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脂肪転移の魔術師 完全なハズレスキルが最強の錬金術スキルでした  作者: レモンティー


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11/18

十一話:価値の反転

その“価値の反転”は、あまりにも露骨だった。

「胸にあれば魅力、腹にあれば贅肉」

同一の物質でありながら、ただ位置が違うだけで評価は真逆になる。

それは、美の基準がどれほど曖昧で、そして都合よく作られているかを示していた。

男たちの視線は、決して脂肪そのものを見ているわけではない。

「どこに付いているか」

ただ、それだけだ。


「……次の依頼だ」

低く、現実に引き戻す声。

マリクは思考を切り替えた。

目の前に座るのは、質素な服を着た女性だった。

年の頃は三十前後。

だが、その体型は明らかに“評価されない側”に分類されるものだった。

腹部に集まった脂肪。

張りのない輪郭。

どこか自信のなさを滲ませる姿勢。

「……あの」

女性は言いにくそうに口を開く。

「胸を、大きくしてほしいんです」

来たか、とマリクは内心で呟く。

ありふれた依頼。

だが、本質的には極めて歪んだ願い。

「代価は?」

「……これだけしか」

差し出されたのは、わずかな銀貨。

生活を切り詰めて用意したのだろう。

マリクは少しだけ目を細めた。

「条件がある」

女性の肩がびくりと揺れる。

「増やすんじゃない。移すだけだ」

「……え?」

「君の腹にあるそれを、胸へ移す」

静かな宣告。

女性は自分の腹に手を当てた。

次に、胸へ。

理解が追いつくまで、数秒の沈黙。

「じゃあ……体重は……?」

「変わらない」

「……」

「だが、“価値”は変わる」

その言葉に、女性の目が揺れた。

――価値。

それは彼女が、これまで最も傷ついてきた言葉だった。

「……やります」

迷いは、なかった。

施術は簡単だった。

流れる光。

脂肪の再配置。

腹の膨らみはゆっくりと引き、

代わりに胸が形を持ち始める。

それは“増えた”のではない。

ただ、“場所を変えただけ”。

数分後。

そこにいたのは、別人のような女性だった。

引き締まった腹部。

そして、確かな存在感を持つ胸。

鏡の前で、彼女は息を呑む。

「……これが、私……?」

「同じだ」

マリクは淡々と言う。

「何も変わっていない」

だが、その言葉とは裏腹に――

外の世界は、確実に変わる。


工房を出た瞬間だった。

通りを歩く男たちの視線が、一斉に彼女へ向く。

無意識に。

本能的に。

胸へ。

「……っ」

女性は思わず腕で隠そうとする。

だが、遅い。

すでに見られている。

さっきまで“存在しなかった視線”が、今は確かにそこにある。

同じ脂肪。

同じ質量。

ただ場所が変わっただけで――

評価はここまで違う。

女性はゆっくりと、自分の胸に手を当てた。

「……これが、“価値”……」

その声は、喜びとも、戸惑いともつかないものだった。


マリク

「次は誰だ?」

工房に現れたのは、がっしりした体格の男だった。

年は四十手前。

だが、その体は「鍛えられた」とは言い難い。

腹は前に出て、

顎の下にも脂肪が乗っている。

いわゆる――中年太り。

「……依頼書、見てくれたか?」

男は椅子にどっかりと腰を下ろしながら言う。

「ああ」

マリクは短く答える。

「体型を整えたい、と」

「違うな」

男は首を振った。

「“評価される体”にしたいんだ」

その言葉に、マリクはわずかに興味を示す。

「具体的には?」

「腹の脂肪を、胸と肩に回してくれ」

「……ほう」

女のときとは違う指定。

増量ではない。

削減でもない。

“再配置”。

「理由は?」

男は鼻で笑った。

「同じ脂肪でもよ」

自分の腹を叩く。

「ここにあればだらしねぇって言われる」

次に、自分の胸を軽く拳で叩く。

「だが、ここにあれば“厚み”だ」

肩に手をやる。

「ここに乗れば“貫禄”になる」

言い切った。

「結局は配置だろ?」

――理解している。

この男は、本質を。

マリクは静かに頷いた。

「いいだろう」

施術。

女のときと同じ。

だが、結果の意味は違う。

腹部の脂肪が流れる。

上へ。

胸へ。

肩へ。

輪郭が変わる。

突き出た腹は引き、

代わりに上半身に厚みが生まれる。

“太っている”ではない。

“体格がいい”。

それは、紙一重でありながら決定的な差だった。

数分後。

男は立ち上がる。

鏡を見る。

「……ほう」

低く、満足げな声。

腹は引っ込んでいる。

代わりに胸板が前に出て、

肩に丸みと張りが生まれている。

「体重は?」

「変わらない」

「だろうな」

男は腕を組む。

その動作一つで、印象が違う。

“だらしない”ではなく、

“威圧感”に近い。

「面白ぇ」

男は言う

「追加を頼む」

マリクは目を向ける。

「なんだ」

男はニヤリと笑った。

「顔周りだ」

自分の顎を指でなぞる。

「ここに残ってる脂肪――これも“位置”次第だろ?」

「削るか?」

「いや」

男は首を振る。

「頬に少し移してくれ」

「……頬?」

「痩せすぎた顔より、少し張りがある方が“余裕”に見える」

なるほど、とマリクは思う。

男もまた、“配置の価値”を理解し始めている。

「やりすぎれば太って見えるがな」

「加減は任せる」

即答だった。

再び、施術。

今度は微調整。

顎下の脂肪を減らし、

頬にわずかな張りを与える。

輪郭が締まり、

同時に“やつれ”が消える。

結果――

「……完成だ」

男は鏡を見る。

しばらく、無言。

そして。

「別人だな」

男は言った。

「結局よ」

扉の前で振り返る。

「人間ってのは“中身”じゃねぇ」

一拍置く。

「“どう見えるか”だ」

マリクは何も答えない。

ただ、事実として受け取る。

男は続ける。

「そしてその“見え方”は――」

軽く腹を叩く。

もう出ていない腹を。

「中身すら変えずに操作できる」

外に出た瞬間。

変化はすぐに現れた。

すれ違う人間の反応が違う。

先ほどまでの彼なら、

無関心か、あるいは軽い軽蔑。

だが今は――

一瞬、視線が止まる。

警戒。

あるいは、評価。

「……」

男はそれを感じ取る。

何も言わずに歩く。

それだけで、道がわずかに空く。

「はっ……」

小さく笑う。

「同じ脂肪だぞ」

誰に言うでもなく呟く。

「減ってもいねぇ」

拳を軽く握る。

「なのにこれか」


マリクは一人、椅子に座る。

机の上には、新しい依頼書が増えていた。

『全身の印象設計を依頼したい』

『社会的に有利な外見にしてほしい』

『面接用に最適化を――』

「……広がったな」

小さく呟く。

これはもはや、美容ではない。

――設計だ。

人の“価値”そのものを再配置する行為。

そして、その需要は止まらない。

マリクは次の依頼書を手に取る。

「次は……誰だ?

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