第20話 MAX142km/hから144km/hへ──バフの効果がえぐすぎる
監督の伝言という名のお節介を終え、ベンチに戻ると、監督は満足そうな顔をしていた。
「しゃああ!! いくぜ、おらああ!!」
自軍の攻撃は3番レフト海星からだ。右投げ右打ちの海星が、ダイナミックなフォームで相手ピッチャーを威圧している。
「安心したよ」
隣に座る迅平が独り言のように言ってくる。
「なにが?」
「いや、なに。瀬綱は学校でハブられていると聞いたからな。心配していたが、仲良さそうな人がいると聞いてな」
「ああ。吉田は……吉田だけは学校で仲良くしてくれる、ありがたい人だよ」
「本来なら俺たちが瀬綱と同じ学校に転校するべきなんだがな」
「どんな本来だよっ。でも、そう言ってくれて、本当に嬉しいわ」
「……できれば高校でも共に野球がしたかったのだが、そうもいかないだろう」
そう言われて即答できなかった。
俺だって本当はこいつらとずっと野球がしたい。だけど、俺は高みを目指したい。もっと、もっと野球が上手くなって、甲子園に出て、プロになって──。
「迅平は進路決めてんの?」
自分の本音を言うのが怖くなって、話を逸らした。答えにくい質問だったことを迅平も自覚しているみたいで、俺への質問に答えてくれる。
「俺は……俺たちにはスカウトは来ないだろうからな。その辺はわきまえて、みんなで学力を合わせてどっかの公立校に進もうと思う」
みんなってのは、幼馴染三人ってことだろう。
「公立校で伸び伸び野球をやるさ」
「──羨ましい」
「え?」
「あ……」
つい漏らしてしまった俺の声に、迅平は少しだけ驚いた顔をした。でも、すぐにいつも通りの顔になる。
「高校は違ったとしても、俺たちが仲間なのに違いはない。だから、瀬綱が羨ましがることなどないさ」
「迅平……」
そうやって言ってくれる迅平は、どこまでも良い奴だと改めて実感させられた。
♢
そんな迅平はあっさり三振で終わったってのは置いておき、回は7回。所謂、ラッキー7だが、リトルシニアでは最終回。
ここまで0行進で抑える、絶好調の碧。ただ、その顔には疲労が見えた。ワンアウトを取った次のバッターに、右中間を破るスリーベースヒットを打たれてしまい、続くバッターにはスクイズを意識しすぎてフォアボール。
「ここまで、だな──瀬綱」
「投げるんですか?」
「ああ。碧のためにも刹那で終わらせてこい。瀬綱なだけに」
「監督。毎回それ言いますけど、面白くないからやめてください」
「ごめん」
人の名前でダジャレを言ったあと、監督がタイムを取る。俺はベンチから駆け足で内野陣が集まっているマウンドへ向かう。
「あーあ、ピッチャー交代か」
俺の顔を見て碧がやるせない顔をしてみせた。
「碧ちゃん、今日、めちゃくちゃ凄かったよ。捕っててすげー楽しかった」
「サンキュ」
正捕手の関谷がキャッチャーミットを碧に突き出すと、ポンっと碧はグローブを合わせた。
「あとは任せた、セツ」
そう言いながらボールを俺のグローブに預けてくれる碧。
「任された」
「もう、一瞬で終わらせてよ。せつなのダイヤモンドを披露して、私を気持ち良く勝利投手にしてよね」
「碧、お前もか……」
どいつもこいつも人の名前で遊びやがって。
「谷本さん。いつも通りで良いですか?」
「だな。いつも通りで……」
そんな相談にもならない会話をして、内野陣がそれぞれ守備位置につく。
いつも通り、か。
投球練習をしながら、チラリと一塁側スタンドを見ると、吉田が宣言通りにガッツリと見てくるのがわかる。
今朝のプロの顔を見た俺の胸の内からは、なんともいえない闘志の炎というか、やる気がみるみるとみなぎってきる。
「わりぃな。いつも通りにはできねぇみたいだ」
マウンドに立ち、鋭い視線をバッターへ向ける。
今朝、あのファインダーの向こうで、一人で戦っていた吉田のあの一瞬の煌めき。
──負けてられっかよ。
胸の奥で、静かに、だけど爆発的な熱量を持った炎が吹き上がった。
ランナーを背負い、セットポジションから、左足を鋭く踏み込んだ。
大きくしなる剛腕。
指先から放たれた白球が、空気を切り裂く爆音を立ててキャッチャーミットへと吸い込まれる。
──ズバンッ!!!
バッターはバットをピクリとも動かせず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「ストライック!!!」
球審の乾いたコールと同時に、バックネットに映し出されたスピードガンが、とんでもない数値を弾き出す。
144km/h
ざわり、と球場全体がどよめきに包まれた。
一塁側スタンドで、息を呑んでマウンドを見つめる吉田の姿が見えた。
どうだ、吉田。
これが、俺の戦場だ。
一度きりの一瞬に、すべてを懸けて輝く。
この『せつなのダイヤモンド』の中心に立つのは──俺だ。




