第六話:新しい居場所
気づけば、小さな工房ができていた。
路地裏の一角。
以前は誰も気に留めなかった古びた建物。
だが今は違う。
扉の前には人が並び、
中からは笑い声と驚きの声が漏れてくる。
看板にはこう書かれている。
――脂肪転移魔術師 マリク
かつて「役立たず」と言われた能力は、
今では人を救う力になっていた。
戦う力ではない。
だが――
「人生を変える力」だった。
その日。
工房の扉が、重々しく開いた。
ギィ……と軋む音。
入ってきたのは、ひときわ目立つ存在だった。
全身を金属鎧で包んだ、重装備の騎士。
床がわずかに沈む。
「……いらっしゃい」
マリクは視線を上げる。
「頼みがある」
低く、短い言葉。
「機動力を上げたい」
それだけだった。
だが、その一言にすべてが詰まっていた。
診察台に座った騎士は、兜を外した。
まだ若い。
だが目は鋭い。
「鎧を着ると、どうしても動きが鈍る」
「だろうな」
「筋力は鍛えている。だが――限界がある」
騎士は拳を握る。
「一瞬の遅れが、命取りになる」
その言葉に嘘はなかった。
マリクは静かに頷く。
「つまり、“余計な重さ”を削ぎたいってことか」
「ああ」
即答だった。
マリクは騎士の体を観察する。
筋肉の付き方。
重心。
動きの癖。
そして――
「……あるな」
ぽつりと呟く。
「何がだ」
「削れる余地だよ」
騎士の目がわずかに細くなる。
「脂肪はゼロじゃない」
「鍛えているつもりだが」
「十分鍛えてるさ」
マリクは淡々と続ける。
「でも“戦うための体”ってのは、もう一段階上がある」
施術が始まった。
マリクの手が、静かに光る。
触れずに、しかし確実に。
騎士の体から、わずかな余分を削ぎ落としていく。
・関節の可動を阻害する部分
・動きのブレを生む箇所
・持久力に影響する無駄な重さ
それらが、少しずつ整理されていく。
まるで――
「調整」だった。
数分後。
「……終わりだ」
騎士はゆっくりと立ち上がる。
一歩。
二歩。
「……軽い」
驚きの声。
だがそれは、単純な“軽さ”ではない。
「違うな……」
その場で軽く踏み込む。
空気が鳴る。
「動きが……速い」
「無駄が減ったからな」
マリクは言う。
「同じ力でも、伝わり方が変わる」
騎士は無言で腕を振る。
踏み込み、止まり、反転する。
「……これなら」
その目が、はっきりと変わった。
「戦える」
しばらくの沈黙のあと。
騎士は深く息を吐いた。
「礼を言う」
そして、金貨の入った袋を置く。
「これで足りるか」
マリクは中身を見て、少し眉を上げる。
「……多いな」
「命の値段だ」
短く、それだけ言った。
騎士が去った後。
リオがぽつりと呟く。
「ねえ、マリク」
「ん?」
「これってさ……」
少し考えてから言う。
「美容だけじゃないよね」
「ああ」
マリクは頷く。
頭の中では、すでに整理が進んでいた。
・無駄な重量の除去
・動きを阻害する脂肪の調整
・戦闘特化の体作り
「使い方次第で――」
マリクは小さく笑う。
「戦いすら変えられる」
リオは少しだけワクワクした顔をする。
「なんか……すごいことになってきたね」
「今さらだろ」
マリクは肩をすくめた。
だがその目は、少しだけ鋭い。
(これは、“裏方の力”じゃないな)
気づいてしまった。
この能力の本質に。
人を変える力。
それは、見た目だけじゃない。
生き方も。
戦い方も。
未来すら。
静かに――
だが確実に。
塗り替えていく力だった。




