第26話 日本代表になることを誓う
吉田からの電話は初めてだ。
そもそも、LOINを交換はしたが、あまり活用はしていない。チャットのやり取りも少ない中での電話は少し緊張する。
「もしもし」
リビングから出て、廊下で電話に出る。
『もしもし、谷本?』
「お、おう。電話なんて珍しいな」
いつも通りですよぉ、みたいな感じを出した喋り方だが、廊下に自分の声が響いた時に、やけにうわずる自分の声が恥ずかしい。
『いしし、なんかいつもの谷本の声じゃないみたい』
「そっちもな」
そんな前置きをしていると、沈黙が流れる。静寂の廊下には、リビングから家族の笑い声がよく聞こえて来る。
「そ、れで、どうしたよ?」
本題に入ろうと、こちらから仕掛ける。ただし、用件があるのは向こうだから、こちらからは質問しかできない。
『あ、うん。えっと……』
電話の向こう側では、どういえば伝わるか、という言葉の選択をしているのがなんとなくわかる。
『今すぐに会いたい』
選んだ言葉が、まるで恋人みたいなセリフで、こっちの心臓が高鳴ってしまう。
おいおい。お前、俺と付き合ってたっけ? あはは。なんて、照れ隠しのセリフを口から出して、ちょっとは心臓の高鳴りを抑えるとするか。
「俺も会いたい」
あ、うん。俺、何言ってんのよ。
脳裏に描いていた自分のセリフとは真逆に、ストレートなことを口走り、更にこちらの心臓が高鳴る。
ふぅん、谷本私と付き合ってたっけ?
そんなセリフが来ると思った。
『あ、りがと……あ、え、と、ね。中央公園で良い?』
「あ、ああ」
『それじゃ、あとで』
そう言い残して電話は切れた。
「──っ」
俺、今、めっちゃ恥ずかしいセリフ吐いたよな? 俺も会いたいってなんだよ。彼氏気分かっ。
♢
家族に事情を話し、先に駅に向かってもらった。俺は駅までの道を少しズレ、中央公園にやって来た。
ウチの中学校は、小学校が三校合併して集まる。それぞれの小学校の中央にあるから中央公園。だから、小学校が違う吉田も、中央公園の存在は知っていて当然だ。ちなみに正式名称は中央公園ではない。
そんな正式名称不明の中央公園のベンチの前には、見慣れない自転車がある。ベンチには吉田が制服のまま座っていた。膝もとにスクールバッグを乗せ、スマホを眺めている。学校の帰りかな?
「──よっ」
声をかけると、スマホを眺めていた顔を上げ、こちらを見る。
「よっ」
俺の真似した挨拶を見て、いつもの吉田だと思い、緊張が和らぐ。
さっきの電話の態度をいじられると思ったが、どうやらそんな気配はない。
「どうしたの、その荷物」
俺が持っているリトルシニアの鞄を見て首を傾げた。
「最終選考は明日だけど、今日前乗りで横浜のホテルに家族で泊まるんだよ。だからこのまま駅に向かおうと思って」
「ええ、そうだったの!? 私、てっきり明日新幹線で行くと思ったから……ごめんね、忙しい時に呼び出しちゃって」
「そんなん吉田優先だろ」
申し訳なさそうにしている吉田に対し、素直に思っていることを口から出してしまう。それがどれほど恥ずかしいことか……。
おい吉田。お前もいじってこい。なにを黙ってやがる。
「きょ、今日は、サンキュな」
あまりにも恥ずかしいので、話題を変える。
「吉田が有河に向かっていったの、すげー嬉しかった」
「谷本だって井駒さんに向かってくれたんだもん。あれくらいは当然だよ」
「持ちつ持たれつってやつか」
「いしし、なんか餅つき大会みたいだね」
こいつはなにを言ってんだか。相変わらず吉田だな。
「だけどさ──」
昼を思い出し、少しゾッとしてしまう。
「顔は命なんだから、あそこまでやらなくても良い」
「私のかわいい顔がぐちゃぐちゃになるの、嫌?」
「嫌だな」
「ふぅん。それって私のこと好きってこと?」
ニタニタとした顔で聞いてくる。こいつ、からかって来てやがる。
「ああ。そうだな」
「……え?」
まさか肯定してくるとは思ってなかったらしい。途端に慌てて、挙動不審になる。
「それって、ええっと、あの……ぇぇ……私、も──」
「前、ウチの練習場で撮影していた時から、モデルの吉田雫のファンになっちまった。なんて言うんだろ。モデルは誰かと競うわけじゃない。だけど、カメラの向こう側には強敵がいて、そいつと戦っているような覇気を感じてさ。そんな圧倒的なプロの迫力に、俺も、『やってやる』って気になっちまう。そんな吉田雫が好きだな」
「ぁ……そういう……」
「なに? 告白でもされると思った?」
「──っ!?」
吉田の顔が赤くなり、「ち、ちがうし!!」と脇腹を軽く小突いてくる。
「でゅくし!!」
「あはは!! んだよ、小学生かっ」
「中身は永遠の小学生だよん」
「肯定すんなっ」
でゅくし、でゅくしと脇腹を小突いてくるのが照れ隠しなのがバレバレだ。
「だからさ、だから……吉田には顔を大事にして欲しいなって、思う」
未だに脇腹を小突いてくる吉田に伝えると、でゅくしをやめた。
「──わかった。谷本も右手は使わなかったもんね。だったら私も、もう簡単に顔面を捨てるのはやめるよ」
「……ぷっ。なんか、アンパ〇マンの引退宣言みたい」
「『ぼく、アンパ〇マン。新しい顔だお』」
「似てねー」
あはは!!
そんなくだらないことで笑い合う。
吉田とのこんな時間が本当に好きだ。
「それで、ごめん。今日はどうしたんだ?」
ひとしきり笑ったあと、本題に入る。
わざわざ電話して、呼び出したってことは、なにか重大な理由があるのだろう。
「うん。あの、さ。良かったらで良いんだけど……」
吉田は膝に乗ってけていた鞄から、なにかを取り出し、それを手渡してくれる。
「これ、貰ってくれないかな」
「それ、吉田のグローブ……」
それは最新モデルの硬式用グローブ。
いつも昼休みになったら俺とキャッチボールをしてくれる、吉田の相棒だ。
「本当ならこんな使い古しのじゃなくて、お店で買ったり、オーダーメイドしたりするのかな? だけど、そんな時間ないだろうし……だから明日だけでも使って」
「吉田……」
俺はそのグローブを受け取り、左手にはめてみせる。
型もなにもなっていない、まだ硬いグローブ。使い勝手はお世辞にも良いとは言えない。だけど、吉田の想いが詰まっている気がして、なんだか泣けてきた。
「──ありが、とう……」
涙が頬を伝い、グローブに落ちた。
「俺……グローブなく、て、どうしようって思ってて……吉田が、グローブ、ありが、とう。ほん、と、ありが、とう……」
グローブ問題が胸にあり、どうしよう、どうしようって内心思っていたから、安心すると涙が溢れ出た。
「ご、めん、いき、なり、泣いて」
ださい姿をさらしているのに、吉田の顔は優しい聖母のような顔をしている。
「言ったでしょ。私の前でなら、泣いていいよって」
そう言って、頭を撫でてくれる吉田の優しさが伝わり、赤ん坊みたいに泣いてしまった。
「それで日本代表、勝ち取ってくれたら嬉しいな」
「お、おう」
涙を拭い、なんとか笑ってみせる。
「絶対に日本代表になってくる!」




