第2話 ロックの罪滅ぼしはジュースで良いってさ。所詮は中学生ってね
俺は中学の軟式野球部には所属せず、外部の硬式野球チームであるリトルシニアに所属している。
子供なのか老人なのかわからない名前のリトルシニア。そもそもなんでそんな名前なのか。
「そういや、なんでリトルシニアなんだ?」
正門までの道を歩き、周りに誰もいないことを良い事に、結構でかめの独り言を一つ。
今まで興味もなかったけど、一度興味を持ったら調べる主義の俺は、学ランのポケットからスマホを取り出した。
パスワードを打ち込んで──弾かれる。
パスワードを打ち込んで──弾かれる。
「んぁ」
どうやら俺の指の動きにスマホが付いて来ていないらしい。
最新ガジェットも俺の前では恐れおののくらしい。罪深き男よ、俺は──。
パスワードを打ち込んで──弾かれる。
「んでだよっ!」
周りに誰もいないことを良い事に莫大な文句をスマホに言い放つ。
そこで気が付く。
スマホのカバーがバスケットボールになってやがる。
いや、俺もバスケは好きだよ。だけど、いきなり自分のスマホカバーがバスケットボールになっているのは困る。俺のスマホカバーはナイキだ。
「北山め。間違えて自分のを渡して来やがったな」
つか、野球部の顧問なのにバスケのカバーって……本当はバスケ部の顧問がしたかったのか?
正門から振り返り校舎を眺める。
「はぁ……」
一瞬、戻るのがだるくてそのまま帰ってやろうかとも思ったけど、俺もろくに見ず受け取ったのが悪いと反省し、職員室へ戻った。
♢
だりぃ、だりぃと心の中で文句を言いつつ、職員室に入ろうとしたところで、勝手にドアが開いた。
「あ、谷本」
目の前に吉田雫が現れた。
そんな吉田は俺の顔を見るなり、安堵した表情となる。
「良かったぁ、会えて」
「え? そんなに身長が伸びた俺に会いたかった?」
もちろん冗談で言ってやると、吉田の頬が少々赤くなる。
「ち、違うよ! 別に、谷本なんかに会いたいとか、ないから!」
「わーってるっての。必死に否定すんなよ、悲しくなんだろ」
「あ、あ、えと、いや、冗談っていうか……てか、あれ、会いたかったのは、それ!」
俺の手に持っているスマートフォンを指差してくるもんだから、「これ?」と彼女の目の前に持っていき、尋ねる。
「それ、私のなの」
「あ、ね」
勝手に北山のだと思っていたが、どうやら吉田のスマートフォンだったらしい。
こいつも学校に許可を貰ってスマートフォンを持って来ている口か。ま、モデルの仕事関係で必要なんだろうな。
「先生が間違えて谷本に渡したみたい。はい、これ。谷本のだよね」
そう言いながら、ナイキのスマホカバーのスマートフォンを手渡してくれる。間違いなく俺のスマートフォンだ。
「俺のだな。ほんじゃこれ。俺の手汗でべっとりになっちまったけど」
「汚いなぁ」
そう言いながらも、別に嫌悪感丸出しな顔をしないで受け取ってくれる吉田は、その場でスマートフォンを操作した。
「あ! パスワードロックかかってる!」
「まじでごめん。自分のだと思って、何回も間違えちゃった」
「もー。あと15分って……何回間違えたの?」
「さぁ……8回くらい?」
「そんだけ間違えて気付かないとか、豆の子じゃん」
「昔のいじり方すんなっ。見ろよ、身長180センチの恵まれた体型を」
バアアンとトップモデルを意識したポージングをしてみせると、「ふっ」と鼻で笑われた。
「いくら恵まれた体型だとしても、ポージングがなってないよ──こうっ」
言うが早いか、吉田がすっと背筋を伸ばす。
──ゾクッとした。
不思議な巨人ちゃんってイメージの吉田雫が、一瞬で、カメラの向こう側にいるプロのモデルの顔になった。
夕暮れの廊下なのに、そこだけスタジオのライトが当たっているかのような、圧倒的な存在感。まるでスターのように遠い存在に思える。
「どう? どう!?」
ポーズを解いた途端、吉田に戻り、なんだかホッとした。
そんな彼女は、ドヤ顔で顔を近づけてくる。
「凄いのかどうかはわからん」
「えー、この凄さがわかんないかー」
「けどさ」
あまりの綺麗さに一瞬、目を逸らしそうになるのを堪えて、俺は言った。
「格好いいのは、よくわかったわ」
「──っ」
予想外のストレートを食らった吉田は小さく跳ね、みるみるうちに顔を真っ赤に染めていく。
「わ、私のポージングをただで見れるなんて、すーっごく光栄なことなんだからねっ!」
「まじかー。野球で言うとどれくらい?」
「野球……!? え、ええっと……三振ゲッツーくらい!?」
「野球素人から三振ゲッツーが出るとは思いもしなかったわ。どこで覚えたんだよ」
「ふふん。こう見えても私、おじいちゃんの影響で近鉄ファンだからね」
「お前の年齢から近鉄の名が出るとは思いもしなかったよ。野球やってる俺でさえ、その球団は歴史の教科書レベルだぞ」
「そんなことはどうでもいいよ! それより私のロック、どう責任取ってくれるの?」
「確かにどうでもいいな」
しかし、どうしたものか。
お詫び……お詫び……。
「ジュースでも良い?」
所詮中学生。女子へのお詫びなど思いつく余地もなし。
「おっけー! ジュース♪ ジュース♪♪」
しかし吉田は思いのほか、食いついてくれる。
ジュースで罪滅ぼしになるのなら、なんともまぁ安上がりなこって。




