第十話:価値の重さ
数日後。
工房の前にできた列は、もはや“列”と呼べるものではなかった。
人、人、人。
朝から並んでも、その日のうちに順番が来る保証はない。
「昨日は三十人断られたらしいぞ」
「選ばれないと無理なんだろ……」
ざわめきには、期待と不安が入り混じっていた。
「……増えすぎじゃない?」
リオが苦笑する。
「もう噂どころじゃないよ、これ」
マリクは帳簿を閉じた。
「予想通りだ」
「嬉しくなさそうだね」
「当然だ」
「面倒だもんね」
短く息を吐き、マリクは言う。
「話を聞いて、受けるか断るかを判断する人間が必要だな」
「“欲しい”だけの奴が増えた」
その日も、選別は続いていた。
「見た目を良くしたいだけです!」
「金ならいくらでも払う!」
――即座に却下。
理由は聞かない。必要がないからだ。
一人の男が食い下がる。
「なんでだよ! 条件は満たしてるだろ!」
マリクは静かに見返す。
「満たしてない」
「どこがだ!」
「変わった後のことを考えてない」
男は言葉に詰まる。
「見た目が変われば全部うまくいくと思っている」
一歩、近づく。
「それは違う」
空気が張り詰める。
「変わるのは“スタート”だ」
「ゴールじゃない」
男は何も言えず、その場を離れた。
リオが小さく息を吐く。
「厳しいなぁ」
「当然だ」
マリクは淡々と答える。
「人生を触るってことは、責任がある」
そのとき。
列の後方で、小さな騒ぎが起きた。
「通してくれ!」
荒い声が人混みを割る。
前に出てきた男を見て、リオが目を細めた。
「……あいつ」
そこにいたのは、かつてのパーティのメンバーの一人。
リーダーではない。だが――あのとき、笑っていた側の男。
「マリク……!」
息を荒くしながら叫ぶ。
「頼む、俺も……!」
視線が集まり、周囲がざわつく。
「なんだ、知り合いか?」
「昔の仲間か?」
マリクはしばらく黙っていた。
「理由は」
短く問う。
男は一瞬迷い――叫ぶ。
「強くなりたい!」
だが、その声には焦りが滲んでいた。
「……足りないな」
静かな一言。
「なにがだよ!」
「覚悟だ」
即答だった。
男の表情が歪む。
「俺だって必死なんだよ!」
「リーダーが変な病気をもらって……! 性病団と呼ばれてパーティの評価がガタ落ちになって……!」
「落ちぶれて、仕事もなくて……!」
拳を握りしめる。
「あのときマリクを追放したのはリーダーの判断だ! 俺は反対したんだ……!」
「変わらなきゃ終わるんだよ!」
その言葉に、マリクはわずかに目を細めた。
「……遅いな」
ぽつりと呟く。
「は?」
「追い詰められてから来た」
一歩、近づく。
「それじゃ足りない」
周囲が静まり返る。
「じゃあ……どうすればいいんだよ……」
男の声は、さっきよりも小さかった。
マリクは少しだけ考え、そして言う。
「三日後、もう一度来い」
リオが驚く。
「いいの?」
「ああ」
男は顔を上げる。
「その間に考えろ」
マリクは視線を外さない。
「“変わった後、どう生きるか”をな」
沈黙。
やがて男は深く頭を下げた。
「……わかった」
人混みが再びざわめき始める。
「チャンスもらえたぞ……」
「全員ダメってわけじゃないのか」
空気が、わずかに変わる。
リオが小さく笑った。
「完全に“試す側”だね」
「最初からそうだ」
マリクは静かに答える。
夕日が、工房の看板を照らす。
――脂肪転移魔術師 マリク
選ばれる側と、選ぶ側。
その境界は、静かに、しかし確実に引かれていた。




