第十四話:尽きぬ欲望と工房の繁盛
領主の館を出た翌日。
街の空気が、明らかに違っていた。
「見たか?領主様」
「別人みたいだったぞ……」
「若返ったって話だ」
噂は一晩で広がっていた。
しかも今回は、これまでと質が違う。
“権力者が認めた力”。
それが何を意味するか――
街の人間は理解していた。
マリクの工房は、完全に軌道に乗っていた。
看板には変わらず――
脂肪転移魔術師 マリク
だが、その価値はもう誰も疑わない。
「腹を引っ込めてくれ」
「昔の体型に戻りたい」
「……あの、胸も……少しだけでいいので……」
そんな依頼が、朝から晩まで絶えない。
中でも増えてきたのが――
「うちの女房の胸を大きくしてくれ」
「垂れてしまってな……昔のように張りを戻せんか」
「若い頃の形に、できるか?」
そんな“見た目の再構築”の依頼だった。
男たちが、妙に真剣な顔で頼んでくるのだ。
リオはため息をつきながらも、依頼書に目を通す。
「……ほんと増えたね、この手の依頼」
小柄な体を椅子に預けながら、リオが呟く。
見た目は華奢だが、その体はマリクの調整によって
バランスよく整えられている。
「……ほんと、みんな正直だよね」
マリクが苦笑する。
「それだけ“結果”が出てるってことだ。噂が広がればこうなる」
「まぁ、報酬はいいけどさ」
リオは肩を回す。
その動きに合わせて、胸元がわずかに揺れた。
「……やっぱり重い」
「自分で体験してる分、説得力はあるな」
マリクは帳簿を閉じて答えた。
「印象が武器になる分の悪くない代償だな」
「他人事みたいに言うな」
ぼそっと呟く。
調整したとはいえ、日常生活での“負担”は無視できない。
「肩こり、ほんとに来るんだねこれ……」
リオは苦笑しながら立ち上がる。
「じゃ、次の依頼いくよ」
工房に通されたのは、やや恰幅の良い中年女性だった。
その隣には、気まずそうに立つ夫。
「……その、頼む」
夫が小声で言う。
「昔は……綺麗だったんだ」
「ちょっと」
妻が肘で小突く。
「“昔は”って何よ」
「いや、今もだが!」
慌てる夫。
女性は腕を組んだまま言う。
「別に私は困ってないんだけどね」
「……いや、その……健康的にもだな」
苦しい言い訳。
リオはそのやり取りを見て、ふっと笑った。
「安心して。ちゃんと“今”も綺麗になるから」
施術は、静かに始まる。
マリクが魔力を流し、
リオが補助として細かな調整を行う。
「少し温かくなります」
女性の腹部に手を当てる。
余分な脂肪が、ゆっくりと移動する。
ただ減らすのではない。
腰のライン。
背中の張り。
胸部の位置と形。
すべてが自然に整っていく。全体のバランスへと再配置する。
腹部の膨らみが、わずかに減っていく。
同時に、胸元へと集約されていく感覚。
女性の目が、驚きに見開かれた。
「……え……?」
鏡に映る自分の姿。
ラインが変わっていく。
緩んでいた輪郭が引き締まり、
そして――胸に、張りが戻る。
ただ大きいだけではない。
位置。
形。
自然な重み。
「……すごい……」
思わず声が漏れる。
施術が終わり、女性が立ち上がる。
女性はまっすぐ立っていた。
さっきよりも背が高く見える。
それだけ、姿勢が変わっている。
「……軽い」
腹部に手を当てる。
「こんなに違うのね……」
夫はしばらく黙っていたが――
「……綺麗だ」
ぽつりと漏らす。
女性は少しだけ顔をそらす。
「今さら何よ」
「いや、本当に」
夫は苦笑した。
「惚れ直した」
その日、帰り道。
通りを歩く女性に、自然と視線が集まる。
整った体のラインは、それだけで目を引く。
特に――胸元に。
男たちは無意識に目で追い、
そして慌てて視線を逸らす。
「……見られてるわね」
女性が小さく笑う。
「そりゃあな」
夫も苦笑する。
「でも、悪い気はしないだろ?」
「……まぁね」
少しだけ誇らしげに、胸を張る。
工房に戻ったマリクは、椅子にどさっと座り込んだ。
リオは言う。
「はぁ……今日も多かった……」
肩をぐるぐる回す。
「やっぱりくるなぁ……」
マリクが水を差し出す。
「いつでも肩もみ職人を呼んでやる 無理はするな」
「でもさ」
リオは水を飲みながら笑う。
「みんな、ああやって嬉しそうな顔するじゃん」
「……まぁな」
マリクも小さく頷く。
「商売としては最高だ」
外では、まだ人が並んでいる。
「次は私!」
「予約はどこで!?」
ざわめきが絶えない。
リオはその声を聞きながら、立ち上がった。
「……よし、もう一人だけやろう」
「ほどほどにしろよ」
「わかってるって」
でも、その顔はどこか楽しそうだった。
欲望は尽きない。
だが、それに応える力もまた――ここにある。
そして工房は、さらに賑わっていくのだった。




