第19話 きみとツーショット
吉田のプロの仕事ぶりを見て感化された気になった俺は、今すぐにマウンドへ立ちたい。
そんな思いとは裏腹に、今日はベンチスタートだ。
相手さんの実力は未知数。なんてったって今日初めてやるチームだからな。ただ最後の日本選手権だ。絶対に負けられない。
「珍しいな瀬綱。投げたくて、うずうずしてるって感じが出てるぞ」
俺の気持ちを見透かしたように監督が言ってくる。
「そうですね。今なら完全試合できそうです」
「好きな人のカッコいい姿を見たら、自分だって見せたいわな」
「なっ!?」
監督の言葉に、こちらが言葉を失うと、かっかっかっと大きく笑われた。
「中坊の考えなんて、浅い、浅い」
そりゃ、監督からしたら俺の考えなんて浅はかってのはわかるけどさ。この監督、昔、囃し立てるタイプの子供だったに違いない。
「ま、好きな人がせっかく来てるけど、今日、瀬綱の出番はなさそうだな」
「……そうですね」
監督の言っていることはもっともだ。
それっていうのも、先発の碧が良すぎる。
小さな身体をダイナミックに捻ったトルネード投法。そこから放たれるストレートは、目測で130km/hは出ているんじゃないかと思う。そんな碧はバッターたちを力でねじ伏せていく。
「今日は碧で完封させたいな」
「こんな絶好調の日に途中交代なんてあり得ないですもんね」
「そゆこと。だから、碧のお父さんとお母さんに伝令、頼めるか?」
「……へ?」
どゆこと?
訳がわからず、頭の上に?マークを出すと、監督はニヤリと笑いながら言ってくる。
「ほらほら、一塁側スタンドに早く行け」
「あ、そゆこと」
♢
あの野次馬監督め。いらぬ気を使いやがって。
なんて思いながらも、どこか感謝している自分がいる、思春期大爆中の俺。
カツ、カツなんてスパイクの金属がコンクリート地面と重なる度に鳴る音を立て、一塁側スタンドへとやって来た。
一応、伝令としてやって来たため、高槻コーチと芹佳さんへ監督からの言葉を伝えに来たんだが──。
「なんだ、これ」
一塁側スタンドは、吉田を中心にお菓子パーティが開催されていた。
「お、セツ!! お前も来いっ!!」
俺の存在に気が付いた高槻コーチが手招きしてくれるので、その輪に入る。
「いや、雫ちゃん、本当に良い子だな、おい」
「そうよぉ。この前も練習見に来てた時、めっちゃ良い子だったんだから」
そういや吉田のやつ、4月に練習見に来た時、保護者と仲良くなったとか言ってたな。コミュ力お化けか。
そんな話題の中心の人物は、保護者の方々から頂いたお菓子を幸せそうに食べていた。それを少し苦い顔で見ている安藤さん。
「良いんですか? モデルがあんだけ食べて」
「まぁ、体型さえ維持してくれれば」
そうは言うものの、どこか複雑そうな面持ちの安藤さん。
吉田。察して食べるのを控えろ!! って念を送るが──「雫ちゃん。これも食べて」と6番ショート和田のお母さんが追加攻撃。
「はひ!! あひがとうひょひゃいまふ!!」
行儀わりぃな、おい。さっきのプロの顔はどこへいったのやら。
「もしかして、谷本選手?」
お祭り騒ぎの中、見知らぬ男性に話しかけられた。チームメイトの保護者の顔は把握している。なのでチームメイトの保護者ではなさそうだ。大きなカメラを持っているから、カメラマン……スカウト関係の? ……あ、違うわ。吉田のカメラマンだ。
「はい。谷本です」
「やっぱり。動画で見るよりも大きいね。あ、失礼。私、こういう者です」
スッと名刺を渡されて見ると、やはりカメラマンだった。中野大樹と書かれた名刺をどうしようか悩んでいると、「ごめんね」と声をかけてくれる。
「名刺とか要らなかったね。適当にしちゃって」
「あ、いえ」
とりあえず、尻ポケットに入れると、中野さんがジーっと見てくる。
「去年の日本代表戦、見たよ」
「ありがとうございます」
なかなかコアな野球ファンだな。あんまりU―15の野球って見ないだろうに。
「息子がね、今、リトルで野球やってて。シニアかボーイズか色々チームを一緒に考えているんだよね。この地域ならボーイズかなぁって思ったんだけど、リトルシニアには谷本選手みたいな凄いピッチャーもいるし。それに今投げてるトルネードの女の子。凄いね」
「正直、ウチのチームはおすすめです。監督、コーチ、スタッフが良い人……優秀? なんて言うんですかね。すごく良くしてくれます。ただ、やっぱり移動とか、そういうところがあると思うので……」
「いやいや。細かいところはなんでも良いんだ。チームの雰囲気が良くて強いなんて素晴らしいね。ありがとう、教えてくれて」
中野さんはカメラを構えた。
「お礼に撮ってあげよう」
「え!? いや、良いですよ……」
プロのカメラマンに撮られるなんて恐れ多い。そういのは吉田っていうプロのモデルがやるべきだ。
チラリと吉田を見ると、まぁだ食ってやがる。保護者の人達も野球をやってる子供の親だから、食う子が好きなんだよなぁ。
「あ、なーる」
「?」
中野さんが何かに納得すると、「雫ー!」と吉田を呼んだ。
え、なんで吉田を呼んだの?
「ちょっと、すみません」とお菓子をもぐもぐしながら、吉田がこちらに駆け寄って来る。
「中野さん。どうしました?」
「俺さ、谷本選手のファンなんだよね。それで、雫のファンでもある。二人の推しを同時に撮りたくてさ」
ニッ、うまいこと言ってツーショット撮ってやるよ、ってのが見え見えですよ、中野さん。
「え、えー。谷本とツーショットかー」
「そんなこと言いながら前髪を気にするのは、緊張してる証拠だぞ、雫」
「ちょ、そんなことないですから」
ぷんぷんと怒る吉田と共に並び、完全に写真を撮ってもらう流れになってしまった。
「はーい。もっと寄ってー」
中野さんに指示されて、仕方なく寄る。
「お前、今日ここで撮影ってこと、わざと黙ってたろ」
「いししー。サプラーイズ」
「ほんとびっくりしたわ」
「どうだった? 私の仕事ぶり」
安藤さんと同じこと聞いてきやがる。
「綺麗だった」
安藤さんには、つらつらと長ったらしく答えてしまったから、本人には端的にわかりやすく伝えたつもりだった。
「──っ!?」
顔を真っ赤にして、俯いてしまう。
言ったあとに思うが、それは端的で一番恥ずかしいセリフだったのではないかと思ってしまい、こちらも顔が赤くなってしまった。
「はい、二人共、顔あげてー」
いや、この真っ赤な顔で、顔を上げるとかできんの? って、隣の吉田は顔を真っ赤にして顔を上げてんな。これじゃ、俺だけが恥ずかしいって思っているみたいじゃないか。
気合いで顔を上げて、カシャっとシャッター音が響く。
「おっけー!! 抜群の一枚!!」
ほんとかよ。
疑いながらも、顔の赤さは引かない。
「ね、谷本。今日、出ないの?」
「今日は投げる予定はないんだ」
「そっ、か。なら、もしだよ。もし、出たら、めっちゃ見るね。さっき、谷本が私を見てくれたみたいに」
「──っ!?」
くぅぅう。ガン見してるのバレてた。




