第27話 MAX144km/hから145km/hへ──上がる速球と残酷な現実
U‐15日本代表選抜、最終選考。場所は神奈川県の横浜市にある、社会人野球の超名門チームの専用グラウンド。やはりリトルシニアが使っている球場とは違い、プロさながらの立派な球場。
その球場に集まったのは、俺みたいなリトルシニアや、ボーイズ、ヤング、軟式野球からも来ているらしい、50名。
そしてこの中から代表になるのは、20名だ。
周りを見渡すと、知っている顔はほとんどいない。
みんな顔が強張っていて緊張が走っている。
「──おい、あれって去年も代表だった」
「谷本瀬綱だ」
「でけぇ……」
どうやら、中学野球界では少し俺の顔は広いらしい。チラチラとこちらを見られてしまう。
俺としてはチャレンジャーのつもりだが、周りがそれを許してくれないらしい。
日本代表になって当たり前。エースで当たり前。そんな奴を超えたら自分は凄い。
そんな標的になってしまっている。
──正直、怖い。
ここで落ちたら笑われる。
「自分、谷本やんな?」
ふと、関西弁で声をかけられ、振り向くと短髪で金髪の小柄な男子が横にいた。
「おいおい、そんな怖い顔すんなや」
「そんな怖い顔してる?」
「やばいで自分。全員しばき回すって顔してるわ」
「そんなつもりは……」
「わーってるって。あ、すまんな。俺は猿川大翔や。よろしゅうな」
「サル……」
「おい、誰がスーパーサイ〇人や」
「いや、猿っぽいって思って」
「素直かっ! あっはっはっ」
ポンポンと背中を軽く叩かれる。
「俺、セカンドやからポジションちゃうけど、まぁ、同じ代表なったらよろしくしたって」
「ああ。よろしく」
随分とリラックスしているが、余裕があるのだろうか。その精神が少し羨ましく思うのと同時に、声をかけてくれて、緊張が少し解けたのがわかった。
♢
最終選考がスタートして数時間。
淡々と行われる最終選考も大詰めになって来た中、メインの実戦形式のテストが行われる。
投手陣が実際にマウンドに上がり、野手陣を相手に投球する。
評価基準はわからないが、俺は打者を相手にどれだけ抑えられるかだと思う。その中で、ただ速い球を投げれば良いというわけじゃない。ボールのキレ。回転数。あとは制球、キャッチャーやバックの守備陣とのコミュニケーションも評価の対象になることだろう。
プロさながらのマウンドに立つ。いつものグラウンドと違い、なんだかマウンドからキャッチャーまでが遠く感じる。本当に同じ、18.44mなのだろうかと疑う。本当はもっと遠いんじゃないか。そう思うのも、緊張しているからだろう。
1番目の相手は、ここまで高成績を残しているボーイズの選手だ。名前は──田中、だったか。塁間の走塁も、スローイングもトップだったな。守備位置は、ショートだったか。打撃も凄いのだろう。間違いなくチームの要の選手だ。
「しゃあ!! 打たしていくぞ!!」
緊張をほぐすために守備陣に声をかけた。「おお!!」「しゃあ、こー!!」とセカンドとセンターだけが返してくれる。いきなり知らないチームの奴から声をかけられたら、中々反応できないわな。なんかちょっと恥ずかしい。
「ふぅ……」
深呼吸を一つして、カチカチのグローブを触る。
吉田のグローブ。
使い勝手が悪いったらない。
さっきもキャッチボールで何回か落としてしまって、その度に審査陣がカキカキしやがるから、もうこっちは気が気じゃない。
でも、それでも、このグローブのおかげでここに立てた。
吉田がマウンドまで繋いでくれた。
その恩は、日本代表という結果で返さないといけない。
「プレイッ!!」
キャッチャーの後ろにいる主審から審査開始の合図。
セットポジションから足を上げ、マウンドの土を踏み込み、腕を大きく振った。
「──ひっ」
ズバンッ!!
「──ットラッ!! クッ!!」
おおおおおお──!!
内角低めに決まった俺のストレートに会場内がざわつく。
バックネットに計測された球速は145km/hだった。
♢
「おつ、かれ、瀬綱」
最終選考が終了し、球場を出るととうさんがお出迎えしてくれる。
ちなみに、女性陣はみぃんな横浜観光に行きやがった。中華街だとさ。神戸にもあるんだからそんなはしゃがなくても良いだろ、と内心思ってしまう。
「その年で、俺、のMAXと同じストレートは……凹む」
うん。自分でも引いてる。
緊張してる中での自己最速は、自分でも驚いている。もっととうさんに褒めて欲しいところだが、とうさんが本気で凹んでいそうなので気を使う。前髪でどんな顔してるかわからんけども。
「とうさんは変化球投手だったんだし、別にストレートにこだわりはないでしょ」
「それは、違う。変化球投手、でも、やっぱり、ストレート、で三振取りたい。でも、才能、ないから、変化球に頼る。瀬綱は、才能あるから、もっと磨いて、ストレートだけで三振取れる、ピッチャーになれば、良い」
親バカとはいえ、元プロ野球選手から褒められると嬉しい気持ちになる。
「でも、なんでそんなに速く? この前まで、140、は、超えてなかった」
「なんでだろう、ね」
「もしかして、吉田って、子の、グローブが、す、ごい?」
家族には吉田からグローブを貰ったことを行きの新幹線伝えてある。
「吉田から貰った」ってだけ伝えたから、最初は男の子から貰ったもんだと思っていた家族。
だけど弥恵が、「シズクたんマジ女神」とか言い出してやがって、吉田が女の子ということが判明。
そしてかあさんが、「もしかして、セツくんが中一の時に同じクラスだった子? わぁ、超かわいー子じゃん」と言い出した。
美玖が、「今度家に連れて来てください。お礼をしないと」と、女子陣がわーわー騒ぎだしちゃった。
「そのグローブ、見して」
とうさんが俺の鞄をジトーって見て来る。(前髪が長過ぎてよくわからんが)
「い、嫌だよ」
「いい、から。見たい。親の言う事、聞く」
「意味わからんタイミングで、親の特権使うなよ」
「今度、焼肉、連れて、行ってあげる、から」
「焼肉は別に」
「え……瀬綱……焼肉嫌いになった……?」
ショボーンとするとうさん。
「いや、めっちゃ好きだけど」
「よかった。だったら、今日の夜ご飯は横浜の焼肉、くう」
どんだけ肉好きなんだよ。
なんてツッコミを入れようとすると、スマホが震えた。
もしかしたら吉田かも。お礼言わなくちゃと思ってスマホを見ると──
「海星?」
そうか。今日、ウチのチームの日本選手権の予選の日だ。
時間的にもう試合が終わっての報告かな。
「もっしー」
軽い口調で電話に出ると、『ぐすっ、ああああああ!!』と碧の泣き声が聞こえてくる。
「え? 碧、泣いてるのか?」
『あ、わりぃな、いきなり』
海星は普段通りの声色だったが、後ろの方で、『泣くな……碧……』と迅平の泣きそうな声が聞こえてきた。
「どうした? なにがあったんだよ」
『すまん。本当にすまん、瀬綱……負けちまったよ』
「え?」
『最後の日本選手権……終わっちまった……くっ……』
海星の言葉の意味を理解することができなかった。
負けた? なにに? 日本選手権が終わったってなに? まだ全国行ってないだろ。てか、まだ6月だし。ほぼ7月だけどさ。え? どういうこと?
頭の中では、わけがわからず、考えがまとまらない。
『引退式……最後に、楽しくさよならしよ、う、な……』
引退という声を聞いて、ようやく理解できた。
そうか。最後の大会で負けて、三年生の俺達は引退なんだ。もうリトルシニアは終わり、なんだ。




