私の友達を安っぽい言葉で汚さないで」
──私の友達。
窓際で固まる女子たちを置き去りにして、吉田はくるりと振り返ると、俺の腕をぐいっと力強く引っ張った。
その顔は、怒っているようにも、今にも悔しさで泣き出しそうにも見えた。
「行こ、谷本。……あんな奴らの前で、1秒も立ち止まってる暇なんてない」
凛とした吉田の手の温もりが、俺の凍りついた心を、ゆっくりと溶かしていくのがわかった。




