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脂肪転移の魔術師 完全なハズレスキルが最強の錬金術スキルでした  作者: レモンティー


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第五十一話 地方の診療所から依頼が来たので、施術しない方法を教えました

朝の受付に、地方の診療所から使者が訪れた。

ユストと名乗る男は、遠い町の患者のために相談したいことがあると告げた。

「脂肪転移の使い方を教えてほしい?」

マリクは手紙を読み直した。

地方の診療所から届いた依頼だった。

『貴工房の技術を、当診療所でも利用したい』

『術師を派遣していただけないだろうか』

「……術師って、俺しかいないんだが」

エルナが頷いた。

「先方は、その事情をご存じないのかもしれません」

「分身の研究、始める?」

リオが期待に満ちた顔をする。

「始めない」

「即答!」

マリクは手紙を置いた。

「断るしかないかな」

「施術師の派遣は難しいですが、別の協力はできます」

エルナが答えた。

「先方の困りごとを、まず聞いてみませんか」


数日後。

診療所の責任者である若い医師、ユストが工房を訪れた。

旅の疲れが顔に出ている。

「遠いところを、ありがとうございます」

マリクが頭を下げると、ユストは慌てた。

「いえ、こちらこそ。無理なお願いをして申し訳ありません」

「事情を聞かせてください」

ユストは鞄から帳面を取り出した。

「うちの町には、十分な医療設備がありません。痩せた患者も、体型に悩む患者も多いのです」

「食べ物が足りないんですか?」

リオが尋ねた。

「季節によっては、そうです。ですが、原因はそれだけではありません」

ユストは頁をめくった。

「食事が取れない病気、長く寝込んだ後の衰弱、重い仕事による疲労……。住民は、脂肪を増やせば元気になると思っています」

マリクは首を振った。

「それは違います」

「承知しています」

ユストは真剣な顔だった。

「だからこそ、誤解を解く方法を教えてほしいのです」

マリクは顔を上げた。

「……施術を教えてほしいわけじゃない?」

「もちろん、将来は研究したいです。でも今、町に必要なのは、できることとできないことの区別です」

リオが小さく頷いた。

「この先生、ちゃんと分かってるね」

マリクは笑った。

「なら、俺たちにも協力できます」


その日の午後、ハロルドとエレナも加わって話し合いが始まった。

地方の医師ユストから、短い追伸が届いた。

『紹介状を持たせた患者が、初めて自分から診察室に来ました』。

マリクはその一文をリオに見せた。

「魔術を教えられなくても、役に立てたんだね」

「俺がいない場所で誰かが助かったなら、それが一番いい」

リオは追伸を、工房の相談記録と一緒に大切にしまった。

ユストが患者の例を読み上げる。

「食欲が落ちて、体重が減った男性です」

「まず、原因を調べる必要があります」

エレナが答える。

「脂肪転移を急ぐべきではありません」

「では、長く寝込んで筋力が落ちた人は?」

「脂肪を移しても、筋肉は戻りません」

マリクが答えた。

「必要なのは医師の判断と、段階的な回復支援です」

「では、体型の悩みだけで、健康状態に問題がない人は?」

「本人の希望を確かめたうえで、施術を相談できます。ただし、俺が出張できるかは別です」

ユストは丁寧に書き込んだ。

リオが紙を一枚持ってきた。

「難しい言葉ばっかりだと、町の人は読まないかも」

「確かに」

エルナが頷いた。

「住民向けの案内を別に作りましょう」

リオは筆を握った。

『脂肪を増やしても、病気が治るとは限りません』

『体調が悪いときは、まず診療所へ』

『見た目を変えるかどうかは、自分で決めていい』

三行書いて、リオは満足そうに胸を張った。

「どう?」

「分かりやすい」

マリクが答えた。

「ただし、脂肪を減らす場合も同じ注意が必要だな」

「じゃあ、書き足す!」

夕方までに、住民向けの案内と医師向けの確認表ができた。

ユストは何度も頭を下げた。

「これなら、町へ戻ってすぐ使えます」

「施術できなくて申し訳ありません」

マリクが言うと、ユストは驚いた。

「とんでもない。今日だけで、救われる患者がいると思います」

「……施術していないのに?」

「無理な施術を受けずに済む人がいます」

ユストは答えた。

「それも、大事なことです」

マリクはしばらく黙っていた。

自分の能力が役に立つと知ってから、ずっと施術を増やすことばかり考えていた。

だが、施術をしない判断も広められる。

それなら、自分一人でも遠くの町を助けられるかもしれない。

「……そうですね」

マリクは頷いた。


翌朝、ユストが帰る前に、工房の職員たちが小さな箱を渡した。

中には案内の写しと、施術記録の記入例、医療院への連絡方法が入っている。

「費用は?」

ユストが尋ねた。

「資料代だけで結構です」

エルナが答えた。

「無償で配る分は、工房の支援予算から出します」

出発前、ユストはもう一度だけ診療所の地図を広げた。

町から離れた集落には、手紙を運ぶだけで二日かかるという。

マリクたちは案内の写しを多めに用意し、届け方も相談した。

技術を伝えるには、紙を作るだけでなく、必要な人の手元まで届く仕組みがいるのだった。

話し合いの後、ユストは小さな袋を机に置いた。

「町の住民が集めたお金です。研究の役に立ててください」

中には銅貨が何枚も入っていた。

マリクは驚いて首を振った。

「受け取れません。町の診療所で使ってください」

「ですが、せっかく皆が……」

「なら、町で必要な紙を買って、案内を配ってください」

ユストは袋を見つめた。

「……その方が役に立つかもしれませんね」

リオが嬉しそうに頷いた。

「うん! 読めない人には、先生が説明してあげて!」

「そうします」

ユストは笑った。

そのあと、エレナが一つ付け加えた。

「資料は、その町の事情に合わせて直してください」

「勝手に変えても?」

「もちろん。食べ物も仕事も、王都とは違うでしょう」

「分かりました」

マリクは頷いた。

「ただし、変更した部分は教えてください。別の町でも役立つかもしれません」

ユストは深く頭を下げた。

「一方的に教わるだけでなく、こちらからも報告します」

「それが一番助かります」

工房の技術が町へ広がる。

それは命令を配ることではなく、互いの経験を持ち寄ることなのだ。

マリクは、初めてその形を想像できた。

「術師がいない土地では、何もできないと思っていました」

ユストは紹介状のひな型を見つめた。

「でも、診察と食事の手配と、経過の記録は、私たちにもできる」

「できます。むしろ、そちらの方が先です」

マリクが答えると、ユストは頭を下げた。

「遠くの魔術を待っている間に、目の前の患者を見失うところでした」

帰り際、ユストは魔術の手引きではなく、記録用紙の束を大切そうに抱えた。

その背中を見送りながら、マリクは自分の仕事が少し遠くまで届いた気がした。

診療所から返事が届いた。

『紹介していただいた説明書で、患者の家族が医師に質問できました』

マリクは少し驚いた。

施術をしなくても、遠くの誰かの役に立てる。

その事実は、どんな新しい術式より嬉しかった。

ユストは箱を抱えた。

「必ず役立てます」

馬車が走り去るのを見送りながら、リオが言った。

「ねえ、マリク」

「何だ?」

「私たち、行ったことのない町にも仕事ができたんだね」

「ああ」

「すごいね」

マリクは頷いた。

「でも、これで終わりじゃない」

「どうして?」

「案内が本当に役に立つか、あとで聞かないと」

リオは笑った。

「また記録が増える!」

「そのための工房だ」

その日の夜、オルフェンから短い伝言が届いた。

『旧王立第七研究所の保管台帳を見つけた。

至急、見に来い』

マリクは伝言を読み、眉を寄せた。

地方へ広がる医療の仕事。

そして、古代錬金術の謎。

どちらも、自分がかつて役立たずと呼ばれたことから始まっていた。

「……忙しくなりそうだな」

リオが隣で笑った。

「今さらでしょ!」

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