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脂肪転移の魔術師 完全なハズレスキルが最強の錬金術スキルでした  作者: レモンティー


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第四十九話 王国初の脂肪転移研究会で、俺の魔術が疑われました

王立研究院の大講堂には、医師、錬金術師、冒険者ギルドの関係者が集まっていた。

今日は王国初の脂肪転移研究会。

マリクは壇上に立ち、手元の測定記録を見つめた。

「詐欺ではありませんかな」

研究会が始まって十分。

いきなり飛び出した言葉に、会場が静まり返った。

発言したのは、王立魔術院の研究員だった。

灰色の法衣を着た男は、壇上のマリクをまっすぐ見据えている。

「脂肪が移動する? それならば、質量の保存をどう説明するのです?」

「同じ体の中で移した場合、体重はほとんど変わりません」

マリクは答えた。

「それは計測の誤差でしょう」

「誤差の可能性はあります。だから測定を続けています」

男は鼻を鳴らした。

「曖昧なことばかりだ」

会場の後方で、リオが頬を膨らませた。

「マリク、あんなに頑張ってるのに……!」

エルナが小声で制した。

「ここは研究会です。疑問を出すこと自体は悪いことではありません」

「でも、言い方ってものがあるよ」

「それは、そうですね」

二人の前には、工房の施術記録を整理した資料が積まれていた。

会場は王都医療院の講堂。

医師、魔術師、錬金術師、行政官まで集まっている。

マリクにとって、これほど多くの専門家の前で話すのは初めてだった。

「まず、私から補足します」

ハロルドが立ち上がった。

「本日の報告は、治療効果や安全性を確定したものではありません。観察された事実と、まだ説明できない事柄を分けるためのものです」

研究員は腕を組んだ。

「では、実演はできますかな」

「できます。ただし、見世物として人体に施術するつもりはありません」

マリクが答えると、会場がざわついた。

「逃げるのか?」

「安全確認も同意もない場で施術しないだけです」

「では、何を示す?」

「過去の記録と、観察方法です」

マリクは壇上の紙をめくった。

「最初に謝っておきます。俺は昔、脂肪を少し移すだけなら問題ないと思っていました」

会場が静かになった。

「でも、少量の施術後にも違和感を訴えた人がいます。逆に、比較的多く移しても問題を訴えなかった人もいる」

「結論は?」

「量だけでは判断できません」

マリクは正面を見た。

「だから、施術を増やす前に、断る基準を整えています」

年配の女性医師が頷いた。

「無理に結論を出さないのはよいことです」

「ありがとうございます」

研究者の質問が終わると、会場はしばらく静かになった。

「答えられない点は、次の報告でも答えられないままかもしれません」

マリクはそう断ったうえで続けた。

「だから、分からないことを記録して、確かめる順番を決めたいんです」

最前列の医師が、静かに頷いた。

拍手は小さかった。

だが、質問を打ち切らなかったことに、マリクは確かな手応えを感じた。

そこへ、別の男が手を挙げた。

「私は王都の施術商です。質問しても?」

「どうぞ」

「あなたの工房だけが記録を独占するのは、公平ではないのでは?」

エルナの顔が険しくなった。

男は続けた。

「安全のためなら、顧客の情報をすべて公開すべきです」

マリクは首を振った。

「個人が分かる情報は出せません」

「隠す理由があるのですか?」

「あります。客の秘密だからです」

マリクは即答した。

「研究に必要な範囲で、本人の同意を得た情報だけ共有します」

男は口をつぐんだ。

後方でリオが小さく拳を握った。

「よしっ」

昼休み。

マリクは廊下の窓辺で水を飲んでいた。

「……向いてないな、こういうの」

「十分やれているぞ」

背後から声がした。

オルフェンだった。

王国最高の錬金術師は、いつものくたびれた外套を着ている。

「先生。来ていたんですか」

「最初からな。質問の半分はもっともだった」

「残り半分は?」

「答えを決めてから尋ねていた」

オルフェンは笑った。

「それでも、ああいう場に出る価値はある」

「なぜです?」

「反論できる者が増えるからだ。お前一人の思い込みも、他人の思い込みもな」

マリクは頷いた。

「……確かに」

午後の部では、ハロルドが症例の経過を説明した。

エレナは栄養不足の患者に脂肪だけを移しても根本的な治療にならないと強調した。

ダリオは測定の誤差と、術式の再現性について発表した。

どの報告にも、厳しい質問が飛んだ。

だが、誰かが質問するたびに、分からない部分が少しずつ明確になっていく。

最後にオルフェンが壇上へ上がった。

「この術が古代の選択転位に関係する可能性について話そう」

会場の空気が変わった。

「選択転位?」

「失われた錬金術では?」

オルフェンは古い写本の複写を掲げた。

「同じ物質の中から、指定した部分を選び、別の位置へ移す。記述はあるが、完全な術式は残っていない」

「では、マリク殿はそれを使っていると?」

「断定はできん。似ているだけかもしれん」

オルフェンは言い切った。

「だが、調べる価値はある」

先ほどの研究員が再び手を挙げた。

「実証できなければ、ただの伝説です」

「そのとおり」

オルフェンは平然と頷いた。

研究員は拍子抜けした顔をした。

「……反論しないのですか?」

「なぜする。実証が必要なのは事実だ」

会場のあちこちから笑いが漏れた。

研究会の途中、ひとりの女性が傍聴席から立ち上がった。

「私は施術を受けた者です。発言してもよろしいでしょうか」

司会者が許可すると、女性は壇上を見上げた。

「施術を受けて、長年着られなかった服が着られるようになりました」

会場が少しざわつく。

「でも、施術した翌日は疲れて、仕事を休みました」

マリクはその女性を覚えていた。

「その後の体調は?」

「今は元気です。けれど、最初に聞いていたら、翌日は休みを取っていました」

「……申し訳ありません」

マリクは頭を下げた。

女性は首を振った。

「謝ってほしくて来たんじゃありません。次の人に、ちゃんと伝えてほしいんです」

「必ず記録します」

研究員の男が静かに口を開いた。

「この報告も、正式な資料に含めるべきでしょう」

「はい」

マリクは答えた。

女性はほっとしたように座った。

成功したと感じることと、負担がなかったことは同じではない。

会場にいた者たちは、その違いを目の前の言葉として受け取った。

閉会後、研究員がマリクのところへ来た。

「先ほどは失礼した」

「いえ。質問は必要ですから」

「あなたは、自分の術を疑われて腹が立たないのですか?」

マリクは少し考えた。

「昔は、腹が立ったと思います」

「術者に都合の悪い結果も、公表しますか」

講堂の後方から声が飛んだ。

マリクは一瞬、答えに詰まった。

失敗した施術。

効果が確認できなかった例。

自分を追放した者たちに、また笑われるかもしれない。

「……公表します。ただし、患者を特定できない形で、医師と確認してから」

ざわめきが広がった。

「俺の評判より、次に施術を受ける人が判断できることの方が大事です」

最前列の研究者が、初めて筆を走らせた。

「今は?」

「疑われても、俺の客が消えるわけじゃありません」

マリクは続けた。

「でも、客を危険にさらす間違いがあるなら、早く見つけたい」

研究員は黙った後、小さく頭を下げた。

「……次回は、測定器を持参します」

「助かります」

その夜、工房へ戻ると、リオが机に一枚の紙を広げた。

「今日の成果!」

そこには、研究会で出た質問がぎっしり書かれていた。

「こんなに?」

「答えられなかったこと、全部集めたの」

エルナが微笑んだ。

「次の研究計画に使えます」

マリクは紙を受け取った。

褒め言葉は少ない。

疑問と指摘ばかりだ。

それなのに、不思議と心強かった。

「……いい土産だな」

オルフェンが残したメモも添えられていた。

『旧王立第七研究所の記録に、欠けた写本の出所があるかもしれん』

マリクはその一行を見つめた。

研究会は終わった。

だが、本当の研究は、ようやく始まったところだった。

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