第八話:選ばれる力
翌日。
工房の前には、これまで以上の人だかりができていた。
「本当に効くんだろ?」
「昨日のあの騎士、別人みたいだったぞ」
囁かれる声。
噂は、もはや“話”ではない。
“結果”として広がっていた。
「……増えたね」
リオが少し引き気味に言う。
「昨日の倍はいるんじゃない?」
マリクは扉の隙間から外を見て、小さく息を吐いた。
「選ばないとな」
「選ぶ?」
「希少性は大事だ」
淡々とした声。
だが現実だった。
一人ひとりの人生に関わる以上、雑にはできない。
「順番にやるだけじゃダメなの?」
「希少性が薄くなる」
マリクは短く答える。
「変えたい理由を聞く」
その日から、工房のやり方が変わった。
“依頼を選ぶ”。
それだけのこと。
だが――
意味は大きい。
最初に通したのは、一人の女性だった。
痩せた体。疲れた目。
だが、どこか必死だった。
「……お願い、します」
深く頭を下げる。
「働き口を探してて……でも、体力がなくて」
声が震える。
「もう少しだけでも、動ける体になりたいんです」
マリクはしばらく黙っていた。
見ているのは、体だけじゃない。
言葉の重さ。
覚悟。
「……いいだろう」
短く答える。
女性の目に、涙が浮かんだ。
施術は短時間で終わった。
無駄な消耗を減らし、持久力に回す。
ほんの少しの調整。
だが――
「……軽い」
女性は何度も足踏みをする。
「動ける……ちゃんと動ける……!」
それだけで、十分だった。
そしてマリクは、ぼそりと付け加える。
「……胸はサービスだ」
女性は一瞬きょとんとしたあと、自分の体に気づく。
「え……?」
わずかな変化。
だが、確かな違い。
表情がふっと明るくなる。
それは“戦うため”ではない。
“生きるための自信”だった。
次に通したのは、あの騎士だった。
昨日の彼とは違う。
動きに迷いがない。
「確認に来た」
「どうだった」
「戦えた」
それだけ言って、軽く頭を下げる。
「……もう一段、上に行きたい」
マリクは少しだけ笑った。
「欲張りだな」
「生きるためだ」
即答だった。
「いい理由だ」
外では、不満の声も上がっていた。
「なんで俺はダメなんだ!」
「金は払うって言ってるだろ!」
扉を叩く音。
だが、リオが前に立つ。
「今は受けられません」
はっきりと言い切る。
「ふざけるな!」
男が声を荒げた、そのとき。
――ギィ。
扉が開く。
マリクが出てきた。
「理由は簡単だ」
静かな声。
だが空気が変わる。
「お前は、“変わる必要がない”と思ってる」
男が言葉を詰まらせる。
マリクは一歩、近づく。
「一切の脂肪がない、全身筋肉の人間を見たことがある」
淡々と語る。
「でも突如死んだ。結果は、栄養失調だ」
ざわり、と空気が揺れる。
「脂肪は“無駄”じゃない」
「必要な余裕だ」
逃げ道でも、弱さでもない。
“生きるための備え”だ。
「だから削るんじゃない。整える」
視線をまっすぐ向ける。
「ここは、“変わる体を持つ奴”と――」
一拍。
「“変わる覚悟がある奴”の場所だ」
それだけ言って、扉を閉めた。
中に戻ると、リオがぽつりと呟く。
「厳しいね」
「線引きだ」
マリクは答える。
「力があるなら、使い方を決めないといけない」
「じゃないと?」
「ただの“便利な道具”になる」
リオは少し考えてから、笑った。
「もうなってる気もするけどね」
「否定はしない」
マリクも少しだけ笑う。
その日の最後。
静かに扉が叩かれた。
コンコン、と控えめに。
「……どうぞ」
入ってきたのは、一人の少年だった。
まだ幼い。
だが目は真っ直ぐだ。
「……強くなりたい」
小さな声。
「誰にも負けないくらい」
マリクは、その目をじっと見る。
嘘はない。
だが――
何かが足りない。
「理由は?」
少年は一瞬、言葉に詰まる。
そして――
「……見返したい」
絞り出すように言った。
マリクは少しだけ目を細める。
「誰をだ」
沈黙。
数秒。
やがて少年は、はっきりと言った。
「全部」
マリクは、ゆっくりと息を吐いた。
「……面倒なタイプだな」
「え?」
「いいだろう」
短く言う。
リオが少し驚いた顔をする。
「いいの?」
「ああ」
マリクは少年に背を向ける。
「ただし条件がある」
「なんでもやります!」
即答だった。
その勢いに、マリクは少しだけ笑う。
「簡単だ」
振り返る。
「“見返す”だけで終わるな」
少年の目が揺れる。
「その先まで行け」
結局、少年のシンボルに脂肪を集めて馬並みのサイズにしてやった。
少年は一度、拳を握る。
その目は、来たときよりもずっと強かった。
工房の灯りが、夜の中で静かに揺れる。
ここはもう、ただの場所じゃない。
選ばれる場所。
そして――
人生を分岐させる場所へと、変わり始めていた。




