第九話:視線の行方
午後。
工房の扉が静かに開く。
入ってきたのは、一人の女性だった。
丸みのある体。
だが、その印象以上に――どこか自信のなさが目立つ。
胸はふくらみが無い――。
「……あの」
声は小さい。
「変われますか」
マリクは視線を上げる。
「どう変わりたい」
女性は少し迷ってから、腹部と胸に手を当てた。
「これを……どうにかしたくて」
そして、少しだけ言いにくそうに続ける。
「……女性として、見られたいんです」
リオが一瞬だけ表情を変える。
だが、何も言わない。
施術は、静かに始まった。
淡い光。
流れるように脂肪が巡る。
削るのではない。
移す。
整える。
数分後。
光が消える。
女性は、ゆっくりと目を開けた。
「……え」
思わず、自分の体に触れる。
腰回りは引き締まり、
全体のシルエットはすっきりしている。
そして――
胸元に、確かな重み。
鏡を見た瞬間、息を呑んだ。
「これ……私?」
信じられない、という顔。
だが、その目には確かに光が宿っていた。
外に出た瞬間。
ざわり、と空気が動く。
視線が、一斉に集まる。
「あれ……誰だ?」
「さっき入っていった人か?」
通りすがりの男たちの目が、
無意識に女性の胸元へと引き寄せられる。
視線は一瞬、そしてまた戻る。
気づけば、もう一度見てしまう。
それほどに印象が変わっていた。
女性はその視線に気づき、戸惑う。
だが――
少しだけ、背筋を伸ばした。
その仕草だけで、さらに周囲の反応が変わる。
「……すごい」
リオが小さく呟く。
「同じ人なのに」
マリクは短く答える。
「中身が変わったからだ」
女性は一歩、踏み出す。
見られている。
でも――
もう、目を逸らさない。
「……ありがとう、ございます」
振り返って、深く頭を下げる。
その表情は、来たときとはまるで違っていた。
人混みの中で、誰かがひそひそと話す。
「あんなに巨乳だったっけ……」
巨乳の脂肪が元は腹にあった脂肪…贅肉だったことは誰も気づくまい
真実を見抜ける者はいない。
ただ一つ確かなのは、
“変わった”という結果だけ。
マリクはその様子を見ながら、静かに言う。
「噂は、もう止まらないな」
リオが苦笑する。
「これ、さらに増えるよ?」
「だから選ぶ」
即答だった。
人は変わる。
だが――
変わった“後”にどう生きるかは、また別の話だ。




