第23話 おまえだけは許さない
「──吉田っ。おい、吉田!」
俺の手を引っ張って廊下を駆け出した吉田は、何回かの呼びかけで、ようやくと立ち止まってくれる。
「ぁ……」
そして、思いっきり手を握っていることに気が付き、慌てて手を離した。
「ご、ごご、ごめんね、いきなし」
「いや……その……」
なんて、女子と手を繋いでドキドキしている場合じゃない。
「正直さ。なんとなく心当たりがあるんだ」
こちらの言葉に、吉田も、そういう状況ではないことを察してくれて、すぐに切り替えてくれる。
「そうなんだ。思い出したの?」
「いや、あんまり誰かのせいとかにしたくはないけど……」
教室を出て行く時の有河の顔が過ぎる。だけど、可能性は高い。
「もしかしたら有河が隠したかも」
「有河くんが?」
吉田は俺が出した名前を繰り返し、少し考えてから答えてくれる。
「あり得るよね。谷本にやたら言ってくるみたいだし。私でいう井駒さんみたいな感じで、嫌がらせするっていうのは可能性がある。でも、明日が谷本の最終選考って、タイミングが良すぎない? 有河くんに言ってないよね?」
「俺からは言ってない。だけど、どっかから噂で聞いたんだろ」
「──そうだね。噂ってすぐに漏れるし」
心当たりがあるみたいな言い方は、吉田も経験があるんだろう。モデルをやってたら、色々とあるわな。
「有河くんに直接問いただす?」
「直接言っても白を切られるだけだ。てか、そもそも、俺らじゃシカトぶっ込まれて終いだろ」
「じゃあどうすんの?」
「……唯一絡んでくれそうな奴に聞くか」
♢
「──というわけで、上原くんを確保しました! 隊長!」
早速と上原を見つけ、羽交締めにして拘束する吉田。
「ちょっ! まっ!?」
ジタバタしてる上原と吉田の身長差は5センチ程、吉田の方が高い。そして力でも負けており、離されない。
「うむ。流石はシズクたん。ナイスバカ力」
「ちょっとー。その呼び方は弥恵姉以外やめてよー」
そっちかよ。
「ちょ! まっ、は、離せっ! 背中に柔らかい──」
ガシッと俺は上原の頬を掴んだ。
「おい。背中の神経を殺せ。さもなくば殺す」
「ひっ……」
上原は俺の脅しに命の危機を感じたのか、火事場のクソ力で吉田の羽交締めをなんとか解いた。しかし、力を使い果たしたのか、その場でひざまづく。
「なぁ、上原──」
「ごめん!」
そのまま土下座をして謝ってくる。それは吉田の柔らかい感触を楽しんだことではなく、俺への謝罪なんだろう。
つまりはなにかを知っている。それは有河が俺のグローブを隠したことを。という風に、瞬時に理解できる。
「グローブさえ返ってくれば良いから、さっさとどこに隠したか言え」
「俺は……俺は嫌だった。だけど、『やらないとお前もハブるぞ』って言われて、仕方なく──仕方なかったんだあ!!」
はぁ。やれやれ。こんなしょーもない奴のことなんて心底どうでも良くてため息が出る。怒りもわかん。
「わーったから、どこに──」
「本当は捨てたくなかった!!」
「……は?」
こいつは今、なんてった? 捨てた? なにを?
「たにもっちゃんが大事にしてるものを捨てるなんて嫌だった!! 小学校の時から野球道具を大事にしてるのを知ってた……だけど……だけど──」
え、さっきからなにを言ってんの? 隠したんだろ? 捨てた? 捨てるってなんだ? え、わからない。
こちらの頭が真っ白になっていると、吉田が上原の胸ぐらを掴んだ。
「どこに捨てたの?」
「俺は……」
「お前のことなんて聞いてない!! どこに捨てたのか聞いてんの!!」
吉田らしからぬ怒号。いつも、ポケーっとしている吉田から出たとは思えぬ声に、上原は恐怖し、泣き出してしまった。
「がっ、この……ゴミ捨て場……」
「本当の意味で、捨て、たんだ……」
吉田はそのまま上原を掴んでいた手を離す。その場で、へなへなっとなる上原なんて目もくれず、吉田は今一度、俺の手を引っ張ってくれる。
「ゴミ捨て場にあるってわかったんだから、行くよ谷本っ」
その希望の掛け声にも似た声で我に返る。
「お、おう」
そうだ。ゴミ捨て場にあるってわかったんだ。物が返ってくればそれで良い。
俺は希望を抱き、ゴミ捨て場へと駆け出した。
♢
しかし、俺の希望はすぐに絶望へと変わる。
「そんな……」
今日は回収日だったのか、ゴミ捨て場は皮肉なことに綺麗だった。
ゴミ捨て場とは思えぬほどに、だ。
俺と一体になっていた、あの泥塗れの相棒は、もう……この世のどこにもない。
頭の芯が急激に冷たくなって、視界がぐにゃりと歪む。
悔しいとか、憎いとか、そんな感情すら湧かない。
ただ、パチンと頭の中で何かが切れる音がした。
「ま、だ……まだわかんないよ! 谷本スマホ持ってるでしょ。だから電話とかして──」
吉田が必死に、掠れた声で俺を奮い立たせようとしてくれている。
諦めなければとか、まだ間に合うとか、そんな綺麗事で動ける方の人間ではある。だけど今回は……心が折れちまった。
「あ、りがと、吉田。こんなに一緒に探してくれて。吉田だけだよ、こんなになって探してく──」
情けない声で笑おうとした、瞬間だった。
ぎゅっと、壊れ物を扱うような優しさで、吉田が俺を抱きしめていた。
「私の前でなら泣いたって、良い、んだよ……。辛いよ、ね。くや、しいよね。なんで……って……思う、よね」
耳元で聞こえる吉田の声は、激しく震えていた。
「なんで、吉田が泣いてんだよ」
「だって……いつも側にいて、くれ、る、人が、こんな、め、あってる、の……悔しい、よ……」
背中に回された細い腕。俺の頭を不器用に、だけど全力で愛おしそうに撫でてくれる吉田の手。その温もりが、冷え切った俺の心に、じわじわと涙となって溶け出していく。
大事な相棒を失った。明日の最終選考は上手くいかないかもしれない。なのに、吉田の腕の中にいるだけで、俺の荒みかけた心は不思議なほど穏やかになっていく。
「──ぐすっ。……行こう」
吉田がパッと体を離した。
その目には、涙の代わりに、闘志のような目が宿っていた。
「今度は、私が谷本のためにやる番だね」
そう言って、吉田は俺の手を強く引き、再び駆け出す。 迷いのないその足が向かう先は──有河のいる、三年一組の教室だ。




