第十二話:試される三日間
三日後――。
朝。
まだ日が昇りきる前だというのに、工房の前にはすでに人の気配があった。
「……早すぎでしょ」
扉の隙間から外を覗き、リオが呆れる。
「待つことも覚悟のうちだ」
マリクは淡々と答えた。
その視線の先。
列の先頭に――あの男がいた。
三日前と同じ服。
だが、立ち方が違う。
背筋が伸び、視線がぶれていない。
「来たね」
リオが小さく笑う。
扉が開く。
ざわめきが広がる中、マリクはまっすぐ男の前に立った。
「早いな」
「……逃げたくなかった」
短い答え。
マリクは一瞬だけ目を細める。
「答えは」
男は深く息を吸う。
「強くなる」
「それは前も聞いた」
「違う」
首を振る。
「強くなって――戻る」
周囲がざわつく。
「戻る?」
「パーティにだ」
拳を握る。
「病気を貰ったリーダーを追放したが、パーティの評価は戻らず、皆バラバラになりかけてる」
「俺は逃げた」
「どうにもできねぇって思って……」
歯を食いしばる。
「でも違った」
顔を上げる。
「“変わった後どう生きるか”って言われて、初めて気づいた」
一歩、前に出る。
「俺は、あいつらともう一度やり直したい」
静寂。
「そのために強くなる」
「自分のためじゃない」
視線は逸れない。
リオがわずかに目を細める。
マリクは黙ったまま男を見ていた。
数秒――。
「合格だ」
短い一言。
「……っ!」
男の顔が強張る。
「ただし」
空気が締まる。
「条件がある」
「なんでもやる!」
即答。
「軽いな」
ぴたりと動きが止まる。
「“なんでも”は言うな」
「できないことも含まれる」
男は唇を噛み、言い直す。
「……やれることは全部やる」
「いい答えだ」
マリクは頷いた。
「施術は一度きり」
「……一度?」
「やり直しはない」
周囲がざわめく。
「成功も失敗も、そのまま背負え」
男はゆっくり頷いた。
「わかった」
マリクは踵を返す。
「リオ、準備」
「はいはい」
軽い返事。
だがその目は真剣だった。
――工房の奥。
静かな部屋。
「最後に聞く」
マリクが振り返る。
「後悔はないか」
「ない」
即答だった。
「そうか」
手がかざされる。
淡い光が空気を震わせる。
「じゃあ――始める」
数分後。
光は静かに収まった。
張り詰めていた空気がほどける。
「……終わりだ」
マリクの声が低く落ちる。
男はしばらく動かなかった。
いや――動けなかった。
「……どうだ」
ゆっくりと自分の身体を見下ろす。
指を握る。
腕を動かす。
「……軽い」
かすれた声。
無駄が削ぎ落ち、重さの質が変わっている。
「終わりじゃない」
「そこがスタートだ」
男は顔を上げる。
「……ああ」
その目には、三日前とは違う光があった。
「行け」
男は深く頭を下げ、振り返らずに工房を出た。
扉が閉まる。
外のざわめきが一瞬止まり、すぐに爆発する。
「どうなった!?」
「成功したのか!?」
「見せびらかすタイプじゃなかったね」
リオが小さく笑う。
「いい」
マリクは淡々と答える。
「見せる必要はない」
――数日後。
コン、コン。
扉が叩かれる。
「来たね」
扉の向こうに立っていたのは、あの男だった。
「……別人じゃん」
リオが思わず漏らす。
姿勢、目線、纏う空気。
すべてが変わっていた。
「報告に来た」
「話せ」
「パーティに戻った」
「俺が前に出た」
拳を軽く握る。
「勝てた」
重みのある一言。
「依頼も取れた」
「……少しずつだけど、評価が戻ってきてる」
「やるじゃん」
男は頷く。
「これ……借りだ」
小さな袋を差し出す。
「最初の報酬」
「いらない」
「は?」
「それは、お前が使え」
「まだ途中だろ」
男は言葉を失い――やがて小さく笑う。
「……ああ、そうだな」
袋を握り直す。
「また来る」
「報告に来い」
それだけだった。
男は深く頭を下げ、去っていく。
扉が閉まる。
「完全に“成功例”だね」
「違う」
マリクは首を振る。
「まだ途中だ」
窓の外を見る。
次の客が、すでに並んでいる。
「変わった奴は増える」
「だが、“使える奴”は少ない」
「選別、どんどん厳しくなるね」
「そうなる」
マリクは帳簿を開く。
「価値は、軽くならない」
――脂肪転移魔術師 マリク
その力は、ただ与えるものではない。
試し、選び、そして――
未来を量るものへと変わり始めていた。




