第十三話:肖像と現実
数日後。
工房の前に、見慣れない一団が現れた。
揃いの装備。
整った動き。
明らかに、ただの依頼人ではない。
「……貴族だね」
リオが小さく呟く。
先頭の男が一歩前に出る。
「領主様がお呼びだ」
短く、それだけ。
拒否権などないと言わんばかりの声音だった。
案内された先は、領主の館。
重厚な扉が開く。
中に入った瞬間、目に入るのは――
無数の肖像画。
壁一面に並ぶそれらは、
どれも同じ人物を描いていた。
鋭い眼光。
引き締まった顔。
威厳に満ちた姿。
「……全部、領主か」
リオが小さく言う。
「ずいぶん理想的だな」
マリクは淡々と見上げる。
奥の椅子に座っていた男が、ゆっくりと立ち上がる。
「来たか」
低い声。
だが――
肖像画とは、似ても似つかない。
脂ぎった顔。
緩んだ輪郭。
突き出た腹。
呼吸もどこか重い。
「……あれが本物?」
リオが小声で呟く。
マリクは何も言わない。
「見ただろう」
領主は自嘲気味に笑う。
「これが現実だ」
指を軽く振る。
「そしてあれが、“見せたい姿”だ」
壁の肖像画を指す。
「頼みは単純だ」
マリクを見る。
「この体を――」
一拍。
「“あれ”に近づけろ」
沈黙。
重い空気。
「威厳がある顔にしてくれ」
領主は続ける。
「腹もなんとかしろ」
簡潔だった。
だが、その言葉には切実さが滲んでいる。
マリクはしばらく肖像画と領主本人を見比べる。
「……理由は」
短く問う。
領主は一瞬、言葉を止める。
そして――
「舐められる」
低く言った。
「民にも、貴族にもだ」
拳を握る。
「見た目は力だ」
はっきりと言い切る。
マリクは、わずかに目を細める。
「理解しているな」
「当然だ」
領主は即答する。
「だから呼んだ」
静寂。
「できるか」
領主の問い。
マリクは一歩、前に出る。
「できる」
即答だった。
リオが小さく息を飲む。
「いいの?」
「理由が明確だ」
マリクは短く答える。
「ただし」
そのまま続ける。
「完全に“絵”にはならない」
領主の眉がわずかに動く。
「どういう意味だ」
「人間は絵じゃない」
マリクは淡々と言う。
「動く。老いる。崩れる」
一歩、近づく。
「維持できない理想は、いずれ歪む」
沈黙。
だが領主は笑った。
「いい」
即答だった。
「“今”を整えろ」
マリクは頷く。
「十分だ」
施術が始まる。
淡い光が、領主の体を包む。
揺れる脂肪。
流れ、移り、整えられていく。
腹部の重さは削がれ、
全体の輪郭が引き締まる。
顔。
余分な滞りが消え、
線がはっきりと浮かび上がる。
目元に力が宿る。
数分後。
光が消える。
領主は、ゆっくりと息を吐いた。
「……鏡を」
使用人が慌てて持ってくる。
映った姿。
そこにいたのは――
肖像画に“近づいた”男だった。
だが、同一ではない。
現実としての重みを残したまま、
確かに“威厳”が宿っている。
「……ほう」
領主が小さく笑う。
頬に手を当てる。
「軽いな」
腹にも触れる。
「これはいい」
ゆっくりと顔を上げる。
その目は、先ほどとは明らかに違っていた。
「価値がある」
短く言う。
「お前の力は」
マリクは何も答えない。
領主は振り返る。
「報酬は弾む」
そして、少しだけ口元を歪めた。
「だがそれ以上に――」
一拍。
「噂は、ここからさらに広がるぞ」
館を出たあと。
リオがぽつりと呟く。
「……一気に上に行ったね」
「巻き込まれるとも言う」
マリクは答える。
遠くで鐘が鳴る。
街は変わらない。
だが――
見えない力の流れが、確実に動き始めていた。




