第15話 あれから少しの平穏……吉田の家はカオスだな
あの事件以降、井駒たちはグループで集まることもなく、俺と吉田に絡んでくることもなくなった。
大人の説教が入ったのだろう。
どういう説教内容かは定かではないが、どうだって良い。要は俺と吉田に危害を加えなければなんだって良いんだ。
でも、実際問題、吉田はどうなのだろうか。
もう後戻りはできない関係が崩れて後悔はないのだろうか。
チラリと吉田の席を見ると、窓の外をボーっと眺めていた。
かと思うと、目が合う。
すると、にこっと微笑んで腕を振る仕草をしてみせる。
それが昼休みにキャッチボールをするという約束の仕草というのを俺だけが理解している。
♢
「えいっ」
「ナイボっ!」
すっかり中庭でのキャッチボールが恒例になった昼休み。
最初のぎこちない投げ方はどこへやら。野球経験者みたいな綺麗なフォームを披露してくれる。
「この短期間で上手くなったな」
「コーチが良いから」
それは俺のことを言っているのだろうか。だとしたら間違えているぞ。
「俺はなにも教えてないぞ」
「違うよ。モデルの仕事もそうだけど、凄い人の表情やポーズを見て盗むの。だから、谷本は、存在しているだけで教科書なんだよ」
「また大袈裟な」
なんて照れ笑いが出てしまう。
正直、吉田の言っていることは俺には理解できなかった。
野球でも、「誰かのプレイを見て盗め」なんて言っている人がいるが、それよりも監督やコーチから手取り、足取り教えてもらう方が身になる。
それはただ俺が恵まれた環境にいただけだったのだろうか。
「……それって才能じゃない? 誰かのを見てわかるだけって物凄い才能だと思うけど」
「才能……」
嬉しそうな顔をする吉田は、ズバンっと胸元に良いストレートを放り込む。
「わっはっはっ、見事な推理だ明智くん」
……こいつ、調子に乗って怪人二十面相のモノマネでもしてんな。ネタがふりぃよ。
「そんな才能溢れる吉田さんは、次のモデルの仕事は決まってないんですか?」
ちょっぴり嫌味な言い方をすると、「うっ」とダメージ音を響かせる。
「あははーのはー!!」
言いながら大暴投。明後日の方向にボールが飛んで行ってしまう。
校舎に向かって、コロコロと転がっていく。
動揺してんなぁ。あんまり仕事が上手くいってないのかね。この話題はあまり触れない方が良さそうか。
「ね、谷本」
暴投したのは自分だからか、気をつかって吉田もボールを取りに来たみたいだ。
「んー?」
「今日、私のお家、来て」
「……は?」
♢
本当に来ちまったな。吉田の家。
昼休みは、動揺してるから世迷言でも言ってんだろうと思ったが、どうやら家に来いってのはガチだったらしい。
吉田の家は、築年数が結構経っていそうな、昭和の香りの家。
とか、どうでも良い。
家にお呼ばれ。女子の? それも現役モデルの!?
良いのか……良いのだろうか……え、待って、これ……もしかして家に親はいなくて……。
「ただいまー!」
玄関の扉を元気良く開けた吉田。その扉の先は大人の階段へのフライアウェイ──。
「おかえり、雫ちゃん」
ですよねー。
そら、付き合ってもいないのに、家に二人っきりなはずもなし。吉田のおばあちゃんがお出迎えしてくれた。
「あら……」
おっと、吉田のおばあちゃんがこちらの存在に気が付き、目が合う。
「初めまして。クラスメイトの谷本です」
こういう自己紹介の時、『吉田さんの』というべきか、『雫さんの』と言うべきか迷うよな。だから俺はあえて名前を言わずに自己紹介することにしている。
「あらあら、まぁまぁ。あなたが谷本くんね。雫からよぉく話は聞いているわよ」
「ちょっと、おばあちゃん!? 黙っててよ!!」
「ほっほっほっ。乙女心は複雑だねぇ」
「もう!!」
吉田は怒って先に家の中に入って行った。
「谷本くんの下の名前はなんて言うんですか?」
吉田のことを放置して、おばあちゃんが名前を聞いてくる。
別に教えない意味もがないため、素直に、「瀬綱」ですと答えておく。
「まぁまぁ、かっこいい名前。ふふ。じゃあ、瀬綱くんって呼んでも良いかしら」
「呼びやすい呼び方で大丈夫ですよ」
「ふふ。またこうやって男の子を下の名前で呼べる日が来るなんてねぇ……長生きはするもんですね」
おばあちゃんは嬉しそうに、「ささ、上がって、上がって」と家に招き入れてくれる。
「お邪魔します」と吉田の家に入り、そのままリビングへ通された。
「#%&‡∽∀∂§£¢!!」
入った瞬間、やべー民族みたいな言葉が飛び交う。
「へ?」
「はにゃ。谷本くんは野球をしていると聞いたが、違ったかな」
「ちょっとおじいさん。いきなりそんな挨拶すると瀬綱くんがびっくりするでしょ」
あ、今の挨拶か。たまーに強豪校とかで見かける挨拶……わかるかっ。
「ほうか。谷本くんは瀬綱って名前か……日本代表エース瀬綱。良い響きだ」
唐突に始まった会話に付いていけないが、多分、挨拶をしてくれたこの老人は吉田の祖父だろう。おばあちゃんがおじいさんって言ってたし。
「あ、初めまして、谷本瀬綱です」
おばあちゃんには名字だけだったけど、おじいちゃんも瀬綱呼びしてくるから、フルネームで名乗っておく。
「ご丁寧に。流石は野球部。ワシは雫の祖父です」
初手の挨拶は置いておき、彼の方が丁寧に頭を下げて来て挨拶してくれる。ただ、丁寧なのはここだけだった。
「それで、瀬綱くんっ。将来は近鉄に入ってリーグ優勝に導いてくれるんだよな!? 将来の二刀流。岩隈の意思を継ぎ、右ではノリさん打法。左ではローズ打法のスイッチヒッターの二刀流で近鉄を盛り上げてくれると聞いたぞ!!」
いきなり距離を詰めてくる。
あ、こういう系ね。
「その球団はもうありませんよ」
「ガッデム。そんなバカな……近鉄は永久に不滅のはず」
「それは巨人では?」
「だったら、瀬綱くんはどこの球団に入りたいのだね!」
「ドッジャースです」
「いきなりメジャー!! くぅぅ、日本代表さいくぉぉぉ」
あ、このじいさん、このノリで良い人か。良かった、やたらめったら親しみやすい。
「ちょっとおじいちゃん!! 谷本に近すぎ」
部屋着に着替えて来たのか、吉田が俺とじいさんの間に割って入ってくれる。
「なんじゃい、瀬綱くんと岩隈投法、今と昔どっちが良い論争をしようと思ってたのに」
どっちも昔の話だろ。ちなみに二段モーションの方が好きだよ。
「そうですよおじいさん。いきなりおじいさんノリをぶっかましたら、瀬綱くんがびっくりでしょ」
「……へ? なんでおじいちゃんとおばあちゃん、谷本を下の名前──へ?」
なんで、なんで、と取り乱す吉田。近鉄を語るじいさん。それを止めるおばあちゃん。吉田家のリビングはカオスになっていた。




