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せつなのダイヤモンド  作者: すずと


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第25話 タイムリミット寸前のきみからの電話

 貶されようが、殴られようが、そんなことはどうだって良い。親が学校に来て、向こうの親が来て、先生がいて、学年主任が、校長がいて、大人たちだけで話し合い。当事者の子供たちは空気。


 俺の一番欲しいものなんて無視した学校側は、これ以上事を大きくしたくないからなんだろうな。話し合いをしたよ。向こうから謝ったよ。それで良いよね? なんて自分たちの保身のためにしか動かない。


 向こうの謝罪の言葉なんて必要ない。必要なのはグローブだ。


 ♢


「もぅ、セツくん。喧嘩は、めっ、だよ」


 放課後の夕方。家に帰って家族がリビングに揃った時、見た目が明らかに年下の母親である、谷本桃《たにもともも》に怒られる。


 その怒り方は中学生を叱るようなものではなく、幼子を叱るやり方。自分の見た目が幼いからくるコンプレックスみたいなものなのかね。


「ごめん、かあさん。でも、来てくれてありがとう」


 姉と妹が大人びているからか、このロリおばさんへの反抗的態度は失せてしまう。


 これってマザコンなのかな……反抗期が来ないのは将来的に自分でも不安だ。


「ううん。セツくんのためなら、ママ、仕事中だろうとなんだろうと、どこへだって駆けつけるよ。ね? テンちゃん」


「……」


 かあさんの隣にいる、ゴツゴツした身体の父親、谷本天馬《たにもとてんま》は、長い前髪で顔がよく見えない。


「……瀬綱は、野球、してるから、喧嘩は注意」


 途切れ途切れの言葉はどこか怖い。身長は160センチしかないけど、そのゴツゴツした身体で殴られれば、ひとたまりもないだろう。


 でも、とうさんは決して人を殴るなんてことはしない。


「ごめん、とうさん。気を付けるよ」


 素直に謝ると、ポンっと肩に手を置いてくれる。


「中学生、だから、そういうのも、ある。仕方、ない。その時、は、いつでも、頼って、良い。俺は、瀬綱の味方」


 こんな優しい両親だからこそ、俺は恩返しをしたい。


 最大の恩返しはプロ野球選手になって活躍することだと思っている。


 とうさんは元プロ野球選手だったが、一度も一軍のマウンドに上がることができずに契約解雇になってしまった。今は焼肉屋を経営しており、その人柄から元チームメイトや地元の人で賑わっている。かあさんはその手伝いをして家計を支えてくれている。


 そんなとうさんとかあさんは高校の時の野球部とマネージャー。一年生から付き合いだし、当時からラブラブなのは学内でも有名だったとか。それで甲子園で優勝と同時にプロポーズをしたって話。


 とうさんがプロ野球選手になった時に一番喜んだのはかあさんだし、クビになった時に一番悲しんだのはかあさんだ。


 だからこそ、俺は両親のためにプロ野球選手になって、とうさんの夢でもあった一軍のマウンドに立って、その姿を両親に見せたい。


「でも、喧嘩の代償がグローブは笑えないですね。許せません」


 妹の美玖が俺のために怒ってくれているけど、その言動が母親にしか見えん。


「私のセツきゅんのグローブをよくも……成敗、成敗してやりゅ!!」


 弥恵。お前は本当にクールビューティーな見た目で、とんでもない言動だな。でも、助かるよ。


「お父さんのグローブを瀬綱に貸してあげるのはダメなのでしょうか?」


「パパ、は、左、利き」


「なるほど……瀬綱、今日から左で投げてください。これでバッチリ解決です☆」


「発想が大人の振りした小学生だなっ、きみ」


「正真正銘の小学生ですよ」


「忘れてたよ」


「いっそ、グローブなしで行けば良い。セツきゅんなら、全裸無双も可能だろ」


「運営に怒られるわ」


「全裸というのは、装備がないという意味だが?」


「わかってんだよ!! 誰が言葉の通りに捉えるかっ!!」


「なに? 私のナイスバディが見たいって? しょうがない、ほら風呂に行くぞ、セツきゅん」


「待て待て弥恵。今はお前のボケの相手をしている場合じゃない」


「ママもボケたいよぉ」


「それは年齢てきな意味でボケるってこと?」


「私まだ40歳だよー」


「40の態度じゃないんよ。4の態度なんよ」


 家族が集まると大体カオスになる。仲良し家族なのは救いだけど、それですべての難問が解決するわけじゃない。


 結局、グローブをどうするか決まらないまま、無情にも家を出る時間になってしまった。


 明日は、俺の人生を懸けた日本代表最終選考。場所は横浜。 選考会は朝が早いため、今夜のうちに現地入りして前乗りする予定だった。


 本当はとうさんと二人で行く予定だったが、「店を休みにするなら私も!」とかあさんが言い出し、さらに美玖と弥恵が、「横浜に行くのはズルい、中華街!」と暴れた結果、なぜか谷本家総出の横浜旅行にすり替わっている。


 玄関に置かれた、家族分の旅行バッグ。 その中で、俺のスポーツバッグだけが、相棒を失って不自然に軽かった。


 本当に、どうすっかなぁ……。


 弘法筆を選ばず、なんて言うけれど、自分の手に馴染んだあのグローブがなくて、明日、全国から集まるバケモノたちを相手に戦えるのだろうか。


 大きなため息を吐いた、その時だった。


 ズボンのポケットの中で、スマホが激しく鳴り響いた。


 画面に表示された名前を見た瞬間、俺の心臓が跳ね上がる。


 ──『吉田雫』


 俺のために全てを捨てて怒ってくれた少女からの、タイムリミット寸前の着信だった。


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