第16話 恥ずかしいことを言ったら悶絶して走るタイプ
吉田のじいさんはめちゃくちゃ野球が好きみたいだ。
「ワシが子供の頃は、野球以外に選択肢はなかったからのぉ。ワシも甲子園を目指して切磋琢磨していたのぉ」
「ポジションは?」
「大太鼓」
「あー」
アルプスってか。
「おじいちゃん。谷本に絡み過ぎ。安藤さん来たよ」
やたらめったら俺に絡み続けていたじいさんを注意してくれる吉田。
その隣には、いつ現れたのか、スーツ姿の大人の女性が立っていた。
「お邪魔します、吉田さん」
「安藤さん。ささっ、こちらにどうぞ」
吉田のじいさんは、俊敏な動きでスーツ姿の女性をダイニングテーブルへ招く。
どうやらスーツ姿の女性は、この家の人間と親しいらしいな。
もしかしたら吉田のマネージャーとか?
「瀬綱くんも、こっちおいで」
スーツ姿の女性を見ながら関係性を考えていると、吉田のじいさんが孫を呼ぶみたいなテンションで手招きしてくれる。
なんだかすっかり孫みたいな扱いを受けているが、正直、親しくしてくれるのはありがたい。
俺は吉田のじいさんの隣に座る。目の間には吉田雫。その隣にスーツ姿の女性が座る構図。
「はい、安藤さん。お茶、飲むでしょ」
吉田のおばあちゃんが、真っ先にスーツ姿の女性にお茶を差し出す。
「いつもありがとうございます」
何回か訪れているんだろうな。スーツ姿の女性は、遠慮っぽい声を出しつつ、お茶を頂いていた。
「瀬綱くんは、これで良い?」
バンっと差し出された紙パックのジュース──。
「ザバス!?」
「男の子はプロテインでしょ?」
「……いただきます」
プロテインを差し出されたのは初めてだから、飲んで良いか迷ったが、「遠慮せず」とじいさんも言っているので、軽く振ってから頂こう。
「谷本さん。今日はいきなり来てもらってすみません。私はこういう者です」
おっと。スーツ姿の女性が名刺を差し出して来た。プロテインを振っている場合じゃない。
名刺を貰うのはこれで何回目だろう。初めては立星のスカウトか。次いで、千辺、金剛、王実──ありがたいことに、沢山のスカウトが名刺をくれたな。
「『オフィス・ダイヤモンド』で雫のマネージャーをしている、安藤藍と申します」
やっぱり吉田のマネージャーだったか。しかし、なんで俺は吉田の家で吉田のマネージャーから名刺を貰っているんだろうか。
なんてことは後回しだな。
一応、名刺の受け取り方はなんとなくわかっているつもりだ。
「初めまして、谷本です」
こちらは中学生なもんで、名刺なんてありゃしないから、そのまま名刺を左側に置いた。
「本日は忙しい中、ご足労願いありがとうございます。といっても、私の家でもないのにこういうのは失礼ですが」
「はあ……」
こちらが、なんのこっちゃな返事をしたことに勘づいたのか、安藤さんは吉田を睨む。
「雫。谷本さんに事情は話した?」
「へ? あ、いやー……」
「はぁ……」
安藤さんはため息を吐いて、ガシっと吉田の頭を掴んだ。
「いでっ」
「5w1hは徹底しろって毎回言ってんでしょ」
鬼の形相。めっちゃ怖い。
「す、すみませーん」
「──ったく」
呆れた声を出したあと、キリッとビジネス顔に戻る。
「すみません谷本さん。この子に事情を説明しろと何度も言ったのですが……」
「いえ、お気になさらず」
いだいおぉぉ。なんて泣きそうになっている吉田をおばあちゃんが優しく撫でていた。なるほど。吉田のじいさんとおばあちゃんが吉田の飴で、安藤さんが鞭か。
「先日、学校で雫が嫌がらせにあったのを、谷本さんが守ってくれたとお聞きしました。ですので、直接お礼を言いたくてお呼びしたのです」
井駒の件か。
「そうじゃの。瀬綱くんがいなかったら雫がどうなっていたことやら。ありがとうの、瀬綱くん」
吉田のじいさんも、安藤さんに便乗し、お礼を言ってくれる。
なるほど。吉田が今日家に呼んだ理由は、あの件のお礼ってわけか。
「いえ、俺は感情に流されて暴れてしまっただけで……暴力も振るいそうになって吉田に迷惑をかけそうになりました。だからお礼を言われる程のことをしたってわけじゃないと思います」
「そんなことはありませんよ。ここは学校じゃないのではっきり申しますが、谷本さんが暴れたおかげで、雫の心の傷は軽傷で済みました。ウチの大事なモデルを守っていただき感謝しかございません」
これが北山先生の言っていた、暴力のおかげで最悪の事態が防げることってやつなのかな。
「あれからなにかされた、とかないでしょうか?」
心配そうに、覗き込むみたいに尋ねてくる。
俺は吉田に視線を配らせると、コクリと頷いてくれた。
「あれからは特になにもされていません。無視、というよりかは、関わらないようにしてくれているって感じです」
「そうですか」
ホッと胸を撫でおろす安藤さんは、ポツリとこぼす。
「あの子にしてあの親でしたから……ね、吉田さん」
「やばかったですねぇ」
どうやら大人の話し合いもひと悶着あったようだな。
「もし、谷本さんが暴れなかった場合、ウチの顧問弁護士が動くところでしたよ」
ニコッと爽やか笑顔でとんでもないことを仰っておられる。最悪の事態を防げて良かった。
「なにもないなら良かったです」
パンっと手を叩いて安堵の息を吐く安藤さん。やっぱり芸能事務所とかってのは敵に回さない方が良いんだなって思うな。
「雫にとって谷本さんは心の支えです」
「ちょ、安藤さん!?」
いきなりの安藤さんの言葉に吉田はかなり狼狽えた。うん。俺も狼狽えている。
「だから、今後も雫と仲良くしてあげてください」
安藤さんの言葉に、「えっと」と吉田の方を見ると、顔を赤くして視線を伏せていた。
「もちろんです」
そう答えると吉田のじいさんとおばあちゃん、安藤さんは嬉しそうに微笑んでくれて、吉田は更に顔を赤くして、俺のスネを蹴ってきた。
♢
「では私はこれで──谷本さん、また土曜日に」
「え?」
そう言い残して安藤さんは吉田の家を出た。
一体なんのこっちゃと吉田を見ると、「いしし」と笑うだけであった。
こいつ、なんか隠してるな。
そこから怒涛の吉田のじいさんの近鉄語りを聞いて、時間も良い時間になった。
そろそろと家を出たら、「瀬綱くん」と吉田のおばあちゃんに家の前で声をかけられた。
「今日は本当にありがとね」
「いえ。こちらこそお邪魔しました」
「また来てくれると嬉しいわぁ。あの子、モデルの仕事をしてから友達を呼ばなくなったから」
「……そ、うですか」
その理由がなんとなくわかる俺は、なんとも気まずそうな声を出してしまった。
「いいのよ、わかるから。女の子あるあるなんだから仕方ないわ」
おばあちゃんが女の子あるあるって言うの、なんか違和感だな。
「雫ちゃん。両親がいなくなって、友達も呼ばなくなって、今、とても辛い時期だと思うの」
予想していたこととはいえ、やはり家庭の事情で両親がいない、か。
吉田のおばあちゃんは、俺はもう知っていると思って言ってくれているんだろう。
もう、その事実を聞いてしまった以上、聞いていなかったと言うのも遅い。そのままおばあちゃんの話を聞くことにする。
「私たちも精一杯、雫ちゃんを愛しているつもりだけど、やっぱり、こんな老人じゃ傷は癒えないと思うの。だから、安藤さんも言ってたけど、瀬綱くんが仲良くしてくれると嬉しいわ」
「……」
「あ、ね、もちろん、うざったくなって、仲良くできないってこともあるかも──」
「ありません」
おばあちゃんの言葉に被せるように言ってのける。
「俺が吉田をうざがるなんてことはありません。だって、俺の方が心の支えになってもらっているから」
だから
「安心してください」
「瀬綱くん……もう雫ちゃんと結婚する?」
「なっ!?」
いきなり話が飛躍しすぎなのと、俺はおばあちゃんになんてことを言ってんだと顔が真っ赤になるのがわかる。
「ちょっと、おばあちゃん!! 谷本になに言ってんの!?」
そこで吉田が出て来ておばあちゃんを家の中に連行した。
「ば、ばいばい谷本。また明日」
「あ、ああ。また明日」
吉田が家の中に入って行ったが──
「どこまで聞いてた?」
もしかしたら、俺のこっ恥ずかしいセリフを聞かれた?
「ああああああ!!」
悶絶しながらダッシュで家まで帰った。




