第6話 放課後デート。吉田に奢り奢られ論争はない
星馬に着くと、吉田が注文方法を教えてくれた。
確か、コンビニで売っている星馬のコーヒーとの比較で今日ここに来たと思うんだけど、なんとかなんとかフラペチーノを勝手に注文された。
「──以上で、1200円頂戴いたします」
中学生の俺達にまで丁寧な接客をしてくれるレジのお姉さん。しかし、その接客料も入っての1200円──一人、600円だろう。
しかし高い。
飲み物一つで600円は高過ぎる。
躊躇しながらも財布を出そうとすると、「スマホ決済で」とさっさと吉田が会計を済ませてしまう。
なるほど、後ろにも客が並んでいるから、ここは先に会計を済まして、後で支払う作戦か。大人だな、吉田のくせに。
受け渡しカウンターで待つように言われて、なんとかなんとかフラペチーノを待つ間に俺は財布を取り出した。
ベリベリベリ──
マジックテープの音に反応して、吉田が、「ぷっ」と吹き出した。
「やっぱ無理。ぷーくすくす」
「おい、笑ってんじゃねぇよ。ほら」
1200円を吉田に渡そうとする。かなり痛い出費だが、こうやって嫌われ者の俺に星馬に付き合ってくれたお礼だと思うと安いものだ。
しかし、吉田はお金を受け取ってはくれなかった。
「奢ってあげる」
「いや、良いって」
「私、お仕事してるし」
「でも──」
「それに、これは感謝料だから」
「はぁ?」
そりゃこっちのセリフだって言いかけて、「お待たせしました」と俺達のなんとかなんとかフラペチーノがやって来る。
なんとかなんとかフラペチーノの正体は甘ったるそうな見た目のドリンク。それを片手に二人席に腰かける。
「本当に良いの?」
1200円だなんて大金を出して平気そうな顔をしている吉田に改めて聞くと、「うん」と頷いた。
「うーん、これこれー」
吉田がフラペチーノを飲むと幸せそうな顔をするので、もう金は話しはやめておこうと思い、「ゴチです」と感謝の意を込めて飲む。
「──っ」
うまっ。あまっ。うまっ。
なんだ、この飲み物。うますぎるぞ。
心の中で感激の嵐は渦巻くと、目の前の現役モデル様が、モデルとは思えない無邪気で素のままの自分を表したかのような笑みを見してくれた。
「おいしいでしょ。これで谷本も星馬の虜だね」
いや、お前の笑顔の虜になりそうだわ。笑顔が素敵過ぎるだろ。とか、言うのはモデルとして当然だろうし、吉田に言うのは負けた気がするから決して言わない。
「谷本は進路とか決まってるの?」
チューチューとフラペチーノを飲みながら吉田が進路の話題を振ってくれる。昨日、先生と二者面談したから、その流れからの話題振りなんだろうな。
「何校かスカウトが来てんだよ」
「え、すごっ」
反応に困る。ここで肯定すれば嫌な奴だし、否定したら嫌味な奴になる。どうしたものかと考えながら、チューチューとフラペチーノを吸いながら答えた。
「行きたい高校のスカウトが来ないんだよな」
本当の話だし、凄いに対しての肯定でも否定でもない。
「どこの高校?」
「華真ってところ」
「あ、めっちゃ野球で有名なところだ。あれ、でもそれって東北じゃない?」
「寮があるだろうから、そこに、な。地元にはいたくないし……」
地元にいても、俺に居場所なんてないって思ってしまい、つい愚痴っぽくなる。
「そっか、谷本、地元出るんだ……」
吉田は少し寂しそうな声を出してくれた。
「吉田は進路決まってんのか?」
尋ねると、「うっ」と声を漏らした。それだけでまだ決まっていないとわかる。
「わ、私は、谷本みたいに学校が大事じゃないから。お仕事ができればどこでも良いから」
「なにをヤケになってんだよ」
でもまぁ、仕事ができればどこでも、か。
「モデルの仕事、好きなんだな」
「……」
あれ。この流れは、「好き」って答えるところではないのだろうか。思いっきり空振りしてしまったらしい。
「てか、あれなんだな、吉田もスマホを学校に持って来てるんだな」
空振りのあとの気まずい雰囲気を、なんとか誤魔化そうと、違う言葉を投げてみる。
「お仕事で使うからさ」
だからかなぁ。
吉田がテーブルに肘をついて、なんとも弱々しく漏らした。
「みんなに嫌われちゃったの」
グサリと胸にささる。
弱々しい言葉の後に発せられた、はっきりとした言葉。
「自分だけ学校にスマホを持ってきて、モデルの仕事やって、周りと違うって見せつけて……『なにイキってんだよ、キモイな』って……」
その言葉の意味を共感できるからこそ、まるで自分に言われたことかのように、胸が痛む。
「……私、そんな、つもり、ない……の、に……」
言葉の途中、吉田が泣きだしてしまった。
心理状態は俺と同じ。だからこそ、かける言葉が見つからない。だって俺なら、人前で泣く恥ずかしさと自分におかれた境遇から放っておいて欲しいって思うから。
だけど、やっぱり放っておくなんてできなくて。
小学生の頃から習慣で持って来ているハンカチを学ランのポケットから取り出し、彼女へ黙って渡す。
「ぐす……ありが……とう」
涙と鼻水を思いっきり吸ったハンカチ。
存分に泣いて、目を腫らして、鼻がトナカイみたいに真っ赤になっていた。
落ち着いたところで手を伸ばし、ハンカチを返してもらおうとする。
「や、洗って返すよ」
こちらの返事を聞かず、吉田は大事そうにハンカチをスカートのポケットに入れた。
「こう言うのもなんだけどさ、吉田の気持ち、わかるよ。俺もほら、別にマウント取ってるわけじゃないのに嫌われてるし。今日の体育でも見ただろ? パスなんか出してくれなくてさ。『調子乗んな』って言われたよ」
同じ境遇の吉田だからこそ、赤裸々に今日のことを告白すると、腫らした目をこちらに向けてくる。
「だから正門で泣いてたの?」
「それは──」
否定しようとしてやめた。
吉田だって恥ずかしいところを見せたんだ。
「なんか悲しくって泣いた。嫌われるって、辛い、よな」
正直に言うと、吉田は嬉しそうな顔をしてくる。
「私達、同じ、だね」
そう言われた瞬間、なんだか俺は無償に救われた気がした。
居場所のない地元で、唯一居場所を提示してくれるみたいで、心の底から安堵した。
だから──。
「なぁ吉田。来週の月曜日、また一緒に帰らない?」
彼女を誘った。
「うん。いいよ」
彼女も嬉しそうに頷いてくれた。




