第3話 マジックテープは笑われる
流れとはいえ、女子と一緒に帰るだなんて初めてだな。
いつもの通学路を吉田と二人。授業は終わったが、部活は終わっていない時間帯。そんなもんだから、周りに同じ中学の奴等はいない。
こんなところを誰かに見られたら吉田と噂になってしまわないだろうか。いや、俺は別にどうでも良いんだがな。学校に友達もいないわけだし。しかし吉田が困らないだろうか。俺なんかと噂になって……。
しかしなんだ。吉田の奴は男子と二人で帰っているってのに、別段いつもと変わりなく見える。
まぁ、相手は中一の時に豆だのなんだのとチビいじりしていた奴だし、そもそもモデルだからイケメンの彼氏でもいるってか。ふん。吉田のくせに生意気だな。
ちょっとばかしこっちが意識しながらコンビニに入ると、耳馴染みのある入店音がお出迎え。
「どうしよっかな……」
ジュースコーナーで吉田が何を飲むか吟味している。
ついでに俺もなにか買うか。
──たまには星馬のコーヒーでも買ってみるかね。中学生には高いんだよな、これ。
「あ、谷本、星馬のコーヒー買おうとしてる」
「俺の身長を見ろ。ダンディな大人だろ」
言ってやると、上目遣いで見てくる吉田はクスリと笑った。
「身長だけ見れば大人だろうけど、顔はまだまだキッズだね」
「んだと、ごらぁ。俺に身長抜かされて悔しいからってよぉ」
「や、別に悔しいとかじゃないけどさ……その……」
チラチラとこっちを見て、ごもごもしている。
「んだよ、言いたいことがあるなら言えよ」
「……私も星馬のコーヒーにする」
「いやいや、そういうことじゃなくてだな」
「言いたいことがあるなら言えって言ったじゃん」
「言いましたけどね。そうじゃなくて」
「ほら、レジ行くよー」
結局、ごもごもしていた話の内容は話してくれず、吉田は星馬のコーヒーを手に取りさっさとレジに行ってしまった。
「496円になります」
なんと!?
飲み物で中学生にこの値段を払えと言うのかね!
くっ。なんとも痛い出費である。
奢ると言った手間、もはや後戻りはできん。
学ランのポケットから、財布を取り出す。
ベリベリベリ──
「え、待って。谷本の財布、マジックテープじゃん」
「んだよ。なんかわりぃか?」
「や、別に、悪くないけど……ぷっ、あっはっはっ!」
こいつぅ……人の財布見て笑いやがった!
財布なんてなんでも良いだろ!
ナイキだぞ!? ナイキの財布なんだぞ! 超有名スポーツブランドの財布を、なんでこんなにも笑ってやがるんだ、こいつ!
「さらば、北里柴三郎」
吉田に対する怒りと、千円を喪失する痛みで、内心泣きそうになりながら、504円のお釣りをマジックテープの財布に戻す。
まだ笑っている吉田と共にコンビニを出ると、自然と足をコンビニの駐車場とコンビニの間の、絶妙になんのスペースかわからない場所に向かった。
「いつまで笑ってやがる。ほら」
マジックテープがドツボにハマったらしい吉田へ、星馬コーヒーを差し出す。
「あー、おかし……ありがと」
笑い泣きするほど面白かったのか。涙が頬を伝って地面に落ちた。
こいつ、俺のことをバカにしやがって……マジックテープ界隈が黙っちゃいねぇぞ。
内心でぐちぐち言いながら星馬コーヒーをチューチュー飲んでいると、吉田も一緒になってコーヒーを飲んだ。
「うまっ。コンビニの星馬も侮れないね」
「ふぅん。店と変わらないのか?」
「行ったことないの?」
こいつ。『ぷーくすくす、星馬にも行ったことないの?』ってバカにしようとしてやがるな。俺にはわかる。マジックテープをバカにする奴の思考だ、くそがっ。
「自慢だが、忙しいんでな」
ここは男の意地をみして、忙しいアピールをしておく。
「あ、そっか。野球してるもんね。……今度一緒に行く?」
どうやら忙しいアピールをしても意味はなし。なんなら同情されたかのように言われてしまう。というか、こいつの方が忙しいのではないだろうか。
「吉田の方が忙しいだろ」
「私は、あれだよ。あの……売れてないし……って言わせないでよ」
「勝手に言ってんだろ。──って言ってもなぁ」
チューチューと星馬コーヒーを飲みながら発言する。
「俺のオフって月曜日と火曜日だけだからなぁ。だから──」
「じゃあ明日は!?」
「おぅ。食い気味だな」
「そ、そう、かな?」
ちょっぴり恥ずかしそうに、チューチューと吉田も星馬のコーヒーを飲む。
「でも良いのか? 彼氏とか」
「彼氏?」
「いないのか?」
「い、いないよっ。そんな噂流れてるの?」
「んにゃ。なんとなくモデルって彼氏の一人や二人いそうなイメージなだけ」
「なにそれー」
苦笑いを浮かべながら吉田はセーラー服のスカートよりスマートフォンを取り出した。
「あ、ロック解除してる」
どうやら俺がかけた呪いは解けたみたいだな。
しかし、なんだな。
こうやってコーヒー片手にスマートフォンをいじる姿は大人っぽいな。流石はモデル様。
「ね、谷本。LOINやってる?」
おいおい。人気者だからって俺のことをそこまでバカにしてくるのかよ。大体の人間はやってるだろ。
日本の連絡ツールになってんだぞ。最近じゃインスマのDMでやり取りするのが流行ってるみたいだが、まだまだLOINが王道的連絡ツールだろ。
「やってるけど」
「交換しよ」
なんともナチュラルに仰る女の子なこって。普通、異性に連絡先を交換するってなると、多少なりともドギマギするもんじゃないのかね。
そりゃ、中一の頃、同じクラスで何度も喋ったことがある間柄だけどよ。こちとら吉田みたいな現役モデルの女の子に連絡先を聞いてドギマギしてんだよ、文句あんのか、ちくしょうがっ。
「まぁ、別に良いけど」
言いながら少し震える手でスマートフォンを取り出し、吉田と連絡先を交換した。
「あ、あれだよ? 明日の待ち合わせとか、色々で必要かなって」
「んなことだとは思ってたよ」
LOINに追加された『雫』のアイコンを見て、声を出す。
「ペンギン、好きなんだな」
「うん。小さくてかわいいよね。他にも、リスとかハムスターとか。犬でも猫でも小さい子の方が好きかな」
「なるほど」
自分と対になるものに惹かれる、と。
「谷本のアイコン、かっこいいね。グローブ?」
「ああ。昔から大事にしてるグローブなんだよ。日本代表の時も、このグローブで世界と戦ったんだ」
「日本代表……そっか……谷本って、なんだか手の届かないような存在になっちゃったのかも……」
「え?」
ぽつりと呟いた吉田の言葉が聞こえ、つい聞き返してしまった。
「あ、いや、なんでも──あ、コーヒーありがと。また明日ね」
そう言って吉田はそそくさと帰ってしまった。
「──それを言うならお前だろうが」
俺の声は彼女には届かずに、春の夕暮れに消えていった。




