第1話 追い越した身長。へへ、ざまぁみろ
「瀬綱。進路はどうする?」
月曜日の放課後。
中学三年になった途端、担任の北山先生に職員室に呼ばれた。進路相談だとさ。
中一の時にも担任だったからか、下の名前で呼んで来やがる。
「まだ決まってないです」
「……だよなぁ。瀬綱なら選びたい放題だろ。実際どうなんだ? 俺は野球部の顧問だけど、リトルシニアとかって全然わからないからさ」
「何校かスカウトを貰っていますね。立星とか千辺とか」
「全部甲子園常連じゃないか」
「ありがたいことに」
「うむ。流石は中二で日本代表のエースだっただけはあるな」
「なんで先生が誇らしげなんすか」
「良いじゃないかー。先生、瀬綱の担任二回目なんだし。野球部の顧問だし」
「俺は外部で野球をしているだけであって、野球部じゃないっす」
「ご意見きびしぃ」
なんでちょっとチャラく言ってくんだよ。あんたも結構良い年だろ。
「そういや、もうすぐ日本代表の選抜か?」
「そうですね。四月に一次選考。六月に最終選考と発表ですかね」
「もう今月から一次選考か。去年、日本代表に選ばれてたから、今年も選ばれるのか?」
「いえ、去年代表だからって今年も代表って訳じゃないですよ。毎年選考会があります」
「そうなのか。まぁ、瀬綱なら絶対選ばれるだろ! 先生、瀬綱の代表戦楽しみにしてるよ」
まだ日本代表って決まってないのに、その声かけはプレッシャーを与えるだけだぞ。ま、悪気はないんだろうけども。
「瀬綱の進路は問題なさそう、だな。自分の行きたいところと、親御さんの意見と、よく相談しながら決めなさい」
「へーい」
「それで、だ、な」
北山先生が少し気まずそうに話を切り替える。
一体次はなにを言ってくるのか。
「友達とうまく、やれてる、か?」
気まずそうに、なにを言って来るかと思えばそんなことか。
「うまくはやれてますよ」
これはウソではない。うん。ウソではないな。
「そ、そうか。なら、まぁ、うん。良かった」
ウソをついてると思ってんだろうなぁ、この顔は。でも本人がそう言う以上、言及はできないってところかね。
「あ、瀬綱。スマホ、返すの忘れてたな」
思い出しかのように言うと、先生はポケットからスマートフォンを取り出した。
ウチの中学はスマートフォンの持ち込みは禁止。学校側から許可を貰って持ち込める。
ただし、先生に預けないといけない。俺は学校側に許可を貰ってるから、スマートフォンを持ち込んでいる。
毎朝、担任に預けるのが面倒だけど、必要だから仕方ない。
別段確かめずに俺はそのまま学ランのポケットにスマートフォンを滑り込ませた。
これは進路相談は終わりってことで良いんだよな?
「それじゃ、俺はこれで」
「瀬綱。困ったことがあったら、すぐ先生のとこ来いよ」
北ティーって相性で呼ばれるだけあって、生徒に優しい先生なこって。それが学校側に対するポーズなのか、それとも本心から心配してくれているのか。
「へーへー。どうも」
どちらにせよ、気にかけてくれていることに変わりはないのだから、その点はありがたいかもな。
適当に返事をして出て行こうとすると、「あ、瀬綱」と呼び止められた。
まだなんか話があんのかよ、と振り返る。
「次は吉田だから呼んで来てくれ」
「吉田ぁ? なんで吉田。名前順じゃないの?」
「できるだけ名前順だけど、みんな部活とかで忙しくてな」
「俺も忙しいんだけど」
「瀬綱は進路相談、月曜日か火曜日が良いって言ってたろ?」
その日が練習休みだからな。
「それじゃ、頼んだぞ」
「へーへー」
ったく、面倒くせぇ。とか思ったけど、鞄を取りに教室に戻らないといけないから、別に面倒でもないか。
♢
しかし、名前順として、谷本の次が吉田ってのは、どんだけ飛んでるんだよって話だ。
てか、今日の進路相談は俺と吉田だけなんじゃねぇの? もしかしたらクラスの奴等が口裏を合わせて進路相談をボイコットしたとか? だったらまぁ、学校に友達もいない俺には無理な話だな。
いや、人気者の吉田が俺みたいにハブられているわけない、か。
被害妄想を爆発させながら、三年一組の教室に入る。
窓際の一番後ろの席。
そこに髪の長い女子が、窓の外をボーッと眺めているのがわかる。
吉田雫
中一の時に同じクラスだったが、その時は髪の毛が短かかったな。
一言で言うと人気者の女子。これに限るな。
「吉田ぁ、次ぃ」
さん付けで呼び合う仲でもなし。
彼女を呼びながら自分の席である、中央の席に向かう。
反応がない。
チラリと吉田の方を見ると、まだ窓の外を眺めてやがる。
「なんでシカトしてんだよ」
だりぃなぁと思いながら、吉田の席へ向かう。
コンコンと机を叩いてやってから、「吉田」と彼女の名前を、呼んでやる。
「──へ? 谷本?」
「『へ? 谷本?』じゃねぇよ。なにシカトぶっかましてんだよ。次、進路相談」
「ご、ごめん。ボーッとしてた」
「春眠暁を覚えずってか」
「しゅんみんってなんか可愛いくない?」
「いきなしなんの話しをしてんだよ」
ツッコミを入れてやると、いしし、っと笑っている。彼女なりのボケらしい。
それにツッコミを入れてもらえたから嬉しいのだろう。あれがボケってのも高度なものだがね。ちょっぴり変わった女の子だ。
「にしても、窓の外見て、なにを黄昏てたんだか」
窓の外では、野球部、サッカー部、陸上部といった、王道的部活動が今日も活動していた。
そんなグラウンドの中、バスケ部の姿もあった。
ウチの中学では、バスケ部、バレー部、バドミントン部が、シフト制で体育館と外と分かれているらしい。今日はバスケ部が外の日らしいな。
「ん? あれ、そういや吉田ってバスケ部じゃなかった?」
「あー、ね。その……やめた」
「モデルの仕事が忙しい?」
「いや、まぁ……モデルのお仕事って言っても、まだ私は子供だし、そんなに忙しくはない……って言わせないでよ、悲しくなる」
「わりぃ、わりぃ」
モデルの仕事じゃないってことは、受験だからかな。
中学三年になる前に部活をやめて受験に専念する人ってのは多い。そういや、ウチのシニアでもやめた奴がいたな。吉田もその口だろうか。
「──っと、ごめん。行かなくちゃ」
吉田が席を立つ。
「それじゃ、また明日ね、谷本」
視線の先が俺の顔ではなく、俺の胸元あたりを見て来てやがる。
こいつ、中一の時の俺の身長のままの目線で話して来やがるな。
「おいおい。見上ーげてごらんー」
「ほへ?」
俺の指示通りに見上げると目が合った。
彼女が俺を見上げてくるので、少々優越感に浸ってしまう。
「もう中一の俺じゃねぇんだぞ」
「成長したんだねぇ。あの頃はこぉんなだったのに」
言いながら豆粒を摘むみたいな形を作って来やがる。
「俺は豆かっ。そんなに小さかねぇよ」
「いししっ」
ツッコミを入れて嬉しそうにしている彼女の頭に手を置いてやる。
「ふへ⁉︎」
「散々俺のことをチビだとバカにしやがって」
「や、別に、バカにしてたわけじゃ、ないよ?」
「やかましっ」
俺はそのまま頭に乗せた手を、平行に移動させた。すると、自分の顎に当たる。
「へへっ。こんだけ差ができたぞ。ざまぁみろ」
笑いながら言ってやると、中一までは見下して見てきた吉田が、上目遣いで見て来やがる。顔まで真っ赤にして、さぞ怒っているのだろう。
「わ、私、行くからっ」
逃げるように教室を出て行く吉田。
ふっ。勝った。
中一の時は巨人と思っていた吉田に勝った瞬間である。
「──にしても、上目遣いの吉田は、えげつないくらいに可愛いかったな」
流石はモデル様ってことか。




