第13話 出しゃばりなヒーローだっていい
頭は随分と冷静になっている。
さっきの吉田の言葉。ボロボロと涙を流す姿。俺を止めた行動。
その全てを見て、俺の行動は間違っていると理解できる。
「なぁ、瀬綱。黙ってちゃわからんぞ」
だからこそ、生徒指導室で北山先生と二人になり、事情を聞かれて黙秘を続けている。
俺の行動は間違っていた。これは吉田の問題だったんだ。それを関係のない俺がしゃしゃり出て、脅すなんてことはしちゃいけなかった。
正しきは、吉田の味方であり続けることだったんだ。吉田の行動を見守るべきだったんだ。
正義のヒーロー面して女子の問題に割り込むべきじゃない。
だから俺の口から事情を説明するのは違うと思っている。吉田のイメージを崩すわけにはいかない。だからこそ黙り込む。
「有河たちの話だと、いきなり瀬綱が掴み掛かったってことになっているんだぞ」
ま、あいつらはそう言うなわ。それに担任は野球部の顧問。最近優勝して信頼度は高い。俺を潰すには打ってつけってか、くそが。
「はぁ……せっかく日本代表の一次選考を通過したのに、こんなことしたら辞退になってしまうぞ」
イラっとした。
北山先生の言っていることは正しいが、今、そのことは関係ないだろ。なんでそういうことに結び付けんだよ。
いや……北山先生は、俺に期待してくれているからこそ、そう言ってくれているんだと察し、感情的になりそうなのを、グッと堪える。
そうだ。暴力沙汰なんてなったら、日本代表も、今、来ているスカウトの話も白紙になる。
でも……それでも俺は……。
「──ぜんぶ、全部捨てる覚悟はあった」
「え?」
「日本代表とかスカウトとか……全部捨てる覚悟でやった。俺から言えるのはそれだけ」
これ以上口を動かすと、ボロが出そうになる。
こちらから言う事はないという意思表示で視線を伏せると、「瀬綱」と北山先生は諭すような声で言ってくる。
「俺は瀬綱の監督でもコーチでもない、ただの担任だ。だけど俺だって野球をずっと続けていた。大学までだ。日本代表に選ばれる偉大さ。スカウトが来る凄さ。わかっているつもりだ。野球をしている人にとって、名誉あることだ。その名誉を捨ててまで、今回の件はしなくちゃいけなかったってことだよな?」
尋ねられて、コクリとだけ頷いておく。
「暴力は絶対にだめだ。それも女の子に対してなんてもってのほか」
わかってんだよ、ちくしょう。いちいち言わなくても良いんだよ。
「でも、暴力のおかげで最悪の事態が防げることだってある。もしかしたら今回はそれだったのかもしれないな」
「え?」
先生の口から出るとは思えない発言に顔を上げる。
「こう言うと、バカの子は『暴力が良いって先生が言った』なんて言うから、俺も人を選んで発言する。瀬綱はそんなバカの子とは違う。だから言わせてもらうが、どうしようもない奴には、時には鉄拳制裁しないとわからない奴がいる。だから、どうしようもない時は拳を振るっても仕方ないと俺は思うんだ」
「教師の、それも野球部顧問の発言とは思えませんね」
「いやいや。野球部顧問だからこそ鉄拳制裁だろ。昔はケツバットなんて当たり前だったからな」
まぁ、野球がやたらめったら鉄拳制裁だなんてことは知っている。もちろん、今の時代ではアウトだが。
「だから、俺は瀬綱が最悪の結末を防いでくれたと思ってる。いや、確信してるよ。守ってくれてありがとうな」
「……」
「ただ、今回の件、本当に暴力が必要だったか。最悪の状態だったか。それを今一度思い返して欲しい」
「俺は暴力を振るっていません」
屁理屈になるが、暴力自体は振るってはいない。
「……そ、うだな。ああ、振るっていない。わかってるよ。ただ、これから先の人生、瀬綱が高校で、プロで出会った人達の中で、ゴミみたいな人と出会うことはある。その時に、どうしようもない場面が来た時に、俺の言葉を思い返して欲しい。先生が言いたいのはそれだけさ」
それ以上の説教はなかった。そもそも説教というよりかは俺を庇ってくれているかのような発言。
多分、先生はわかっているんだろう。ことの真相を。
「──し、失礼、しますっ!」
話し合いが終わった絶妙なタイミングで、吉田が緊張した面持ちで入ってきた。
目を泳がせながら、陸上が苦手な小動物みたいにぎこちない動きで、俺たちのところへやって来る。
「吉田?」
「せ、宣誓!」
「──ぷっ」
なんでいきなり体育祭みたいに宣誓してんだよ。
思わず吹き出してしまう俺をよそに、吉田は必死な顔のまま、画面の点いたスマートフォンを北山先生に差し出した。
「お、おいおい。なんでスマホ持ってんだよ」
「先生の机からパクりました!」
「はあ!?」
「いえ! 元々私のなのでパクってません!!」
きょどりながら一体何を言っているんだ、こいつは。
しかし、なんだかそれが実に吉田らしくて、さっきまでの張り詰めていた緊迫感が一気に消え去っていく。先生も呆れたように笑みをこぼしていた。
「……電話、繋がってるのか? 出ればいいんだな?」
「は、はい!」
吉田が直立不動で大きく返事をすると、先生は端末を受け取り、「もしもし、お電話代わりました。私、三年一組担任の北山と申します」と、一気に丁寧な大人の声で電話に出た。
「親か?」
俺が小声で尋ねると、吉田はこっそり耳打ちしてくる。
「ううん。事務所のマネージャーさん。この時間、おじいちゃんとおばあちゃんは電話に出られないから、頼れる大人はマネージャーさんくらいだし……」
「マネージャー……」
ここで吉田が普通の中学生ではなく、プロの世界にいる人間なのだと思い知らされる。
ま、そもそも言動自体が普通じゃないけども。
「はい。……ええ、もちろん。こちらとしても明確な嫌がらせの証拠を確認しております。学校側として重く受け止め、厳正に対処いたします。風化させるようなことは絶対に──ええ。左様でございますか。はい」
北山先生の口から出る、『嫌がらせの証拠』という言葉に、俺と吉田は顔を見合わせた。
やっぱり北山先生はことの真相を知っていたみたいだな。
この電話は、大袈裟に言うと芸能事務所から、「ウチのタレントに対する犯罪行為」として突き上げられたってところか。
有河たちの「谷本が急に暴力を振るった」なんていうガキの嘘、大人の前では1秒で消し飛んじまうな。
大人のシビアな電話対応が終わり、通話を切った先生が俺たちを見た。
「これは没収」
言いながら、先生はポケットの中に吉田のスマホを滑り込ませる。
「そ、そんなぁ」
「大丈夫。放課後になったら返してやる。今回だけ特別だ。……それから」
北山先生は、俺と吉田の頭をぽんぽんと順番に叩いた。
「あとは大人に任せろ。ここから先は、悪いことをした奴らに大人のルールを教える時間だ。だからお前たちは、もう何も気にしなくていい。ほら、教室に戻れ」
「「はい」」
そう言って、さっさと生徒指導室を出るように促された俺たちは、先生の言葉に甘えて部屋を後にした。




