第30話 かたくなった心をほぐしてくれる。また借りができちまった
有河の件から数日。三年一組の教室は相変わらずグループに分かれ、ザワザワとしている。
もう少ししたら夏休みということもあり、浮かれているんだろう。
その中心に有河はおらず、当の本人は机に伏せって寝ている。
「ぷっ。寝てんぜ」
「散々偉そうにしてたのにな」
数日前まで取り巻きだった連中は、有河を見て笑っていた。
そりゃまぁ、あんだけ偉そうにしていたにも関わらず、みんなの前で、わんわんと惨めに泣いたら、こんな結果になる。
あいつが俺へと散々やったことを考えると、可哀想だとか、声をかけてあげるだとか、そんなことは微塵も思えない。
ただ、それを見て気持ちの良いものとも思えない。
俺ができるのは、あんな下衆な連中と関わらないことだ。
同じように陰口を叩かないこと。そして、関わって来たのなら、あらゆる手を使って対処することだ。こちらに害がないのなら踏み出す意味もない。
今のところ、俺への害なんてものはない。
そもそも、有河が俺に嫉妬してたってだけで、あいつらからすると俺に攻撃する意味なんてなにもないもんな。むしろ俺に関わったらややこしいだけでマイナスだろ。
吉田も俺と同じ感情だと思う。
あれから井駒たちが関わって来る気配はないし、これからも関わってはこないだろう。
というか、こちらには心強い大人たちがいるわけだし、あんなことがあって、また報復まがいなことはしてこんだろ。
ぼっちエンド。
これがハッピーエンドというわけではないが、最善の解決だったとは思える。
♢
「日本代表、おめでとう」
昼休みになり、吉田との恒例のキャッチボールはできずにいた。それでも吉田とこうやって昼休みに中庭に集まった。
ま、お互いにぼっちだからな。傷の舐め合いってやつだ。
そんな傷の舐め合いだろうがなんだろうが、先日、日本代表の内定をもらったから吉田に報告。早速と祝福のお言葉を貰えることに。
「ありがとう。吉田のグローブのおかげだよ」
あの時、有河にグローブを捨てられ、途方に暮れていた俺にグローブをくれた吉田。それは物理的にも、精神的にも助けられたことだ。そのグローブで、自己最速の145km/hを出したんだから、吉田には頭が上がらない。
「うむ。このまま私のグローブを世界一にしてくれたまえ」
むっふん、なんて到底モデルが出す様なもんじゃない鼻息を出してんだが。
「なにキャラ?」
「師匠だよ」
吉田の師匠キャラ、鼻息荒いんだ。
「ははぁ。お師匠様から授かりしグローブを、絶対に世界一にしてみせまするぅ」
「いししっ。谷本の弟子キャラ下手ぁ」
「どの部分が下手なのか教えてくれ。仕上げてくる」
「いや、そこ乗ってくんの?」
あはは。なんて笑い合ったあとに吉田が、「でも」と少し困った顔をする。
「このままじゃ昼休みにキャッチボールできないね」
吉田にとっても、昼休みがキャッチボールをするものだという認識は素直に嬉しかった。
「それもそうだな。やっぱり返そうか?」
「だめだめ。それは谷本を世界一に導く私のグローブなんだから、くれるとしたら世界一になってからなのだよ」
そう言ってくれるのはありがたい。なんとなく、吉田からもらったグローブだから145km/hが出た気もするし。
「吉田にはなにからなにまで貰ってるなぁ……」
「それは違う」
何気なく呟いた言葉を吉田が一刀両断する。そして、真剣な眼差しでこちらを見てくる。
「それはこっちのセリフだから。なにからなにまで貰ってるのは私、だから」
そんなことはないと思うが、ここで否定するのも水掛け論の始まり。それは終わりなき遠慮の押し付け合い。
「お互い持ちつ持たれつってやつだな」
「うん」
選んだ言葉は吉田の正解だったのか。嬉しそうに頷いてくれた。
「だったらさ、今度一緒にグローブ見に行こう」
持ちつ持たれつと言ったのだから、グローブを貰った俺が吉田にグローブをプレゼントするのは当然だ。グローブじゃなくても良いんだけど。
「わっ。日本代表の人に見繕ってもらえるなんて贅沢ぅ」
「そんな立派なもんじゃないけど……いついける?」
「いつにしよっか。んー、でも谷本がいけるのって月曜日と火曜日だけだよね? 放課後になると時間ないもんなぁ……」
「あー、ええっと……」
吉田は俺の予定を把握しているため、なんの嫌味も含めていない質問。それに対して、少し複雑な思いを抱きながら頭を掻く。
「最後の大会でもう負けちまったんだよ。だからもう練習もない」
「ええ!? 谷本が打たれちゃったの!?」
「いや、俺はその日、日本代表の最終選考で試合に出れなかったんだ」
「あ……そうなんだ……被っちゃってたんだね……」
「それで、碧が責任感じてさ……あいつ殻に閉じこもっちまった。なんの責任も感じなくて良いのに……」
そう。だから俺は──。
「碧のためにも日本を世界一に導くんだ……」
ポツリとこぼした言葉と、ギュッと握る拳。その拳に吉田が優しく手を重ねてくれる。
「大丈夫。谷本なら絶対に世界一になれるよ」
「吉田……」
「なんせ、私のグローブがあるもんね」
ふんすー!! なんて鼻息が更に勢いを増す。そんなモデル様の鼻息が肌に当たり、「ははっ」と力が抜けた。
「鼻息、荒っ」
「むぅ……ふんっ、ふんぬっ!!」
「おい、やめろや!!」
「やめ、ふんぬ!!」
「きゃはは!!」
碧の涙を世界で晴らす。
そんな決意で固くなっちまっていた心を、ふっと吉田がほぐしてくれた。
また借りができちまったなぁ。




