第7話 ギャップは大事だけど脳がバグる
俺と吉田は同じ──似ている。
同志ってやつかな。
彼女がそう言ってくれたのが嬉しくって、学校に行く意味みたいなのを感じ取れた気がする。
「おはよーっす」
教室に入った俺の挨拶はなかったみたいになる。
かろうじて、小学生の時に仲の良かったグループの上原が反応しそうになった程度。
まぁ別にいいよ。
誰に強がるわけでもないが、心で虚勢をはりながら席に着くと、チラリと窓際の一番後ろを見た。
さらりと長い髪の少女と目が合い、ヒラヒラと小さく手を振ってくれる。
手を振り返そうとした時、「おはよ、谷本くん」なんて声が聞こえて来る。
「あ、ああ。おはよ、井駒」
振り向くと、クラスのマドンナてき存在の井駒が、窓際の一番後ろの方を見ていた。
「《《吉田さん》》となにかあった?」
「え……」
朝からものすごく嫌なことを聞いた気がする。
だって、吉田と井駒はすごく仲が良くて、お互いを下の名前で呼んでいたから。
「あ、わかった。また谷本くんの悪口言ってたんでしょ。昔から酷いよね。男の子に向かって、『かわいー』とか、『和む』とか。マスコットみたいな扱いして。こんなに素敵でかっこいいのにね」
確かにそうやってバカにされていたが、お前に関しては俺に、『小さい男の子って恋愛対象にならいよねー』って笑ってたの忘れてんな、こいつ。
「私からガツンと言ってあげよっか?」
「いらん」
「谷本くん、やさしー」
わぁ、なんて、なにをどう返しても同じ返答っぽいアホな感じを見せられてしまう。
「さおー、おはー」
「あ、みぃ。おはー。じゃあね、谷本くん」
デジャヴかな?
昨日とまったく同じ状況になって、タイムリープを疑うぞ。
しかし、井駒の狙いはなんだ? まさか俺のことが好きとか? いや、ないない。恋愛対象になんないんだろ。
どんな理由でも、ぼっちの俺なんかに話しかけてくれるのは、ちょっぴり、ほんのちょっぴりだけありがたかったりする……。
ふと視線を感じ、チラリと吉田の方を見ると、ぷくっと頬を膨らませていた。
そりゃ、自分の元グループの奴と喋ってたら、同志としてムカつくわな。だから井駒をあしらうように接したつもりだが。
「お前本当に調子ぶっこむなよ」
ぽつりと聞こえて来る、学校のドンの有河の声。
お前、身長175センチもあるんだから、チマチマ言ってないで直接言って来いよ。なんて、180センチある俺だって直接言えないけどね。
それにしても、井駒と喋ってて調子に乗るなってのは心外だな。俺はずっと警戒しているってのに。
♢
『今日は私が送る。正門の前で待っててくれ』
職員室でスマートフォンを返してもらうと、姉からLOINが入っていた。
『おっけー』と返事をして正門を目指す。
今日はリトルシニアの練習日だ。休日は自転車を漕いで練習場に向かうことにしているが、平日は間に合わないため、両親が学校まで送り迎えしてくれる。
たまに姉。
今日はそのたまにの日だったらしい。
姉は大学生で、免許を取得して運転したい欲求が高いらしい。だから最近はやたらめったらドライブに付き合わされる。お菓子とか買ってくれるからこちらとしては嬉しいんだけどね。
放課後を少し過ぎた時間なため、やはり人の気配がない校舎から正門までの道。
正門に到着し、やることもないため、スマホを触る。
「お前、本当に調子ぶっこむなよ、か……」
今朝の有河の陰口が脳裏を過ってしまう。
あいつは学校の野球部と外部の軟式野球を掛け持ちしている。軟式野球は小学校からそのまま中学へエスカレーターみたいな感じだ。
ずっとキャッチャーで四番。
監督やコーチからやたら期待されており、本気でプロを目指している。小学校の時、仲が良かったから野球の話を沢山したな。
「──どう考えても男の嫉妬、だよな」
俺の身長が中二で一気に伸びて、日本代表に選ばれて……最初はおめでとうから始まったのに、今では調子に乗るな……。
「わっ」
唐突に聞こえて来た声に振り返ると、「いしし」と無邪気な笑みを浮かべる吉田がいた。
「驚いた? 驚いた?」
「吉田よ。わかったんだが、脅かす時の定番の、『わっ』は驚かすのが難しいと思うんだ」
「なるほど。じゃあ次は、『やっほー』にするね」
「果たして、それで驚くかどうか」
「次回、ごうご期待だね」
あはは!
アホみたいなことを言って笑い合うと、さっきまでチクチクと考え込んでいたことが消えてくれる。吉田は消臭剤みたいな役割なんだな。
「谷本はなにしてんの?」
「迎えを待ってんだよ」
「迎え? ……あー、今日は野球の練習の日だったっけ」
言いながら、吉田が外野フライを捕るような仕草をする。
いや、ジェスチャーするなら、ピッチャーかバッターだろ。流石吉田だな。
「そーそー。もうすぐ迎えが──」
ぷぷーっ。
タイミング良く、車のクラクションの音が聞こえて来たかと思うと、かわいらしい見慣れた軽自動車が正門前に止まる。
ガチャリと運転席から現れたのは、サングラスをかけたボンッキュッボンの女性。モデルのような足取りで、俺達の前に立つ。
「この人、谷本のママ?」
「おいおい。ママにしては若過ぎるだろ」
吉田の発言に、その女性──俺の姉である谷本弥恵はサングラスを取り外し、長い髪をかき上げて、頭の上へと乗せた。
スッピンなのに、街中でスカウトされてもおかしくないレベルの整った顔立ちだ。
「スッピンですまない。セツきゅんの姉の弥恵だ」
耳にご馳走な、低く澄んだクールビューティボイス。
その圧倒的な大人の女のオーラに脳を刺激されたのか、吉田は「ほへぇ……」と間抜けた声を漏らしたまま、完全に姉の美貌に見惚れていた。
さすがの現役モデルも、本物の大人の美人の前では形無しらしい。
「おい、弥恵。人前でその呼び方はやめろって」
「かわいくて良いじゃないか」
この姉、見た目と声のギャップは完璧なクールビューティーのくせに、中身が残念すぎる。セツきゅん呼びされるたびに俺のライフはゴリゴリ削られる。
「それにしても──」
姉は吉田を値踏みするように見つめた。
「彼女はセツきゅんのカノピか?」
「ちげーよ。ただのクラスメイトだよ」
「そうか。カノピッピだったか」
「だーら、クラスメイトだっつってんだろ」
「セツきゅんのカノピッピ。名は?」
どっかの戦国武将みたいな名前の聞き方に、吉田は、「はっ」と我に返り挨拶をする。
「よ、吉田雫、です」
「シズクたんか。うむ。驚異な顔の小ささ。足の長さ。これは圧倒的良質なシズクたん。推せる」
「おい弥恵。初対面の子をたん付けで呼ぶな」
「むっ……ダメだったか?」
弥恵が子犬のような目で吉田を振り返ると、吉田は真っ赤になって「い、いえっ!」とぶんぶん首を横に振っている。
「ふっ。首を横に振る仕草も萌えるじゃあないか。シズクたん、合格」
何が合格なんだか。
「乗りな、シズクたん。家まで送ってってやる」
スッと長くて綺麗な親指で、愛車の軽自動車を指差す仕草はめちゃくちゃ格好いい。
格好いいんだけど……言ってるセリフのせいで台無しだった。




