第五話:広がる噂
噂は、一気に広がった。
「体型を変えられる魔術師がいる」
「痛みなしで整えられるらしい」
「しかも、信じられないくらい早い」
最初は半信半疑だった人々も――
一度体験すれば、態度を一変させた。
「……もう戻れない」
「これが“本来の自分”って感じがする」
変化は、外見だけではない。
姿勢。歩き方。声のトーン。
自信という“目に見えないもの”まで変わっていく。
その連鎖が、さらに噂を呼んだ。
「紹介してくれ」
「予約は取れないのか?」
「いくらでも払う」
マリクのもとには、次々と依頼が舞い込むようになる。
――もう、“仕事を探す側”ではなかった。
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その日の夜。
王都の一角に借りた、小さな部屋。
だが中は、数日前とは別世界だった。
テーブルの上には、食べ物が並んでいる。
焼きたてのパン。
たっぷりのバター。
色とりどりのジャム。
そして、黄金色に輝くはちみつ。
「……すご」
リオがぽつりと呟いた。
「全部、食べていいの?」
「いいぞ」
マリクは椅子に腰掛けながら言う。
「これからは、我慢しなくていい」
リオは少しだけ戸惑ったあと――
おそるおそるパンを手に取った。
はちみつをかける。
さらにバターも乗せる。
「……こんなに、いいのかな」
「いいんだよ」
マリクは笑った。
「もう、路地裏で飢える生活じゃない」
一口。
リオの表情が、ぱっと明るくなる。
「……おいしい」
その一言は、やけに重かった。
「好きなだけ食べていい」
「……うん」
今度は迷いなく、もう一口。
甘さが広がる。
満たされる感覚。
数日前まで、食べ物に困っていたとは思えない光景だった。
「……なんかさ」
リオがぽつりと呟く。
「夢みたい」
「現実だ」
マリクは即答する。
「俺たちが変えたんだ」
偶然じゃない。
運でもない。
“スキルの使い方”で、ここまで来た。
「……そっか」
リオは小さく笑った。
「じゃあ、もっと頑張らないとね」
「何をだ?」
「この生活、続けたいし」
「だな」
マリクも笑う。
だがその目は、どこか冷静だった。
(……広がりすぎてるな)
噂の速度が、想定より早い。
それは“成功”の証でもあるが――同時に、“危険”でもある。
「どうしたの?」
リオが首をかしげる。
「いや」
マリクは軽く首を振った。
「ちょっと考えてただけだ」
「何を?」
少しだけ間を置いて、答える。
「この力、どこまで通用するかってな」
貴族。商人。
そして、その上。
“もっと上”の存在に知られたとき、どうなるか。
「……怖い?」
リオの問い。
マリクは少しだけ考えて――
「いや」
小さく笑った。
「むしろ、楽しみだな」
未知は、恐れるものでもある。
だが同時に、
“さらに上へ行くための入口”でもある。
「そっか」
リオは安心したように頷いた。
そしてまた、パンに手を伸ばす。
甘い香りが、部屋に広がる。
満たされた空間。
満たされた腹。
だが――
マリクの中では、すでに次の段階が動き始めていた。
この力は、まだ“入り口”に過ぎない。
もっと稼げる。
もっと広げられる。
もっと――
「……さて」
マリクは立ち上がる。
「明日も忙しくなるぞ」
「うん!」
明るく返事をするリオ。
その笑顔は、確かに救われた者のものだった。
その夜。
食事の後、リオはベッドの上でごろんと横になった。
「はぁ……満腹……」
幸せそうな声。
だが――
「……ん?」
少しして、首をかしげる。
「どうした?」
マリクが椅子から顔を上げた。
「なんか……変な感じ」
リオはゆっくりと起き上がると、肩を回した。
「重い……?」
「重い?」
「うん……肩がちょっと……」
ぐるぐると腕を回す。
違和感を確かめるように。
「……あー」
マリクは少しだけ納得した顔をした。
「たぶん、それだな」
「それ?」
「体のバランス変わっただろ」
リオは一瞬きょとんとして――
「あ」
何かに気づいたように、自分の姿勢を見直す。
以前よりも、明らかに体の前側に重心がある。
胸を見る・
「……これか」
ぽつりと呟く。
「慣れてなかっただけだな」
マリクは軽く言った。
「急に体型変わったから、筋肉が追いついてない」
「そんなことあるんだ……」
リオは少し驚いた様子で、もう一度肩を回す。
「でも、痛いってほどじゃないけど……じんわりくる感じ」
「そのうち慣れる」
マリクは淡々と答える。
「それか、姿勢を少し意識しろ」
「姿勢?」
「背中丸めると余計に負担かかる」
「……なるほど」
リオは背筋を伸ばしてみる。
すると――
「……あ、ちょっと楽かも」
「だろ」
「すごいね、それ」
素直に感心したように言う。
「経験者みたい」
「いや、理屈だ」(巨乳は肩が凝る)
マリクは苦笑した。
「体の重心が変われば、負担も変わる」
「ふーん……」
リオはしばらくそのまま姿勢を意識していたが、やがて小さく笑った。
「なんかさ」
「ん?」
「贅沢な悩みだよね」
その言葉に、マリクも少しだけ笑う。
「まあな」
「前はさ、こんなこと考える余裕もなかったし」
食べることで精一杯。
生きることで精一杯。
そんな日々だった。
「今は、“どうすればもっと楽に過ごせるか”って考えてる」
「進歩だな」
「うん」
リオは頷いた。
そして、もう一度ゆっくりと肩を回す。
「……でも」
「ん?」
「これも含めて、“変わった”って実感する」
少しだけ照れくさそうに笑う。
「悪くないよ」
その言葉は、静かだったが確かなものだった。
マリクはそれを聞いて、ふっと息を吐く。
(ちゃんと、プラスに働いてるな)
ただ変えるだけじゃ意味がない。
その変化を、本人が“受け入れられるか”。
それが重要だ。
「無理すんなよ」
「うん」
リオはベッドに倒れ込む。
「でも、明日も頑張る」
「おう」
短いやり取り。
だがそこには、確かな信頼があった。
外では、噂がさらに広がり続けている。
中では、生活が少しずつ整っていく。
その両方が重なりながら――
マリクの物語は、次の段階へと進んでいく。




